第127話 屍喰鬼は吸血姫の夢を見ない ⅩⅣ

 私は常に見送る側でした。


 母も、父も、夫も、その子供も、国でさえ先に亡くなってしまいます。


 変動する世界の片隅に、取り残されているようでさみしさを感じます。


 番人でいることにいささか疲れました。


 だからどうか、あなたは見送る側でいてください。


 最期まで、あなたの味方で幕を閉じたいのです。


 ――魔女の手記、最後のページの走り書き――


◆◆◆


「我は取引を望まず、生への執着あらば応えよ」

 ハイゼンベルクとの激闘から1か月後、マーガレットが住んでいた屋敷から少女のソプラノ声が聞こえる。

冥王の特例ハデス・ノミコンのっとって、このメリヘムが黙する魂に偽りの肉を与えん」

 メリヘム・ディ・ファールハイトは魔法陣の手前にて、書物を片手に四行術詩ルバイヤートを唱える。


 円陣の中心には一体のゴーレムが直立不動の姿勢で立っている。

 その四肢はヴェヒターに比べてあまりにも華奢だった。しかし、もしこの場に【鑑定】スキルを持った冒険者がいたならば、眩暈を覚えたことだろう。大国内でも僅かにしか流通していない超希少金属が、素材として潤沢に使われていたのだ。


