第134話 邂逅
冒険者ギルドの扉が勢いよく開き、二人の少年と一人の少女が入ってくる。
軽快な足取りの彼らに、酒場で飲んでいた冒険者の何人かが反応した、現在ギルド内で話の種の一つとなっている三人組だからである。
リーダーの中村が、依頼と複数の袋を受付のカウンターへ乗せる。
それを受付嬢のカレラが手際よく確認していく。リズムよく一気に達成確認の判を押していくその姿は、どことなく楽しそうであった。
「ナカムラ様、六件のDランク依頼完了を確認しました。こちらが報酬になります」
報酬が入った袋を受け取った中村は、銀貨を一枚手に取り口に咥える。
「ふぬぬぬぬぬ」
しかし、思惑通りにいかなかったのか、必死の形相で顎に力を入れる。
「……ナカムラ様」
様子を見かねたカレラが、苦笑しながら助け舟を出す
「受け取った貨幣を噛む理由は、歯形がつくことでその硬貨が本物かどうか判別するためであり、主に金貨に使用する確認方法です。ルべリオスの銀貨は混ざり物が多く頑丈で、噛む確認はお勧めできませんよ?」
「……はい、すみません。師匠の真似をしてみたかっただけです」
顔を真っ赤にして、
報酬を懐に大事にしまった中村を確認して、カレラは言葉を続けた。
「ナカムラ様たちの実力、依頼の成功率を考慮しまして、あと四件のDランク依頼完了と同時にパーティー及びパーティーメンバーのランクをCに上げさせていただきます」
「そうなんですか!? 分かりました」
「それと……」
喜ぶ冒険者に対して、言いづらそうに受付嬢は催促した。
「出来ればそれまでにパーティー名を決定いただけると、冒険者ギルド側としてもとても助かります」
「そ、そうですね、善処します……」
謝罪の意味を込めて一礼した後、中村は既に酒場のテーブルに腰かけているメンバーの下に向かった。
「急かされたんだろうリーダー、そろそろこのパーティーの名前を決めてくれないか?」
座って早々、遠藤から会話の内容をズバリ当てられてしまう。
「そうは言ってもさ遠藤君、これから長い間付き合っていく名前でしょ? やっぱり欠点を新メンバーで補ってパーティーが完成してから、僕たちの雰囲気に合わせて決めたいんだけどどうかな?」
「一考の余地がある意見かもしれないが、やはり師匠が俺たちに期待してくれている『目立つこと』を最優先に行動したい。固有名詞が付いていた方が、人の噂も広がりやすいというものだ」
他人との連絡手段が限られているこの時代、噂は一つの情報源としてかなり重宝されている。自分たちを効率よく認知してもらうためには、早急に自らの集団の固有名詞を定める方がよかった。
「ぐうの音も出ません……明日までに考えておきます……」
「それはそれとして、これぐらいの難易度になってくれば、パーティーの欠点も分かってこないか?」
「そうだね……やっぱり
中村が、Dランクの依頼をこなしている間、ずっと温め続けていた意見を二人にぶつける。
「今はクラマさんが……ええとあの呪文の……」
「
名前が思い出せず、言葉が止まった中村をすかさずクラマが手助けする。
「そう、そうです。頑張ってくださっているのですけれど、クラマさんに何かあった時に第二の手段を確立させないと、パーティーが安定しないと思うんです」
クラマが自分たちに
前衛で敵の攻撃を引き付け、一番傷を負う確率の高い中村だからこその意見だった。
「それは俺も同感だ。加えて、戦う前に敵の様子を見てこられる
「
「……言っておくけど、あれは例外中の例外みたいなものだから参考にはしない方がいいよん」
「はい! はい! それはもう!」
中村は仕事をこなしていく中で、少しずつ冒険者の平均を掴んでいた。その感性が告げていた、師はとんでもない実力者であると。
「『師を追いつき追い越せ』なんて、何てこと言うんですかあの人」
つい先日の言葉を思い出して頬杖をついたその時である、ギルドの内の空気が明らかに変わった。
喧騒の中心を見ると、見覚えのある人物が入り口に立っていることが分かる。
現在王国に二つしかいないSランクパーティー、『レッド・ギガンテス』のフィンケル一行と『ウォルフ・セイバー』のセシリア一行だった。
「フィンケルさんだ、セシリアさんもいる」
夜の勉強会で、すっかりBランク以上の冒険者に対して敬意を持った中村が、憧れの目でフィンケルを見つめる。
「フィンケルにセシリアじゃないか! 」
エルドビーンのアースが彼らに親しげに声を掛ける。
