第150話 蛇は見逃さない

 エクムント二等伯爵の屋敷は、建物の外観と過去の調査から、おおよその内部構造を憲兵側は理解していた。

 アイアタルは屋敷の見取り図を四つのエリアに分割し、リベリオンズも含めた突入の四部隊にそれぞれのエリアを探索させた。


 寝室の扉が乱暴に蹴破られ、金色こんじきの龍の瞳が周囲を警戒する。

「……ここが最後だよね」

 慎重に見渡した中村が、屋敷図とにらめっこしているエストへ確認する。

 遠藤達と別れたリベリオンズは、自分たちが担当するエリアの部屋に片っ端から突撃するが、そこには捕縛対象のヘルムートどころか下っ端一人も出てこなかった。


「そうですね。ここにも誰もいないとなると……

 運が無かったみたいです……私たちの担当したエリアは……残念ながら……違ったみたいです」

 エストがローザを横目で見ながら、発する言葉を丁寧に選ぶ。彼女にただならぬ事情があるのは、パーティーの雰囲気から察していた。


「とすると、エクムントとヘルムートの逮捕は、別の場所から突入した憲兵さんが頑張ってくれるってことだよね……。

 ごめんローザ、ヘルムートに直接リベンジさせてあげら……」

 謝罪の言葉はそこで止まった。申し訳なさそうに振り返った中村の目に映ったのは、謝られたことに対して困り眉をしながら微笑む僧侶シスターだったのだ。


 ふと、前に忠告されたアーガーベインの言葉を思い出す。

『罪を犯したわけでもないのに過剰の謝罪は、相手を困惑させるだけですよ?』

 突入前にローザは、機会を貰えただけで十分だと自身に言っていた。ならば、この場でやるべきは、彼女へ頭を下げる事ではない。


「いや……前向きに考えよう!

 ヘルムートを逮捕できないなら、屋敷にとらわれている人を探す時間があるってことだ。

 ナイトハルトさんを助け出そう!」

「あぁ、そうだな」

 言い直したリーダーの言葉に、待ってましたとばかりにローザが頷いた。

 二人の間の空気が明るくなったことを感じたエストが、牢屋を見つけ出そうと張り切って屋敷図を広げた。


 しかし、次に言葉を発したのはリベリオンズの誰でもなかった。

「リベリオンズだな?」

 三人が振り向くと入り口に一人の女性が立っていた。薄紫の直髪を後ろで束ねた、厳しい雰囲気を周りに与える美人である。

 夜の闇に紛れそうな漆黒の服装と右腕の金の腕章から、彼女が突入した憲兵部隊の一員であることを理解した。


「私は憲兵団第二分隊隊長補佐のコリンナだ。様子を見るに、そちらも対象は見つけられなかったか」

「そ、そちらもという事は」

 中村の問いに若い憲兵は黙って首を振った。


「どうやら敵に感の良い奴がいたようだ。こちらも対象の捕縛には至っていない」

「そう……ですか」

 ローザを酷い目に遭わせた悪党を捕まえる、千載一遇の好機を逃した。

 最悪の報告は、中村の心に焦燥を生み出す。心の臓を冷たいものが撫でるような感覚に、鍛えた背中が汗ばんだ。


「……しかし、何も手がかりがないという訳ではない」

 俯いた中村が顔を上げると、コリンナが親指で廊下を指差していた。


「ついてきてほしい、場合によっては君たちの力が必要になる」

 見せたいものがあるのか、彼女は憲兵とリベリオンズの合流を促した。



◆◆◆




 屋敷の中央に存在する大広間。普段は煌びやかな貴族の社交の場であるが、今は重武装したいかめしい憲兵が集合している。

 彼らの中心には、縛られた黒い外套の男がばつが悪そうに座らされていた。


「この男は、仲間が倒されると同時に真っ先に逃走を選んだ男だ。この大広間にてようやく取り押さえることが出来た」

「そ……そうなんですか」

 コリンナの男を侮蔑する視線と吐き捨てるような言葉に、中村は愛想笑いで返した。

 憲兵は騎士団のエリートも多く在籍しており、騎士道精神を信条としている者も少なくない。男の敵前逃亡は、彼らにとって唾棄される行動であった。

 鉄の自制心で抑え込んでいるとはいえ、許可が下りれば躊躇いなく切り殺していることだろう。


 しかし、中村は憲兵から白眼視されている外套の男に内心同情してしまっていた。

 自分だって周りに味方がいなくなり敵に囲まれてしまえば、もしかしたら同じ行動をとってしまうかもしれない。ならば目の前の男に、どうして怒りが向けられようか。


 コリンナが眉を顰めながら首を傾げる。

「しかし一つ疑問が浮かぶ。

 逃走するならば、普通は建物の出口を目指すはずだ。どうしてこいつは逆に屋敷の中心に向かったのか、そこに捕縛対象が消えた理由があると私は踏んでいる」


「確かに……」

 コリンナの推理に中村が相槌を打った時、彼の肩をローザが叩いた。振り向くと部屋の隅のひと際太い柱を、細い指先で指し示している。

「……風を感じる。極僅かだが」

 自分たちが今いる場所は室内、それも建物の中心にあたる。窓もなく四方の扉も閉じており、風が吹くはずがない。

 だとすれば一つの可能性が頭をよぎる。


 真っ先に察したエストが柱に近づき耳を当てた。 

 途端に花が咲いたような笑顔になり、腰のポーチからいくつかの道具を取り出して柱の表面を丹念に調査する。

 予想通りの結果に満足したのか、振り返ってパーティーメンバーと憲兵に結果を告げた。

「これ隠し扉ですね。押すと反動で一瞬だけ扉が開く形式みたいです」


「よく見破ってくれた」

 斥候の少女に賛辞を送り、コリンナは右手を挙げた。すると、憲兵の一部が剣を構える、突撃の姿勢だった。

 その様子を見た中村が思わず声を発する。

「すみません」


 その場の全員の視線が集中する中、胸に手を当てて緊張した声で次の言葉を繋げた。

「敵がすんなり通してくれるとは思えません。何か仕掛けがあった時に備えて、この中で一番防御力の高い僕に先頭をいかせてください」

 その意見を聞いたコリンナは少しばかり逡巡した後、腕を振って剣を構えていた部下を下がらせた。

「お言葉に甘えさせていただこう。出来る限り危険と犠牲は回避していきたい」


 許可を得た少年は、爪の伸びた掌で隠し扉に触れる。

 エストの言葉通り、押した反動で扉がこちら側へと開く。閉じないように扉を手で押さえ、開いた先の光景を見渡すと、地下へと続く薄暗い階段が続いていた。

 その時、奥の暗闇が一瞬キラリと光る。中村は咄嗟に翼を展開し、入り口に蓋をするように覆ってしまった。

 十数本のナイフが、翼と体に衝突して床に転がる。


「見事!」

 近くの憲兵が中村の勇気と行動を賞賛し、手に持っていたくさびを打ち込んで、隠し扉を閉じさせないストッパーとした。

 その様子を確認した一匹の龍は扉から手を離し、階段を勢いよく駆け降りた。

「僕が盾になります! 敵が逃げ切る前に捕まえましょう!」

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