第11話 国内名所

 物事を行うとき、構成される人数が多ければ多いほど時間がかかるのは世の常である。

 予想以上の人数が勇者として召喚されたため、王城に駐在する教師の人数が圧倒的に足りないらしく、王国側は今、国中から必死に集めている最中だそうだ。

 結果、講習は一週間後に延期された。

 忙しいときは暇な時間がほしいくせに、いざ暇になると手持無沙汰になるのが人間である。

 だからこそ生徒会長と言峰から提案に、クラスのほとんどが賛成した。


「城下町を見学してもよろしいでしょうか?」

 今、自分達は国王の前で跪いている、先頭に立っている生徒会長が国王に許可を求めていた。

 建前は『自分たちが守る国を多く知っておく』という事を言っているが、クラスの雰囲気は完全に修学旅行の前の『それ』だった。


「どうしても必要なことなんです!

 この国を人達を見ることで、自分たちに与えられた使命の大きさを再確認して魔王と戦いたいんです!」

 言峰が熱弁をふるっているが、そんな高尚なこと考えているのは多分君と生徒会長だけだ。


「こちらの用意が整うまで待たせては、勇者もさぞかし退屈を強いられるだろう。

よきにはからえ」

 思ったよりあっさりとお許しが出た。

 これには主張していた言峰も少し肩透かしを食らわされたようだ、呆然とした顔を晒している。

 自分も勇者たちの逃亡を阻止するために、城からは一歩も出さないかと思っていたのだが。


 その様子が国王に伝わったようで、ふっと上機嫌に口元がゆがめられた。

「そう虚を突かれたような顔をするな。

安心せい、そなたらを鳥籠に閉じ込めておくほど余も狭量ではない。

この国では最大限の自由を許そう」

 暗に、逃げ出そうとした奴はその限りではないと言っている。

 つまり、勇者を下手に束縛せずある程度の好きにさせることで、反骨精神を育まれないように対応することがこの国の方針らしい。


「ただし警備はつけさせてもらう、スラムほどではないが城内と比べればいくらか危険だろう」

「そう…ですか」

 生徒会長が少し不服気な声を出す。

 監視をつけられたがこれは当然だろう、もはや自分たちは一人の少年少女ではなくこの国の重要人物となったのだから。

「城を出るのは明日の正午としよう、各々に金貨を配るので広場に集合してもらいたい」

 その言葉を締めとして、王との対談は終了した。



◆◆◆



 部屋に戻って必要最低限の荷物をまとめる。

 このチャンスを逃したら次はいつ出られるかわからない、いかんせん自分が目的を達成させるためには『速さ』が必要だ。

 荷物をすべて鞄に収納したところで、ドアがノックされる。


「影山様いらっしゃいますか?」

 この声は従者のティファだ。


「お着替えをお持ちしました。」

「分かった、入って」

 自分が着ている高そうな服もそうだが、基本的に家事や洗濯は彼女が請け負っている。

 別に一人でもできると一度言ったのだが丁寧に断られた、主人が家事を行うと他の従者たちから怠けているように見えて、あまり良い思いをされないらしい。


「こちらが下着と寝間着となります。」

「ありがとう、そこに置いといてくれればいい」

 手慣れた様子で服をベットのそばに順番に置いていく、見た目は少女だが中身は立派なメイドだと改めて感心した。


「その荷物はどうしましたか?」

 ふと大きな鞄が目に留まったようで、栗色の髪が大きく揺れた。

「明日この王都を見学するから、その準備だよ」

「そうなんですか!」

 さすがに脱出用の荷物ですとは答えられない。


「この国はとてもいいところなんです、影山様も必ず気に入っていただけます。

明日一日、ぜひ堪能してきてください!」

 服を置き終わってこちらを向きながら嬉しそうに話す。

「好きなんだね」

「はい、生まれも育ちもこの国です、疑問に思うことがあったらどんどん聞いてください」

「疑問…か」

 考えてみれば今に至るまで、この国を詳しく知ろうとはしていなかった。

 職業を偽ることで精一杯で情報収集を怠っていることに気づかされる、柿本ならばとっくに精を出していることだろう。

 ましてや城を抜け出そうと計画しているのだ、できるだけ情報は大いに限る。

 いい機会だ、ルべリオスのことなら知らぬものはないと言っている物知り博士が目の前にいるのだ、聞いておいて損はない。

「少し時間をとってもいいかな?