「聞いたぜ、元老院を怒らせて謹慎喰らったって言うじゃねぇか。災難だったな」
「よせよ、本当に元老院が顔真っ赤にしたら、俺たちなんてこの世にいなかったぜ?」
フィンケルが頭に乗せた両手で角を作って鬼の真似をすると、アースはわざとらしく身を振るわせ、最後は二人揃って豪笑する。
「それで、自粛中のお前らがどうしてここに?」
「実はな……ナカムラとエンドウって期待の新星を一目見に来たんだ。どいつか分かるか?」
「んうえ!?」
いきなり名前を呼ばれた中村は心臓が跳ね上がり、間抜けな声を出してしまう。
「あぁ、そいつらなら今あっちのテーブルに座ってるぜ? 俺も成長を楽しみにしてるんだからあんま虐めるなよ?」
「そんなんじゃねぇよ」
軽口を叩きながら、フィンケルは中村との距離を詰める。
目の前で止まると、少年の幼さが残る顔立ちを確認し、はっきりと頷いた。
「ナカムラとエンドウって名前に聞き覚えがあるからまさかと思ったが……やっぱりお前だったか……」
「フィ……フィンケル様」
新人の敬称に、ルべリオス冒険者の顔とも言うべき存在は笑って首を振った。
「様なんて呼ばれるがらじゃねぇよ。
それより、あの地獄から生き残れたんだな。俺は護衛としてお前を守ることが出来なかったからな、生きていると知って心底安堵したぜ?」
「そんな……僕が勝手な行動しただけですよ……」
「フィンケルさん」
二人の談笑に遠藤が口を挟んだ。
遠藤は前に王城でフィンケルに会った際、呼び捨てで良いと言われている。しかし、大勢の前で新人が大先輩を呼び捨てにするのは問題があるとの判断して敬称をつけた。
「申し訳ありませんがこちらにも事情がありまして、その辺りの話は控えていただければと……」
「おっとそいつはすまねぇ」
狙撃手のただならぬ雰囲気を感じ取り、フィンケルは前回のダンジョン遠征での話題を終わらせた。
「そんじゃ話を変えて、お前らのパーティー名前だけ教えてもらってもいいか?」
「えぇと、はい! 名前は……」
それは中村にとって直感に近かった。
今まさにギルド中の注目が集まっているこの瞬間こそが、自分たちのパーティー名を最大限広められるチャンスだと思った。
ここまで頭を使うのは昨日振りかもしれない。日本で積み重ねたライトノベル知識を反芻する。
心の中にポツリと一つの言葉が浮かんだ。
もはやためらっている時間は残されていない、思いついた言の葉を口に出してこの世界に声として形に刻む
「リ……
「そうか、それは縁起のいい名前じゃねぇか」
即席の名に、中年は少年の肩を叩く。
「実はな、この神聖ルべリオス王国って名も、魔王への
「そうだったんですか!?」
「そうさ……だからなナカムラ。同じ単語からつけられた名前のよしみって言っちゃなんだが、
俺たちルべリオス冒険者の
「は……はい! 頑張ります」
フィンケルからのリップサービスに、中村は目を回しながらフィンケルが差し出した手を両手で握る。嬉しさと押し寄せられる期待に応えられるかどうかの不安で、
そんな中村に、『ウォルフ・セイバー』の一員である黒猫の獣人が近づいて、スンスンと鼻をならしていた。
目の前の美人の顔に、中村は一気に正気に戻り困惑する。
「あ……あの、彼女はいったい」
「すまねぇなナカムラ。こいつは初対面の相手を嗅いじまう癖があるんだ。種族の逃れられぬ本能みたいなもんだから、寛大な心で許してやってくれ」
「は……はい、それはもちろん」
呆れて頭をかくフィンケルに、中村は戸惑いながらも頷いた。
中村から遠藤、クラマを嗅いだ黒猫の少女はフィンケルに耳打ちする。なぜかフィンケルの眉がピクリと上がった気がした。
「彼女はなんて言ってるんですか?」
「……お前からお日様の香りがするってさ」
「お日様!?」
動揺する中村にフィンケルは笑顔で手を振る。
「そんじゃ俺たちはこれでおいとまするぜ。何かあったら頼ってくれよな、いつでも相談に乗るぜ?」
「は……はい、いろいろとありがとうございます!」
嵐のような人だった、彼らが去った後に緊張の疲れがどっと体に押し寄せてくる。
「リベリオンズの皆様方」
Sランクパーティーと入れ替わりで、今度はカレラさんが話しかけてくる。ちゃっかり、先ほど中村が決めたパーティー名を呼んでいた。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます