第47話 名酒を求めて

この国、神聖ルべリオス王国の季節は5種類ある。


気温が下がり雪が降る『ヴィンタ』

花が咲き暖かくなる季節『リンク』

雨の日が続く季節『ヴァス』

暑い季節『ゾンマ』

嵐が頻繁にやってくる季節『ギュワ』


それぞれ呼び方はあるがややこしいので、自分は順に『冬』『春』『梅雨』『夏』『風』と呼んでいる。

勇者として召喚されたのはちょうど『夏』の季節だった。


そしてこの話は召喚から2か月が経ち、残暑が収まって風が涼しくなった時期のこと。





「...酒?」

「そう、酒、それも銘酒だ。」

自分ことクロードはギルドマスターから変わった依頼を受けていた。

場所はギルドマスターの部屋、テーブルをはさんで自分とギルドマスターが年季の入ったソファーに座っている。


「今週末、感謝祭があることはお前も知っているだろう?」

「まぁね。」

この国の主食は『ギン』と呼ばれる穀物を、ふんだんに使ったパンだ。

そのため自然と、穀物の今年の豊作を神に感謝し、来年の豊作を願うために毎年この時期は大きな祭りが起こる。

名前を『ルべリオスの感謝祭』という。

この祭りはとても神聖なもので戦争よりも優先され、祭りが開催される一週間は祭りの運営を除けばあらゆる職業が休業となり、神に感謝をささげなければならない。


「その祭りに出す酒の一部をギルドで出すことになったんだがな、どうも名物になるものがねぇんでな。

これじゃぁ王都のギルドとして箔がつかねぇってことになったんだ。」

「どれ、」

テーブルの上にある酒のリストを手元に持ってきてさらさらと捲っていく。


すべてをざっと見たところで、リストをもとあったテーブルに軽く放り投げた。

「まぁかなりいい物がそろっていることは分かるのだけれど、逆を言えばこれといって特筆できるものがないね。

『目玉商品』とでもいえばいいのかな?

確かにギルドとして年に一度の祭りに出すにはインパクトが薄い気がするね。」

あらかた見てみたが、どれも酒屋に売っているものである。

せっかく冒険者ギルドが出すものなのだから、商業ギルドなどの他にはない、何か特色を出したいと思っているのだろう。


「そこで、だ。

お前に伝説の銘酒を探してきてほしい。」

「伝説ねぇ...」

その言葉を聞いて複雑な気持ちになる。

現代日本から来た自分からしてみれば『伝説』というものはかなり胡散臭く聞こえる、そのような物は大抵噂として人から人へと伝わるうちに尾ひれがついた結果みたいなものだ。


ただ、ここは現代日本ではなく剣と魔法の世界、そんなものあるわけがないと鼻で一笑するのはいささか浅慮だろう。

そう『伝説』に対する考えを改める。


「ギルドのごたごたで忘れていてな、酒を納品する期限が明後日なんだ。」

「それで私にか?」

少し不満だ、要はギルドマスターのミスを自分が代行するという事なのだから。


ギルドマスターは自分の肩に手を置いた。

「抜群の機動性を誇り、分身で手数を増やせるお前にしか任せられない。」

「そんなこと言われてもね。」

今日と明日を入れて2日、いかに自分の職業【忍者アサシン】が情報収集能力に優れていようと、どこかにあるかもわからない酒を探すのは少し無理がある。


「もし酒が納品できなかったらどうなるんだ?」

念のため聞いておく。

「あぁ心配するな、別に見つからなかったからって感謝祭が失敗するわけじゃない。


...ただ俺は伝説の酒があれば、さらに盛り上がると思うのだがなぁ?」

自分はため息がつきたくなった。

このギルドマスター、鬼である。

言葉ではああ取り繕っているが、言外に『必ず見つけてこい』という強い念を感じる。

しかも隠す気がない。


そのギルドマスターの頭に手刀が飛んできた。

「ギルマス、大人げないです。」

そういって受付嬢のカレラさんが自分に助け舟を出してくれる。


ふとギルドマスターの机を見ると、鎮座している紙の山が5割増しに増えたような気がする。

どうやら彼女は追加の書類を出しに来た後らしい。

「元はといえばギルマスが依頼を出すタイミングを逃していたのが原因でしょう?」

「そりゃそうなんだが...」


「少なくとも場所がわからなきゃ探しようがないね。」

そう言って溜息を吐くと。

「あぁ安心してくれ、さすがにそこまで俺も鬼じゃない。

具体的な場所は掴んであるから、後はそこをくまなく探してくれればいい。」


自分とカレラさんは同時に事の張本人を睨んだ。

「「おい、ギルマス。」」

そういうことは先に話してくれ。


◆◆◆


『今回の依頼は普段、SランクかAランクの冒険者に受けてもらうはずだったんだがな。

だから成功報酬は期待してもらってもいいぞ?』

脳内でギルマスの最後の言葉を反芻する。


自分は今ダンジョンの17階、冒険者の間では『森林エリア』と呼ばれるところに来ている。


今回探すものは『森の滴』と呼ばれる幻の酒だ。

この酒、信じ難いことにモンスターが作っているらしい。

なんでも数十年前、たまたまこのお酒を見つけた冒険者がそれを貴族に渡したところ、あまりのおいしさに、とてもお酒としては破格の値段で取引されたとか。

その後、幾人もの冒険者が大金目当てにこの酒を探したが、結局今日に至るまで何の足取りも掴めず、その酒を飲めたのは発見した冒険者と取引をした貴族だけだったらしい。


「とても今日明日で探せるような代物じゃないと思うのだけどなぁ。」

そう頭を掻きながら森林の奥へと歩み進む。

発見した冒険者の証言から大体の位置が割り出してあるのだが、現在に至るまで故意に見つける事が出来なかった物だ、一筋縄でいくとは到底思えない。


「そう思わないかい?リン。」

先ほどから自分の前を優雅に歩いて(?)いるスライムに問いかける。

それに対してリンは元気よくプルプルふるえるだけである、おそらくどうやって探すか悩んでいるというより、はやくその伝説のお酒が飲みたくて堪らないのだろう。

その証拠に先ほどから出てくる魔物モンスターを、リンが一匹で勝手にどんどん倒してしまっている。

ここまで一つの欲望に従順だと、返って関心すらしてしまう。


「...探すか。」

正攻法なんて過去の冒険者が飽きるほど行っただろう。

何か、今まで思いつかなかったような奇策で探すべきだ。



「...ん?」

ふと【五感特化】によって誰かに見られている視線を感じた。

しかし辺りを見渡せど、人どころか魔物モンスターさえ見えない。


「疲れているのか?」

そんなはずはない、昨日は仕事も早く終わったのできちんと9時間睡眠をとったはずだ。

気持ちを切り替えるために上を仰いで首を振った瞬間、

木から何か飛び移る者が一瞬見えた。


冒険者の性とでもいうべきか、自分はあの生き物をにとても興味を持った。

いまだに進展のないこの状況で、もしかしたらあの生き物が何か新しい展開をよこしてくれるのではないかと期待したのだ。

「リン!」

すぐさま使い魔を呼び寄せて、後を追う。

目で追っていたがかなりの速度だ、AGI素早さは最低でも600、少なくともこの階層の魔物の3倍はある。

もちろん自分の方がAGIは高いので追いつけないというわけではないが、集中していないとすぐ見失ってしまうだろう。


生き物は木の枝から枝へと飛び移る、自分はその後を追いながらその生き物を観察した。

全長は1mほど、全身を動物のような毛で覆われており、頭にとんがり帽子を被っている。

背中に大きな袋を抱えており匂いからここらの果実だということが分かった。


生き物を追いかけて30分、ある一定の場所を抜けたところで自分の周りが霧に覆われていることに気付いた。

すると追っていた目の前の生物が2つに分かれたように見え始める。

どうやらどこからか自分に催眠系の魔法をかけようとしているようだ、自分には特殊エクストラスキル【完全耐性】があるためこの程度の催眠魔法は効かない。

仮に幻覚が見えたとしてもそれが幻覚だとわかり、『催眠魔法がかけられている。』という感覚を持てる。

その結果、幻覚として見せようとしている生き物の姿と、実際に見えている生き物の姿が合わさってこのような光景を作っているのだろう。

もちろんどちらが本物かどうか区別がついているのは言うまでもないが。


自分は【影分身】を発動させ、幻覚の方の生き物をわざと追わせた。

生き物に『追跡者は幻覚に騙された』と思い込ませるためだ。

そして自分は【影移動】を使って、本物の方の生き物の後を追った。


生き物を追ってさらに1時間、生き物は自分がいなくなったと思ったのだろう、とある場所で地面に降りた。

そこで自分は初めてその生き物に【鑑定眼力サーチアイ】を使った、移動中に使わなかったのはまだ場数を踏んでいない自分がそんなことをすれば、目標を見逃してしまう恐れがあったからだ。

「レーシーか...」

王国の図書館においてチラリと見たことがある。

森林エリアの中ではかなり高位の魔物モンスターであり、魔物モンスターにしては珍しく人間に友好的だ、なかなか姿を見せないために冒険者の間では、その姿を見たら何かいいことがあるという験担ぎにされている。