「起動せよいにしえともがら魂魄人形ゴーレム・作成クラフト

 同じ重さの金よりも価値のある贅沢な躯体に魂が宿る。最上級水晶で形作られた水色の髪が、紅を混ぜたように紫に染まる。

 幻想的な光景の後、人形の瞼がゆっくりと開き、複数の宝石で作られた双眸が目の前の召喚主を捉えた。


「ふぃ!?」

 その見た目からは想像も出来ないような間の抜けた声が漏れる。驚きのあまりしりもちをついて、そのまま固まってしまった。

「久しぶりね、吸血鬼サルチナ」

「めっ……メリヘム。どうして、私、死んだ、死んで、それで」

「あなたは確かに一度死んだわ。でも私が魂魄人形ゴーレムとしてこの世に蘇らせたの」

「な……なんで?」


「……私は魂喰強化エインウェッジを使用して、ハイゼンベルクに勝利したわ」

 その奥義の名をサルチナはもちろん知っていた、発動させる条件も。

「は、ハイゼンベルク様を……魂喰強化エインウェッジは他者の魂が必要なはず……まさか」

 あの時あの場所で消費できる魂は、サルチナが知る限りひとつしかなかった。


「マーさ……高潔なる魔女マーガレット・ディ・ファールハイトが、私が確実に勝つために捧げてくれたわ」

 身内で呼んでいたマーガレットの名を、サルチナに分かるようにフルネームに言い直す。

「でもね、捧げる前にあの人はお願い一つ私に託して逝ったの」

 目の前で驚きの表情を浮かべている人形に手を差し伸べた。その手を取って鉱物で出来た肉体が立ち上がる。

 目線の高さを等しくしてから、メリヘムは言葉を続けた。


「サルチナという一人の少女を助けてあげてほしいって」

「……わ、訳が分からない。寛大にもほどがあるでしょ」

 散々邪険に扱い、口を割らせるために拷問を行い、最期は致命傷を与えた相手からの優しさは、サルチナにとって理解しがたい事実だった。


「あなたの感想なんてどうでもいいわ、私は恩人に頼まれたからそれに従っただけ」

「メ……メリヘムはどう思っているの? 恩人をひどい目に遭わせたのよ、そんな全部綺麗に割り切れるの?」

 メリヘムは魂魄人形ゴーレムに背を向ける。

「……あなたがマーさんにしたことは許さないけど、それは別にしてあなたがハイゼンベルクから受けた仕打ちには何も思わなかったわけじゃないから」

 表情を読まれることを嫌うように、明後日の方向を向きながらメリヘムは答える。

「だからこれでおしまい。私は支度を整えたらここを旅立つわ、あなたは好きにしなさい」

 かつてマーガレットに語った、世界放浪の夢。サルチナやハイゼンベルクなどの障害をはねのけた今、その一歩を踏み出そうとしていた。




「……待って」

 メリヘムの裾を、鉱物の指がか弱くつまむ。

「……私も……一緒に……連れて行って」

「……」

 屍喰鬼だった少女はすぐには言葉を返せなかった。この世界で酷い目に遭わされた人物なのだから、即刻拒否をしても良いはずである。

 だが、拒絶が出来なかった。


「……いきなり……一人ぼっちにして……放り出さないで」

 手足を失い、声も出せず、激闘の片隅で孤独に息を引き取った少女が絞り出した言葉はあまりに弱々しい。


 メリヘムは目を瞑り、

 顎に手を当て、

 天を仰いで、

 大きくため息をついた。

「……どんなことに巻き込まれても知らないからね」

「うん」


 整理しきれていない胸に手を当てていると、目の前の人形がまじまじとこちらを見つめていることに気が付いた。

「……ねぇ」

「まだ何かあるの?」

「名前つけてくれない……?」

「サルチナじゃダメなの?」

 

 メリヘムの質問に相手は首を横に振る。硬い鉱物でできた紫色の髪が、人間のそれと同じように柔らかく揺れた。

「ハイゼンベルク様につけてもらった初めての名前だけど、二度目の人生なら新しい名で生きていきたい」

「それなら、分かったわ」

 前世とこの世界とで二つの名を持つ夜神 宵奈メリヘムには、彼女の気持ちが何となく理解できるような気がした。


「なら……そうね」

 その人物の一生を共に歩んでいく看板である、前世の記憶まで総動員してふさわしいものを探す。

 たしかゴーレムに刻まれるemeth真理の発音は、『エメント』と聞いた記憶がおぼろげながらある。これを活用したかった。


「サレチナの綴りはどう書くの?」

 吸血姫は机に置いてあったペンと洋紙を渡す。魂魄人形ゴーレムは、先ほど住み着いた体とは思えないほどに手先を器用に動かしてペンを走らせる。


「『Sarcină』……ね、それなら頭文字のSを『エメント』の先頭にくっつけて『セメント』なんて……」

 そこでメリヘムは言葉を止めた。あまりに現代日本臭い言葉に眉を顰める。ゴーレムという浪漫の塊に対してその名称は、彼女の中二病プライドが許さなかった。

「いや待って、次……いやその次のrを先頭にくっつけて『レメント』にしましょう」

「レメント……それが新しい私の名前」


 与えられたものを自分の一部にするように、繰り返し名前を呟くサルチナ改め魂魄人形ゴーレムレメント。その様子を見ながら、片眉を上げる吸血姫メリヘム。

 二人の名が世界に現れるには、もうしばしの時を必要としなくてはならなかった



























「おぉ……召喚成功だ」

「文献はまことだったのだ」

 ルべリオス公国王城のとある一室において、円陣を囲んだ魔術師達が歓喜の声を上げ手を取り合っていた。


 円陣の中心には一人の少年が狐につままれたような顔で呆けている。

 黒髪にこげ茶色の瞳、やや幼さを残した顔立ちは着ている学生服に良く似合う。


「静かにせよ」

 渋い声と共に部屋の奥から王冠を被った壮年の男が姿を現す。

 周囲の魔術師達が一斉にひざまずくのを見て、慌てて少年も空気を読んでひざまずく。


「我が名はアンファング・フォン・ルべリオス、この国の王である。

 選ばれし勇者よ、そなたの名前を教えてほしい」

 戸惑いながら少年は答えた。

「えぇと、はい、僕の名前は佐藤、佐藤良太郎さとうりょうたろうです」


 アンファング国王は名前を確認して大きく頷くと、少年の手を取った。

「勇者サトウよ、どうか魔王の討伐に協力してほしい」






影の使い手

屍喰鬼は吸血姫の夢を見ない 終了

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