第130話 冒険者登録
「
クラマは術が成功したことを確信すると、彼女をここまで運んできた少年に振り返った。中村は背筋を伸ばして手を膝に置いて椅子に座っており、呼吸すら忘れて彼女の次の言葉を待った。
初めて企業の面接を受けた就活生のような彼に、安心してもらえるように八重歯を見せながらクラマは笑った。
「自然治癒力を高めたからもうこれで大丈夫、あとはこの
「良かったぁぁ」
ようやく一息付けたのか、脱力した中村は椅子の背もたれに身体を預ける。
頭を大きく後ろにのけぞらせた中村の視線と、先程から後ろで様子を見ていた自分こと
「師匠!」
慌てて席を立ち、今から怒られることを覚悟するように、唾を飲み込んだ。
「すみません、師匠の計画外の行動をしてしまいました」
「気にしなくていい、私がやって欲しいことはやっているから」
弟子の肩を軽く叩き、謝罪は不要であることを伝える。
「クラマ、回復助かった」
中村が離れた椅子に彼女はどっかりと腰を下ろしていた。錫杖を担ぐ姿はどこか様になっており、親分を思わせるような風体である。そういえば彼女は
「お安い御用よん、それはそうとだ……」
「ただの怪我人ではなかったと?」
自分の予測に小さな顔をコクリと頷かせる。
「隷属術式、読んで字のごとく奴隷を作るとてもとても穏やかじゃない
「奴隷……!」
中村は言葉を復唱して、眉を寄せて胸に手をあてる。日本で義務教育を受けた彼には、その言葉は刺激が強かった。
「……それって僕に掛けられていた『制御術式』に近いものですか?」
「構造的にはそうだね、さらに被術者に対して行動の制限も自由に行えるというおまけ付だ。例えば『
「……僕みたいに解除できますか?」
「まっかせなさ~い! 二日貰えれば、きれいさっぱりスッキリ爽快に解いて見せよう!」
きれいさっぱりスッキリ爽快が術式を解く際の表現として正しいのかは置いておいて、中村の希望は叶えることが出来そうである。
後ろの扉から、人の気配を感じる。おおよその人物に察しがつき、ドアノブに手を掛けた。
「さて、彼女についてはあとで対応するとしてだ、まずは予定通り君たちの冒険者登録を行おうか」
扉を開くと、書類と水晶を抱えたカレラさんが姿を現す。
「
「あ、こちらこそ。先程はいきなりこの子を抱えてきたにも関わらず。素早くベッドの手配をしてくださってありがとうございました」
中村がほぼ直角に腰を折ると、受付嬢もお辞儀を返してくれる。
「さて、本日はナカムラ様とエンドウ様の、冒険者登録及びにパーティ申請の補佐を務めさせていただきます。
手続きの上で何か不明点などございましたら私まで質問してください」
「承知した」
「よろしくお願いします!」
受付嬢は部屋中央に設置されているテーブルに紙の束を置くと、冒険者の卵二人に向かいの椅子に腰かけるよう促した。
二人が座るとそれぞれに一枚の用紙が差し出された。
「まず、こちらが戸籍・住民登録票になります。
冒険者登録を行うためには、先に戸籍と住民票を登録する必要がある。本来であれば役場まで出向いて登録を行うのであるが、ギルドマスターの取り計らいでこの場でまとめてやってくれるそうだ。
カレラさんの適切な指示もあり、無事に戸籍と住民登録、冒険者登録が完了した。
「それでは続きましてパーティ申請の書類に記載をお願いいたします」
今までの書類とは違う、複雑な呪文が施された一枚の紙がパーティーのリーダーとなる中村の目の前に置かれる。
「こちらは『
「改めて解説を聞くと素晴らしい発明だな」
遠藤が感心しながら満足そうに頷く。
「戦闘向けではない職業の冒険者も強くなることが出来る、まさに集団を強くする上で最も効率的な方法だ」
「発明者は『探求の賢者』という二つ名で、後世の冒険者から敬意を集めていると聞いてるよん」
パーティを代表して中村が記載することになり、そのペン先が紙面に触れようとしたところでピタリと止まった。
「……念のため確認なのですが、パーティに登録するのは僕と遠藤君とクラマさんで合っていますよね」
「合っている、事前に渡した計画書通り私は外してくれ」
「……師匠がいてくれると心強いのですけれど」
「他にやることが残っていてね、悪いね」
三人の名前を記載した後、それぞれが血判を押すと赤い指紋が一瞬青く輝いた。
「それでは、こちらをどうぞ」
カレラはギルドプレートを二人に手渡す。中村達が登録することは事前に伝えてあったので、ギルド側で準備してくれたのである。
■■■
Name
Rase 人間
Sex 男
Age 16
Rank F
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Name
Rase 人間
Sex 男
Age 16
Rank F
■■■
大事そうに受け取った中村が、ふと気付いたようにこちらを見つめる。
「……師匠も冒険者登録したということは、これ持っているんですよね?」
「その通りだ、ほら」
首にかけていたギルドプレートを手に取って弟子二人に見せた。
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Name クロード
Rase 人間
Sex 男
Age 16
Rank C
■■■
中村達のモノとは違い
中村は文字を食い入るように見て、驚いたように叫んだ。
「師匠はあれだけ強いのにCランクなんですか!」
自分はその驚きに、仮面の下で意地悪な笑みを浮かべながら頷く。
「そうだぞ中村、私は冒険者の中ではそこまで強いほうではないんだ。弟子を名乗るなら、師を追いつき追い越せぐらいやってくれるな?」
「ええ……はい、頑張ります。出来る限り……」
何故かカレラさんとクラマがこちらをじっと睨んでくる。おかしい、理由にまったく心当たりが無い。
「騙されるなリーダー」
目の焦点が激しくぶれる中村を見かねたのか、遠藤が呆れたように口を挟む。
「師匠は『目立ちたくない』を信条に活動している人物だぞ? 高ランク冒険者になってしまえば周囲から嫌でも一目置かれてしまう。だからそこそこのランクからわざと昇格していないんだ」
「そ……そうだよね」
参謀の言葉にホッと安堵の息を吐いている。彼ら主人公が自分という
「これにて書類作業は終了になります。それでは失礼しまして……」
カレラさんは一つ咳ばらいをすると、中村と遠藤に笑顔を作った。
「ようこそ、冒険者ギルドへ!」
「あ……はい」
「……」
中村は返しの言葉が見つからず、遠藤は眉を顰めて無言になる。
先ほどのカレラの台詞は、冒険者登録が終わったものへ必ず発言するようマニュアル化された言わば受付嬢の決まり文句である。
冒険者を夢見る者なら感情が高ぶる言葉なのだが、目的を達成する手段として冒険者になった二人にはその限りではない。
このようなハイテンションの発言は、相手がそれを受け止めてくれて初めて『決まる』ものである。
「……以上になります」
新米冒険者から、『いきなりテンションが高くなった変な人』扱いされたカレラは、羞恥心のあまり赤くなった顔を手元の書類で隠した。
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