しかしレーシーの体長は3mから4mほどあると言われているのだが、目の前にいる個体はどう見てもそれより小さい、おそらく子供なのだろう。


そこで自分は考える。

森の守護者であるレーシーなら、もしかしたら伝説のお酒について知っているかもしれないと。

これは一か八か掛けてみてもいいだろう。


子供のレーシーは木々が入り組んでいる前に来ると、何やらぶつぶつと呪文を唱え始めた。

すると、目の前の木々たちがまるで生き物のように動き始め、最終的に一つのトンネルを形成した。


そこから間を置かずに自分は草の影から出る、子供のレーシーは自分を認識して心底驚いたようで腰を抜かしたようだ。

まぁ撒いたと思っていた存在が目の前に現れればこうなるだろう、レーシーの驚きが警戒に変わらないうちに話を進めようと思う。


「リン、翻訳してくれるかい?」

自分はリンを通して魔物モンスターの言葉で、レーシーに敵意のないことを伝えようとする。

レーシーの言葉はリンが文字に変形して教えてくれる。

さあ、自分の交渉術の見せ所だ。


「どうぞ。」

まず、敵意のないことを伝えるため、珍しい木の実をいくつかレーシーに手渡す。

これらは先ほど【影送り】で取り寄せたものだ。

木の実を受け取ったレーシーはいくらか警戒を解いてくれたようなので、自分は敵意がないこと、知恵を貸してほしいことを伝えた。


レーシーはしばらく考えた後、何を思ったのか自分をトンネルの中に案内してくれた。

罠であることを考えて警戒したが、いざとなれば【影移動】で逃げられるので、せっかくのチャンスなのだから進もうと決意する。


◆◆◆


『美しいな...』

その景色を見て始めに思ったことはそれだった。


木々のトンネルを抜けた先にあったのは、森の中をくり抜いたような大きな広場だった。

周りの木には大きな穴が開いており、そこがレーシーの住居となっているようだ。

どうやらここはレーシーの里らしい。


「無用心過ぎじゃないか?」

自分にとってこの展開は少々意外だった、今日会った見ず知らずの人間を、いきなり自分たちの住居へと案内するとは思わなかったからだ。

子供のレーシーはここで待っているように自分に指示した後、奥のひと際大きな木へとへ向かっていった。


暫くすると、体長が5mほどあるレーシーが数人のお供とともに現れた、頭に何か冠を付けているのでおそらくこの村の長老格なのだろう。


まず彼らは自分に対して一つの紙を渡してきた、【鑑定眼力サーチアイ】で見てみると、これは効力の強い契約書であるということが分かる。

契約書の内容は大まかにいえば、

『この里の存在を冒険者たちに伝えない事』

『里の皆に危害を加えない事』

『双方は対等な関係である事』

というものだった。

自分たちの安全を確保したいのだろう。


何度も読み返したが、自分に不利になる事は見受けられなかったし、自分は別にこの里に対してどうこうするつもりはないので契約書にサインする。

すると契約書は光の玉となり、自分と長老の胸に吸い込まれていった。

これで契約は成立だ。


早速『森の滴』について聞こうとすると、長老が自分の袖をその長い腕で引っ張った。

どうやらまだ話したいことがあるらしい。


◆◆◆


「あれか...」

自分は目の前の光景を目にして言葉をこぼした。


そこにあるのはほかの木より一回り大きな大木。

そしてその下に陣取っている獣型の大きな魔物モンスター

その魔物モンスターの前に対峙している自分。

まずこの状況を説明するには、3つ補足をつけなければいけないだろう。


1つ目に『森の滴』の正体が判明したことだ。

ダンジョンの中にも季節がある、今の季節、『夏』に咲き誇った花が実を付ける。

レーシーは食料を貯蔵する習性があるので、その果実を一つの木の中にため込んでいたのだ。

その果実が上の果実の重みで潰れ、漏れ出た果汁が発酵し木に染み込んでいく。

果汁は木の繊維によって凝縮され、さまざまな道筋を通り、長い年月を経てある一定の場所に滴のようにポタリ、ポタリと集まる。

それこそが『森の滴』なのだ。

つまり自然の奇跡が生み出した果実酒だったということだ。


2つ目にその『森の滴』ができる木、つまりこのレーシーの里の貯蔵庫にそのお酒の匂いを嗅ぎつけたのか、凶暴な魔物モンスターが住み着いたということだ。

そこまでならレーシーが力を合わせれば対応できる、伊達にこの階層の中でも高位の魔物モンスターに居座っていないのだ。

しかし不幸なことは『森の滴』には飲んだ対象を一時的に強化する効果があったことだろう。

この階層で取れる果実の中には、身体強化や魔力強化の魔法薬ポーションに使われる材料もある、ならばそれらの成分が凝縮した『森の滴』にそれら以上の性能があったとしても不思議なことはないだろう。

