第158話 迫る審判の日
コリンナに案内されて、中村はエクムントの寝室へと通される。
既に遠藤とエストは到着しており、ベッドの前に立つアイアタルやアーガーベインと何やら話し込んでいた。
「来たか」
部屋に入った少年に、最初に気が付いたのは遠藤であった。
「お待たせ遠藤君、そういえばあの子は?」
「……これでコンプリートか」
リーダーの質問に、参謀は面倒くさそうに眼を細める。
「……もしかして、何か気に障った?」
「いや、こちらの話だ。気にしないでくれ」
自分の発言で不快にしたのではないかと不安そうな中村に、遠藤は右手をひらひらと振って怒ってはいないという意思を示す。
コンプリート。パーティーメンバー全員から、同じ問いを投げかけられた事に対する、彼なりの皮肉の言葉である。
しかし、それも仕方がないかと遠藤は受け止めていた。
因縁のあったヒルダを打倒した彼の腕には一人の少女が抱えられていた。
紺色の外套にくるまれた、黒狐の獣人。主人に満足な生活をさせてもらえていないのか、同年代の子供と比べてやせ細っている。
「無事憲兵に引き渡せた。カウンセリングなどを引き受けてくれるようだ」
「そっか。元気になるといいね」
良い報告に希望的観測を口にしながら顔を綻ばせていると、背後に大きな存在を感じる。
振り返ると車輪を抱えたアーガーベインが、神殿で出会った時と同じように朗らかな笑顔を見せてくれた。
「お待ちしておりましたよ、英雄の雛たる少年」
既にエクムントに勝利したことを伝えられていたのか、言葉の端から
「アーガーベインさんもいらっしゃっていたんですね! とても心強いです!」
「これは身に余るお言葉。せめて……それにふさわしい活躍を出来れば良かったのですが」
中村の言葉に一瞬表情を曇らす高僧。しかし、すぐに笑みを浮かべ少年の手と固い握手を交わした。
「それで、俺たちを何故ここに集めたか知りたい。アイアタルさん」
閑話休題とばかりに、遠藤が本作戦の司令官へ収集の理由を尋ねる。
アイアタルは腕を組んで一同を見据えた。
「ここから先は他言無用でお願いしたい」
ただでさえ目つきの鋭い眼光がさらに鋭く研ぎ澄まされ、視線に貫かれた面々は自然と背筋を伸ばした。
「秘め事を抱える貴族は枕を調べよ。遠い昔に父より聞かされた言葉だ。
隠し事をする人間は、隠し場所の入り口を自らの近くに作りたいそうだ」
アイアタルが腕を上げると、二人の屈強な憲兵がベッドを横へずらしていく。
家具の下から表れたのは隠し扉であった。人が三人横に並べる程に大きく、硬い木材と鉄の鋲が使われている頑丈な代物である。
扉を数人がかりで慎重に開けると、石造りの階段が地下へと続いている。照明は設置されておらず、奥を見通せない不気味な暗闇が探索者を出迎えた。
「……もしかしたら、この下にナインハルトさんが!」
調べつくした場所の新たな発見は、中村の脳内にひらめきをもたらした。諦めかけていた可能性が息を吹き返し、少年の心に希望の
「ローザを呼んできます!」
「待て」
「これ以上、彼女に期待を
今回の作戦において、轡を並べた彼なりの配慮であった。
屋敷内の未調査場所が消えていくたびに、ローザの表情が暗くなっていくことは憲兵側も察してはいたのだ。
「……すみません、少し焦りました。そうですね、立ち直ろうとしているあの人の邪魔をしちゃ駄目ですよね」
興奮した中村の頭が、言葉の冷や水を掛けられて
地下への階段を下りていくと、重厚な鉄の扉に辿り着く
魔法が掛けられているのか、長年放置されていたであろうに錆び一つ存在せず、磨き上げられた鏡面に一行の姿が映った。
「鍵が見当たりませんね……」
万が一の襲撃に備えて、四肢を龍化させ松明を手にした中村が、金属の表面を撫で回して呟く。
「恐らく、アルベルト家で受け継がれた専用の魔法道具などでなければ、開けることが出来ない特殊な扉なのだろう」
予想していた事態の一つであったのか、アイアタルは一つ頷いて横の大男を見た。
「残念なことに夜明けとともに屋敷を去る我々には、開門方法を見つけるほどの時間は残されていない。
アーガーベイン殿、お任せします」
「なるほど、そこでこの私の出番という訳ですか」
大男は担いでいた車輪を地面へと降ろした。
「『いと聖なる主よ、我に憤怒の剛力を与えたもう、悪逆の徒に制裁の雷を」
アーガーベインの詠唱に呼応するように、黒鉄が赤く燃え上がるように輝く。徐々に車輪が回転を始め、地面に接した箇所が擦れて耳障りな音を地下に響かせる
「むんっ!」
巨漢の拳が正面へと繰り出される。生半可な剣闘士では即座に失神するであろう、腰の入った右
拳に追随するように、尋常ではない程に発熱と回転を行う鉄の車輪が、音に迫る速度で扉の真ん中へと直撃する。
扉のいくつもの仕掛けを、小細工とばかりにねじ伏せる原始的暴力がそこに君臨していた。衝撃波と轟音を辺りにまき散らし、重々しい見た目からは想像がつかない速さで両門が奥へと吹き飛ばされる。
舞い上がった埃の先へ、龍の少年が先陣をきって飛び込んだ。
「これは!?」
望んだ人影は存在しなかった。
しかし、その落胆を吹き飛ばす景色が龍の瞳に映る。
部屋の壁一面を埋め尽くす本棚。
「誰にも見せたくはない極秘の資料、その保管庫だ」
「……ここが残っていることが理解できない」
アイアタルの説明に、遠藤が反応した。
「重要な証拠を残すなど愚の骨頂だろう。
俺であれば、憲兵に見つかることを恐れて消去しておくが」
「それは立場を追われた後、ささやかな暮らしを望む人間の思考だ、エンドウ殿」
眉をしかめる少年へ、アイアタルは考えの根本が違うと指摘する。
「絶対に手放したくはない知の財宝はこのように鍵をかけるのだ。再び成り上がるため、また貴族に返り咲くための武器にするために」
「なるほど、強かというか、往生際が悪いというか」
多くの貴族を相手にしてきた人間の説明に、遠藤は呆れた声で感想を述べる。
「しかしこの部屋の主はリベリオンズに敗れ我々に捕らえられた。これら虎の子は憲兵でありがたく有効活用させてもらおうか」
隊長が腕を横に払えば、待機していた憲兵が書類を押収し始める。
「僕も運びますよ」
中村という実直で人の良い人間にとって、周囲が働いているのに自分は何もしないという選択肢は存在しなかった。
体を人のものへと戻して、傍にあった紙の束を
「え?」
その姿勢のまま硬直した
「ナカムラ殿?」
「どうかしたか、リーダー」
戸惑いの声を気にしたアイアタルと遠藤が彼へと近づく。
「あの……これって」
困惑した表情で一番上の紙を二人に見せた。
覗き込む四つの
『計画名【影と光】
影山亨への冤罪及び、言峰明英雄化まで
提案者 元老院所属クシュナー・ド・アルベルト
採用者 元老院所属ゲルハルト・フォン・シュタイナー』
容疑者も被害者も触れられて欲しくはないと思っている過去の闇が、憲兵とリベリオンズという光に晒された瞬間であった。
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