第111話 エピローグもどき

 かくして言峰達勇者によるダンジョン攻略は、三日間の過程を経て終了した。


 ルべリオス王国民の心持ちとしては一大行事が円満に収まったことへの安堵半分、祭りの終わりへの未練が半分といったところか。

 しかしその5日後、前代未聞の事件が彼らの寝耳に水を注いだ。


『ダンジョンボス部屋の変化、及び龍種出現』


 発見したのは新進気鋭の冒険者パーティ、『ティア・バルナ』であった。

 とある神器の名を掲げる彼らは、ギルドに加入後わずか二週間でメンバー全員がDランクへと昇格した実力者ぞろいであり、現在10より若い階層内にて練磨する冒険者の中でボス攻略に近いと噂されていた。

 そして意気揚々と出発したその日の夜中。血相を変えて受付嬢のカウンターへと駆け込んだ彼らに、その場にいた者たちは皆尋常ならざる事態を頭の奥で予測した。

 本来ならば吉報を誇るはずであった口が、凶報をもたらす発信源へ様変わりしてしまったのは運命の悪戯いたずらと言う他ない。

 全員が無事生き残れたのは奇跡と言ってよかった。


 問題はダンジョン9階ボス部屋が本来の機能を失ったことに尽きる。

 幸いというべきか10階ごとに地上とダンジョン内の街とを直接行き来可能なセーブポイントが設置されているため、すでに踏破している者たちにとっては何の支障もない。主に被害に合っているのは未攻略者達、すなわち冒険者ギルドのこれからを担う若輩である。

 今は良いにしても数年後、数十年後を考えれば冒険者ギルド、ひいてルべリオス王国は、迅速ではないにしろ確実な対応策を必要とした。

 しかし国民は思ってもいないであろう、ここまでの顛末は上層部にとって想定の範囲内であったのだ。


 それより二日後、すなわち勇者によるダンジョン遠征からちょうど1週間後。

 混乱の極みにある国民の前で、カイゼル・フォン・ルべリオスは高らかに言い放つ。

『――1か月後、勇者による討伐を行う』 

 広場に集っていた悲痛な面持ちが歓喜へと変わるのにそう時間はかからず、人々は勇者コトミネと国王、そして作戦立案者兼最大出資者であるクシュナー元老を讃えた。


 その日の昼過ぎ、

 グルンシュタット城中庭は剣劇と喝で賑わっていた。

 勇士たちによる強行軍は見事実を結び、三日目までに20階を超え30階踏破という快挙を成し遂げた。

 気構えの違いであろう。今までは王国より与えられた、言い方を変えれば『課題』であったものが、自分たちの『目的』へと姿を変えたのだ。

 一度、死が隣に寄り添う感覚を味わったこともあるだろう。訓練を行う勇者達の目は、前とは比べものにならぬほど真剣みを帯びていたものへ練磨されていた。


 特別に設けられた射撃場で村上綾香は手を合わせながら、大きく息を吸い込む。

「『四元素たる偉大なる雷よ、敵を焦がしその力を示さん、雷槍となりて我が前に顕現せよ』」

 魔術師メイジが新たな術スキルを取得すると、同時にこの世に発現させるための詠唱文が天啓ともいうべき形で頭に刻まれる。これを魔術の世界では『四行術詩ルバイヤート』と呼称した。

 一行目で魔術の属性を、

 二行目で魔術の型(攻撃、防御、支援など)を、

 三行目で魔術の具体的な効果を、

「【ライトニングスピア】!!」

 四行目で魔術の名称といった具合である。

 他の魔術師メイジ系統の職も多少の差異はあれどうたうのであるが、それはまた別の話。

 突き出した両手より生まれた雷霆は充分な威力を保持して、急ごしらえの的へと突進する。結果、人型の木版は中央に穴が開き、焦げ臭いにおいを辺りに振りまく。


「もう自分のものに……うかうかしていたら追いつかれそう」

 横から指導していた七瀬は成長ぶりにゴクリと喉を鳴らした。

 彼女が行っていたのは自らで決めた動作を繰り返し行う——ルーティーンの練習である。詠唱の正確さや速さを鍛えたい相談され、集中力を高める一つの方法として教えたのだ。

 彼女のひたむきな努力の賜物とはいえ、自身の培ったすべを綿が水を吸うように身につけられると、嬉しさと嫉妬が織り混ざり複雑な気分となる。


 そのような彼女の心境を知ってか知らずか、村上は胸の前で両の手を握る。

「安心してください! 追い越すつもりですから」

「むむ」

 挑発にも取れる言葉であるが、その真意は賢者の意地と言うべき競争心をくすぐることにあった。

「賢者様に仕事が回ってこないほどが目標です」

「なんて頼りになるの、あぁダメになってしまう……」

 冗談を言い合ってお互いクスリと笑う、両者の距離は訓練を通じて確実に縮まっている。


「おう村上、調子よさそうだな」

 二人がふり返ると柿本が水筒を片手に剣を担いでいた。

 シャツは汗で元の色合いを失っており、絞れば雫がしたたりそうである。


「はい、師匠のおかげです」

 師匠呼びが少しだけ嬉しかったのか七瀬の耳の血行が良くなる。

 数日前と比べて落ち着きを取り戻し、他人と当たり障りのない話し合いができるまで回復したことに安堵した。

「その様子だと周りともうまくいってるようだな」

「そうですね……でも」

「おん?」

 いつもの明るくはつらつとした雰囲気に、影を落とす。

「あれから中曽根君が、前より話しかけなくなったように感じます」

「あれからって……ダンジョンに潜るまで?」

 あえて中村がいなくなる前と言わなかったのは柿本なりのやさしさであろう。

 彼は中村が無事だという事実を影山を通じて知っていた。叶うならば、今すぐにでもこの場で伝えたいと強く思う。しかし、影山とティファの一件がある以上、何処で聞き耳を立てているか分からない城内にて暴露するリスクは計り知れない。


「はい、その、なんと形容していいのか、引け目を感じているような……暇さえあれば必死に剣を振っていて」

「なるほどねぇ……」


「柿本君?」

「いやこっちの話だ、気にすんな」

 同じ戦士ウォーリアとして訓練にてつるぎをぶつけ合う彼には、人目では気づけない小さな変化に心当たりがあるのかもしれない。


「他人を気遣えんのは村上の長所だけどよ、そっちの目標だって低くないはずだろ?

 俺たちが注意しとくから全力投球してくれ、お前なら全部終わってから周りを見渡しても大丈夫さ」

「分かりました、絶対に大好きな人を助けてみせます」

「大胆な発言、いいじゃないの!

 そんじゃ運命の日に集おうぜ! 無理しておけよ! 死なない範囲で!」

 遠くで手を振る対戦相手の井川に手を振り返し、柿本は嵐のような試合場へと戻っていく。

 村上は思う、あれが親友の死を乗り越えた男の強さなのかと。大切な人と別れてしまった自身には眩しく見える。


「よし……練習再開」

 いつか彼のように、中村に言葉一つで活力を与えられる存在になれたならと願うばかりであった。






















影の使い手


双竜編 続く

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