第46話 名誉より釘
ギルドマスターから屋敷をもらって一週間、自分ことクロード、もとい影山亨は屋敷の修復をしていた。
この屋敷山の開けたところに作られているのに無駄に大きい、上から見るとまるで漢字の『円』のような構造をしていて、部屋を数えただけでも軽く20は超えていた。
住んでいた人はかなりの偉い人だったのかそれとも大家族だったのか知らないが、もう少し自重した造りは思いつかなかったのだろうか、修復するこちらの身にもなってほしい。
【影分身】を使えばそう苦労することはないのだが。
別に直さないで壊れていない部屋だけ使えばいいじゃないか、という意見もあるだろうが、自分がこれから住まわせてもらうのだから、できれば最良の状態のほうが気持ちがいいものだ。
「これぐらいかな?」
とりあえず崩れている部分を解体する、木材を取り除いた場所にシロアリに似た生物を見たときは鳥肌が立った。
幸い、周りが森林なので材料に困ることはない、木造建築はこういう時にとても都合がいい。
ただ釘や
しかも部屋には畳が使われている、こんなものどのようにして調達したのだろうか。
あそこの建築は主に石と煉瓦とタイルだ、この屋敷とは180度建築の仕方が違うといってもいいだろう。
ここらあたりは市場を覗いてみた後に考えよう。
「まぁ、行動してみないことには始まらないな。」
作業を切りのいいところまで進め終わり一息ついた後、自分は【影魔法】の【影移動】を使って王都へと向かった。
自分は王都の人気のない裏路地で影の中から現れる。
この【影移動】は機動性に優れており、2時間かかる道のりを5分で走破することができた。
ギルドマスターも言っていたが、あの森や屋敷を管理するのは、確かにこんな便利な移動法を持つ自分が適任なのだろう。
「さてと、まず市場に行こうかな?」
そう言って光の差す大通りに出た瞬間、
「...もしかしてクロード様ですか?」
そんな声が自分の右側から聞こえた。
体を向けるとギルドの受付嬢が何かの荷物を肩にかけて立っていた。
「あなたは受付の、」
「はい、カレラといいます。」
そういえば彼女の名前を聞いたことがなかった。
Sランクの依頼を受けるときは彼女が手続きをしてくれている、依頼を受けていく上で彼女はパートナーとなるのだ。
というのに名前を知らないなんて失礼なことだろう、反省しなければならない。
「ギルド以外で会うのはこれが初めてですね。」
「そうですね...」
日本にいた頃、鬼塚や柿本としかあまり話をしなかったので、どうも異性と話すという行為に慣れていない。
そのため彼女の言葉に対して、自分は簡単な受け答えしかできない。
ここも早く直していかないといけないだろう。
「カレラさんはこれからどこへ行きますか?」
肩に下げてある鞄を見ながら彼女に質問する。
「はい、ギルドに常備してあるお酒の備蓄量が少なくなってきたので、そろそろ補充しようと思い市場に向かっていました。」
「あなた一人でもっていくのですか?」
彼女の細腕でそれができるとは思えない。
「いえ、市場の中心にある商業ギルドに頼めば、翌日には馬車でもってきてくれます。」
「なるほど。」
ギルドというのは組合と書いて
同じ仕事を生業とするものが集まることで、大きな仕事を円滑に進めることができたり、
どうやら自分の心配は杞憂だったようだ。
「クロード様はどちらに?」
返答から間をおいて彼女が聞き返してくる。
「自分もある道具がほしくて市場に。」
この際だ、行き先が同じなら彼女に相談してみるのもいいかもしれない。
彼女は自分の正体や屋敷のことも知っている、隠すようなことがないので気軽に相談ができる数少ない相手だ。
「屋敷を修理なさるのですね?」
自分の説明を聞いた彼女の口から出てきたのはそんな言葉だった。
「それなら問題ありません、クロード様が屋敷を購入した際に修理できるよう材料は冒険者ギルドの方で揃えておきました。」
「そうなんですか。」
準備ができたというのはそのあたりも入っていたのだろう。
