第69話 七分咲・賢者の芽
「気付かれたようです」
「急ぎましょう」
先の見えない螺旋階段を駆け足で登っていく。
周りを見渡しても代り映えのない景色が続き、私たちはちゃんと上に近づいているのだろうかという不安感が胸を
神樹に大きな変化が見られたのはつい先ほど、
何の予兆もなく突然辺りが大きく揺れ、なんとも形容しがたい重音が辺りに響き渡った。
その瞬間に気付いたのだろう、肌に触れている空気がピリッと感じる敵意のあるものに変わった。
壁が歪み、起伏と沈降を繰り返す。個体であるはずの木が、液体のように波打って躍動しているように見て取れた。まるでこの空間そのものが暴れまわっているような感覚に陥る、
「あっ!」
「おっと」
ひと際大きく地面が揺れたとき、誤って階段の端から足を踏み外してしまう。
すんでのところでシッドが私の腕を掴んでくれたことで、地面まで真っ逆さまという最悪の事態は避けられた。
「気を付けてください、ただでさえ階段の幅が狭いのですから」
「すみません」
彼に謝りながら私は進むべき道の先を見る。
あれだけ上ったというのに、目的地までの道のりは一向に縮まる気配がない。
思ったよりも早く神樹は私たちの策に気が付いた、本当はもう少し後に気付かせるはずだったのだが今更悔やんでも仕方がない。
神樹が根を引き戻すまでにかかる時間は30分程、とてもではないが私たちが頂上までたどり着けるとは思えない。
さらにその30分も私が目測での距離であって、もっと早くなっても何ら不思議ではない。
一番まずい事態は、私たちが頂上までたどり着かず、戻ってきた神樹の根に囲まれてしまうということだ。
ただでさえ足場が悪いのに、無数の根との戦闘なんて出来るはずがない。
今、私たちができることは二つ。
一つは文句を言わず『たどり着きますように』と願いながら、地道にこの階段を昇っていくこと。
言うまでもなくこの案は却下。希望的観測で勝てた例なんて、歴史を紐解いてもごく少数しか存在しない。
もう一つは階段よりも飛躍的に効率が良い手段で登っていくことだ。
私はその方法を一つ知っていると同時に、そのリスクが成果の大きさと比例していることも知っている。事前にシッドさんに話して、二つ返事では了承できなかったほどに。
「シッドさん」
「はい」
本音を言うのなら気付かれるのがもう少し遅い方がよかった、極論するならこの隠密行動すら認識されずに済ませたかった。
しかし状況が変わった、今こそが奥の手を使うべき状況なのだ。
「すみませんが『あれ』を実行しようと思います」
「こうなったら、神に祈るしかありませんね」
私は彼の前に立ち、体中の力を抜いた。
「ふうぅ」
大きく息を吐きながら意識を集中させ、扱う魔力を腕へと集中させる
そして
「【ウッドブレス】!」
瞬間、私たちの足元から新芽が飛び出た。見る見るうちに大きくなり先が分かれて枝をつけ、その先端にはたくさんの葉が覆いつくされた。
当然私たちもその自然の猛威に押され、葉によって体が埋まり、そのままエレベーターのように上へ上へと押し上げられる。
ジャックと豆の木のように、一夜にして天に届きそうな木がその場でムクムクと生えていく。
「【ウッドブレス】【ウッドブレス】!」
それでも私は魔術を止めることはなく、目の前にある枝になお魔術をかけ直していく。
すると頂上付近の木の枝が周りより明らかに大きくなり、それが新しい木であるかのように大樹の上に鎮座する。
巨木を積木ブロックか何かで積み上げたかのような、不格好なオブジェが数分と立たずにその場に出来上がった。
そして私たちもさらに押し上げられる。
「階段で間に合わないなら、無理やり私たちを持ち上げる!!」
これは【木魔術】をLv,1にすることで取得することができる【ウッドブレス】という魔術、効果は見ての通り木の生長を促すというもの。
消費するMpに対して得られる効果があまりにも小さく、使い勝手が悪いのだけれど今の私には問題ない。
【
成長して動き続ける葉と枝の上、という最悪の足場で何とか踏ん張りながら木を成長させ続ける。
ちらりと上を見れば、あと一回巨木を生やせば飛び移れそうなところまで来た。
「【ウッドブレス】!!」
どうかこれで最後にしてほしいという願いを入れて、渾身の力を込めて最後の魔法を放つ。
ひときわ大きく足場が揺れた後、周りの葉が一斉に私に降り注いでくる。
「きゃっ!」
緑のシャワーを浴びて、私自身が今どこを向いているのかさえ分からない。
揺れが収まったのを確認した後、私は周りに自然の網を作っている葉と枝をかき分けた。体に激しく運動した後のような倦怠感が襲う、Mpが尽きかけている。
生やした木はちゃんと最上の階段まで届いているのだろうか? いま私はこの木のどのあたりにいるのだろうか? どれだけこの木を登らなければならないのだろうか?