結果魔物モンスターは里のレーシー全員掛かりでも手が付けられないほど強くなってしまった。


そして3つ目、そんな非常事態に陥って1週間、困り果てたレーシーの目の前に現れたのが自分だ。

『森の滴』がほしい自分、

あの魔物モンスターを一刻も早く倒してほしいレーシー達

そんな双方の思惑が交差した結果、自分が魔物モンスターを退治をする代わりに『森の滴』を受け取れることになった。


「さてと、」

黒剣・双影を構え、自分は魔物モンスターへと走っていった。



「グルアァ!!」

魔物モンスターは最初鬱陶しい蠅を払うように腕を払うだけだったが、自分が何度かかわすと本腰を入れてかかってきた。

魔物モンスターのステータスを【鑑定眼力サーチアイ】でみてみたが、すべてのステータスが800より少し上といったところ。

レーシーはAGIこそ600ほどあるが他は200程度、技能も精神魔法が使えるが、全体的に移動系のスキル寄りであるため『早さに特化した生物』といえる。


対してこの魔物モンスターは速さでレーシーを上回っている上に、森の魔物モンスターであるレーシーにとっては弱点である火の属性、更に『森の滴』の効果で魔法に対する耐性までついているため頼みの精神魔法も効かない。

清々しい位にレーシーとは相性が悪いのである。


確かにこのエリアでは規格外の強さかもしれないが、下層にいる巨人や竜ほどではない。


炎のブレスをいくつか避けるとそこを狙ったように魔物モンスターが腕を降り下ろす。

しかし残念だがその程度の攻撃は自分には意味がない、様子見に何度か避けたけど。

降り下ろした腕を受け止め、そのまま力ずくに引っ張ってやると嫌な音をたてて腕が引っこ抜けた。


ここにきて魔物モンスターは勝てないと判断したらしい、自分を背に3本の足で逃げ始めた。

いい判断だが、少し遅かったようだ。


この魔物モンスターは別に悪いことをしたわけではない、ただ縄張りにしたところがたまたまレーシーの里であり、それを討伐にしに来た冒険者がたまたま自分だっただけの事。

見逃してあげたいが、自分がいなくなったらまたここを縄張りにするかもしれない。


素早く後ろに回り【首切り】を使って、双影で首をはねた。


◆◆◆


「ほら、依頼の酒だよ。」

「おぉこれが。」

自分が渡した中位の大きさの樽をギルマスが大事そうに撫でる。

彼には自分の【変装】を見抜けるだけの鑑定スキルがあるのでこれが本物であるということが分かるのだろう。


自分が魔物モンスターを倒した後、レーシー達から『森の戦士』という彼らの中では上位に位置する称号とともに大量の『森の滴』を渡されそうになった。

さすがにそれは悪いので、好きな時に少量ずつ貰うということで話をつけてきた。


「なぁもし良かったらどうやって手に入れたか教えてもらっていいか?」

「すまないがそれは出来ないんだ。」

自分が取得した方法をしゃべるにはレーシー達の里、ひいてはレーシー達の存在を話さなければならない。

それはレーシー達との契約を反故することになる。


「ちゃんとした手段で手に入れたと言っておくよ。」

「そうか...」

少し寂しそうだ。


「まぁ酒は手に入ったからいいんだけどよ。」

そういってギルマスはその樽を大事そうに奥へしまった後、袋を手渡す。


「噂では貴族はこの酒を見つけた冒険者に金貨100枚渡したらしいからな。

それになぞらえて今回の報酬は金貨100枚、ということにしてくれ。」

「承知。」

採掘系の依頼の相場はAクラスの依頼でせいぜい金貨60枚程度だから、かなり破格の値段だろう。


「それでは私はこれで。」

「あぁ、また何かあったら頼むな。」

別れの挨拶して自分は冒険者ギルドを出た。


さて、これから買い物に向かおう。

実は、ギルドに収めるのとは別に『森の滴』を少し確保してある。

そして今の時期は日本でいえば秋の十五夜ぐらいにあたる。


適当なつまみを用意して、屋敷で月を見ながら伝説の酒を味見してみようか。



今夜を楽しみに、自分は雑多の中へと消えていった。

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