「ただ、クロード様がなかなか戻ってこなかったため、その...渡すタイミングが...」
「すみません。」
言葉を濁してしまう彼女に自分は謝罪する。
建物を修理するときは天候が変わらないうちに修理してしまおうと、1週間集中して作業していたのが逆に仇となってしまったか。
これはよく確認しなかった、自分に非があるだろう。
「その材料はどこで受け取りますか?」
気持ちを切り替えて彼女に質問する。
「工具ギルドでクロード様の名前を出せば受け取ることができます。」
そう言ってカレラさんは向かいの道を指差して言葉を続ける。
「あちらの市場をまっすぐ通れば右手に見えてきます、大きな建物なのですぐに気づくと思いますけれど...もしよろしければ案内しましょうか?」
「いいのですか?」
心配してくれるのは有り難いが彼女も用があってここにきている、自分のために時間を割いていいのか少し不安だ。
「大丈夫です、商業ギルドのやり取りは慣れているのですぐ終わりますし、この後は私フリーなんです。」
「そうなんですか、ではお言葉に甘えさせていただきます。」
ギルドの受付がシフト制だったことに少し驚きつつ、自分は彼女の提案に乗ることにした。
「ここが工具ギルドですか。」
「はい。」
商業ギルドにてカレラさんの用事を済ませた後、自分は彼女とともに目的の建物の前に立っていた。
「思っていたより小さいのですね。」
工具ギルドというのは椅子や机といった生活用品から、馬車や家といったものまでを作る、言ってみれば『物作りギルド』である。
そのため日本で見る大きな工場のようなものを思い浮かべていたのだが、今目の前にある建物は3階建ての少し大きい役所にしか見えない。
金槌のマークの看板がかかっていることから、ここが工具ギルドであるということはわかっているのだが。
「工具ギルドは注文を受けた際、それを各地に散らばる職人のところへと伝達します。
そのためギルド本部には職人よりも書類整理する文官のほうが多いのです。」
「なるほど。」
「ここに立っているのもなんですし、中に入りませんか?」
「それもそうですね。」
カレラさんの言葉に同意して自分は工具ギルドへと入っていった。
ギルドの中では職員たちがせわしなく動き回っていた。
自分たちは受付のうち『受け取り』と書かれた受付に進む。
「資材の受け取りに来ました、クロードです。」
そういってギルドカードを見せる。
「承知しました、今確認いたしますので少々お待ちください。」
そう言って若い受付の職員は脇にあった書類の束をパラパラと捲っていき、ある紙を目にしてピタリと止まる。
「確認いたしました、資材でしたら第3倉庫に保管されております。
こちらに確認のサインをいただければ受け渡し可能です。」
「分かりました。」
名前を書いて、第3倉庫の位置を教えてもらい、自分はカレラさんと共に向かった。
「本日はいろいろ手を尽くしていただいてありがとうございます。
これで屋敷を修理できそうです。」
「いいえこちらこそ、なかなか面白いものを見させていただきました。」
第3倉庫にて、資材を人目がない所で【影送り】によって屋敷まで送った後、自分はカレラさんに感謝の気持ちを述べていた。
資材が影に沈んでいく様を彼女は興味深そうに見ていた、自分の身に着けた【影魔法】は珍しいものなのだろう。
「しかしクロード様はギルドの時とは雰囲気が違うのですね。」
「そうですか?」
「はい、ギルドの時は私に対してまるで感情がないように話しているので。」
すみません、今までATMと接するような気持ちで話していました。
「ではこれで私はギルドで後輩の手伝いをしようと思います。」
「そうですか、私も屋敷の修理を急ごうと思うのでこれで失礼します。
いつかこのお礼は必ずしますので。」
「深く考えないでくださいね?それではまた。」
「はい。」
そういって自分は彼女と別れ、修繕作業へと戻っていった。
数日後、屋敷の修理が完了したのは言うまでもない。
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