数々の不安が残るけど進まなければならない。
「うぅ……」
かき分ける腕が疲労を訴え、次第に感覚が無くなろうとした時。
「え?」
その腕ががっしりと掴まれた。
「ふん!」
間を置かず体が上へと思いっきり引っ張られる。世界が瞬く間に晴れ、目に飛び込んできたのは、体中葉っぱだらけのシッドだった。
「やりましたよ、七瀬さん」
「あ」
運よく私が出た場所は生やした木の頂上付近だった。目と鼻の先に階段の終着点がある。
「賭けに勝ったようですね」
「えぇ」
目的を達成した達成感に浸る間もなく、私たちは枝を伝って動き出す。
もういつ根が引き返してきてもおかしくはない。Mp回復ポーションを手に持ち、学校に遅刻した学生の如く飲みながら走る。
終着点と生やした木の間に掛かる天然の橋を半分ほど渡り終えたところ。
「まずい」
「うっ」
少しずつではあるが、木が傾きつつあることに気が付く。
一番下の木が、上に乗っかっているすべての木を支えきれなくなったのだ。このままいけば、私たちは自分達の生やした木とともに最深部まで落ちて行ってしまう。
私たちは何も考えずに走った。ただ全速力に、いま持てるすべての力を振り絞って。
しかし、先ほどの魔術で精神が疲労していた私には、その距離はきつかった。
シッドとの距離がどんどん離れていく。頭が警報を大音量で鳴らしているのに、体がそれについていかなかった。
階段にかかっている枝がみちみちと嫌な音を立てて引き裂かれそうになったとき、私たちと階段までの距離は30m程。
「失礼」
「はひ?」
何事かと思った瞬間、いきなり私の服を鷲掴みにし、彼自身の体を軸にしてハンマー投げの要領で私を投げ飛ばした。
「シッドさん!?」
天地が逆さまになりながらも、必死に彼の姿を確認しようとする。
しかし、その姿をとらえるより先に私が地面に到着する時間が早かった。
浮遊感を感じた後、体全体に衝撃が走り一瞬に何が何だか分からなくなる。
内臓が一気に圧縮され肺の空気が口から強引に吐き出される、痛みはあまり感じることはなかった。
体をひねって周りを見渡すと、どうやら私は階段の上にいることが分かった。
慌てて階段の端に視線を向ける、彼は今まさに崩れる枝からこちらへ飛び移ろうとしていた。
「はぁ!!」
彼が足に力を入れ、気合とともに跳躍した瞬間、枝が完全に折れて底へ轟音と共に沈んでいった。
彼が階段の縁に手を掛けようとするが、距離が届かないと直感で確信する。
急いで文句を言う体を強引に動かし、出来るだけ腕を伸ばして彼の体を捕まえようとした。
彼の体がすぐそこに迫って来ると同時に、私は来るべき重さに備える。
そして、
その努力は、彼の指と私の指が触れるだけに終わった。
「シッドさん!!」
あらん限りの力を込めて彼の名前を叫ぶ。
彼がどんどん小さくなっていく光景に、私の体が音を立てて冷めていくようだった。
今更どうしようもないというのに、まだ何か出来る事ががあるのではないのかという焦燥感にかられどうしていいか分からなくなってしまう。
「こんな、こんな」
『こんなことなら地道に階段を上っておけばよかった。私がこんなこと実行したばっかりに』
言ってはならないことが頭によぎった。
その時、木の中からとてつもない速さでこちらへと向かってくるものが一つ。
「まさかもう!?」
根が襲撃を仕掛けてきたのかと一瞬身構えるが、その心配は杞憂に終わった。
「リン!!」
勢いよく飛び出してきたリンは、荷物を抱えたままモニュモニュと二つの触手を作り上げる。
そして片方をシッドの体に巻き付け、もう片方を階段の縁にビターンという効果音が似合うような貼り付け方をして、空中にぶら下がった。
「良かった」
涙声で座り込みながら、安堵の息を漏らす。
そこへリンが這いあがってきたので、私は抱きしめてお礼をした。
「ありがとう」
リンはプルプルと震えるだけだった。それが『気にするな』と言っているようでとても嬉しかった。
こうしてショートカット作戦は誰一人の犠牲もなく、目的を果たすというこれ以上ない結果を収めた。
◆◆◆
「よっこいしょ、と」
九死に一生を得た剣士が、掛け声とともに崖を登り切る。私は周囲の警戒と、今一度ポーションを飲んでHp、Mpともに回復を行っていた。
「いや、ヒヤリとしましたよ。
危うく死因が刺殺から転落死になるところでした」
「笑えない冗談ですよ」
彼の軽口にぎこちのない笑顔で返す。
あの瞬間は私にとっても貴重なものだった、彼の命を私の作戦が握っているということを改めて知らされたのだから。
「それより、シッドさん、あれを」
そう指を指して、彼の視線をそちらへ向けさせる。
階段の先にあったのは少し開けた広場のような場所だった、上を見ればもう太陽のように輝いている光球まですぐ近く。
その広場の一角に回りとは明らかに違う場所が見えた。
まるで簡易的な神社のようなもので、三本の柱が三角形の頂点のように突き刺さっており、お互いを
縄には
本で見たことがある、あれは神社の注連縄というもので、そこに神が宿る神域を作り出しているという。
その、柱と縄で囲まれた神域の中心に、一人の少女が横たわっていた。
「巫女様!!」
シッドが我を忘れたように叫んだ。
そのままの勢いで駆け寄ろうとするが、ビクッと体をこわばらせ私をちらりと見る。
「大丈夫です、罠の
一応念のため、
その言葉とともに彼は、鉄砲玉のように飛び出していった。
私も彼に続いて駆け寄る。
「うん?」
そして彼女を見て、思わず疑問符を言葉にしてしまった。
一目見た彼女の印象は、青みがかった黒の長髪を腰まで伸ばし、全体は小柄で華奢というもの。
その顔はとても美しく、ルべリオス王国のカトリーナ王女と同じぐらい整った顔立ちをしている。
しかし、私が何よりも目を奪われたのは、彼女の胸付近で光っている小さな球だった。
「これは……」
「まさか……」
「……ソノマサカダ」
突然空気が震えだし、男性とも女性とも分からぬようなしわがれた声があたりに響いた。
「ソレハ、ソノムスメノタマシイソノモノダ」
「貴様!!」
シッドが立ち上がり刀を構える。
「キサマラハオレヲオコラセスギタ。
ソノバツトシテ、イマコノバデオコルコトヲユビヲクワエテミテイルガイイ」
「なっ!?」
「まさかとは思うけどあの大きな光の球って」
「ソウダ、ワタシガイママデニクッテキタ『エサ』ダ。
モウ、イシキハノコッテイナイダロウガナ」
「このっ……」
考えたくはなかった、しかし私の『目』がそうであることを証明している。
あの巨大な光球は遠くからでは莫大な魔力の塊にしか見えなかったが、近くで見てみると大きな魔力の周りに、いくつもの小さな魔力がくっついていることが分かる。
つまり、あの小さな魔力一つ一つが里の住人だったものなのだ。
「サア『コッチへコイ』ムスメヨ」
「巫女様!!」
あいつの言葉と共に魂が動き出す。
「このっくそっ」
シッドが必死に光を手でつかもうとしているが、物理が効かないとばかりに彼の掌をすり抜けてふわふわと飛んでいく。
私は力いっぱい目をつぶった。
考えろ。
この状況を打開する最善の策を。あの忌々しい奴に一矢報いれるだけの何かを。
必死に頭を働かせる、手が頭を掻きすぎて爪で頭皮が切れて血が出てくるが、今はそれどころではない。
「あぁ」
思わず腕組をして再度思考した
「……ん?」
すると懐のあたりに違和感を感じる。
入れていたものがその存在を訴えてきた。
「これって……」
手に入れた\いきさつ《・・・・》を思い出したとき。
「!!」
一つの秘策を見出した。
向き直り、現在の状況を確認する。
巫女の魂はもうシッドの真上まで上っており、もう少しで彼の届かないところまで行ってしまいそうだった。
時間がない。
後でどうなるかは分からないけれど、今はこれに賭けるしかない。
「はああああああああああああああああ!!」
気合とともに『それ』を投げる。
『それ』は放物線を
「ムダダ!!」
「いうだけ言ってなさい!! 最後に泣くのはあなたです!!」
笑えばいい、蔑めばいい、愚かだと思えばいい、これが私の『賢者ナナセ』としての答えなのだから。
――『それ』は魂に当たった瞬間。魂を吸い込んでコトリと落ちた。
「ハ?」
「え?」
間の抜けた返事を二人が返すが今はそれどころではない。
「っ~~~~~~~~!!」
言葉にならないぐらいの喜びを、私は体で噛みしめている。
投げた『それ』は強力な魔法具でも何か特別な魔術でもない。何の変哲もない木像なのだから。
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