この王国の事を教えてほしい、近々見回る予定なんだ」

「はい! そういうことでしたらこちらこそ喜んで教えさせてください。」

 彼女は嫌な顔一つせず、むしろ目をキラキラと輝かせながら紹介してくれた。

 まず、この国の中心であるこの城はヴァンシュタイン城という名で、神殿と城が一つになっている珍しい形の城らしい。


 王都の町は様々な分野で区画されており、それぞれの区は代表者が集まった組合ギルドによって統括されている。

 商業区なら商業ギルド、工業区なら工具ギルドといったようにだ、その中でも一番興味を引いたのが冒険者ギルドだろう。

 柿本から散々聞いていたがこの世界はどうなのだろうか? CランクやSランクなどといった階級制度なるものは存在するのだろうか?

 あいつの話しによると、大半の勇者召喚された主人公たちは城を出た後、冒険者となりそれぞれが自分の信念をもって成り上がっていくとか。

 別に成り上がらなくていいから、人並みに冒険がしたものだ。


「そして、この国一番の名物といえば…やっぱりダンジョンですね!」

「ダンジョン?」

「はい、この国の心臓といっても過言ではありません」

 ティファの話によると、ダンジョンの周りに冒険者たちが集って街を作ったのがこの王国の起源らしく、ダンジョン内のモンスターが外に出ない性質を利用して、安定した街づくりができたそうだ。

 また、ダンジョンの中でしか取れない物もあるらしく、それを元に作られたアイテムは他の国との交易で大きな役割を担っている。

 そしてこのダンジョン、未だに踏破されていない。

 未知なるものに好奇心をくすぐられ冒険者になる人が多く、全ギルドの中でも冒険者ギルドは一二を争うほどの人数と規模らしい。


「勇者は冒険者になることはできるのかい?」

 何気なくそんな質問をすると、ティファは少し申し訳なさそうな顔を浮かべながら話した。

「冒険者ギルドに入ることは可能だと思うますが、たぶん無理だと思います...」

「なぜか分かるかな?」

「それは…政治的な建前といいますか…その…」

 歯切れ悪く説明してくれたが、つまるところ政治がらみの理由らしい。

 冒険者というのは一般市民や孤児出身が多く、低俗な仕事と見る貴族や聖職者が多数存在する、片や勇者というのはこの国救うべき英雄であり、貴族からは銘柄ブランドとして、聖職者からは高貴なお方として見られているそうだ。

 なので勇者が冒険者になるというのは、彼らから反感を買うとともに、この国の政権を二分することにもつながる。

 結論として王国側は強くは言わないが、冒険者にさせるのはあまり芳しく思っていないそうだ。


 この話を冒険者になりたい派筆頭の柿本が聞いたら、絶対奇声を上げて部屋の中をもんどりうっているだろう。

 中学二年生の修学旅行のとき、海に行くことが中止となり丸二時間教師の愚痴を聞かされた自分が保証する。


 閑話休題、その後もティファに街の名所を教えてもらい鞄のノートに記した。

 脱出したら片っ端から訪問してみよう。

「ありがとう、参考にさせてもらうよ」

「お役に立てたようでよかったです!

 それでは私はこれにて失礼します、何かありましたらお声をかけてください」


 明日自分が脱出しようとするなんて思ってもいないだろうな、

 部屋を後にする彼女を見て、そんなことを考えてしまう。

 だがこの城を脱出して強くならなければ後々自分の職業を偽っていたことがばれてしまう、後には引けない。

「必ず成功させないとな」

 目立ちたくないなんて他人からすればどうでもいいことかもしれないが、自分にとっては死活問題なのだ。

 そのために今まで努力してきた、ここで崩すわけにはいかない。

 自分の頬を平手で一度叩く、今自分は窮地に立っていることを再確認し気を引き締める。

 脱出プランの大体の骨組みはできている、後は細かいところの微調整と予測不可能な事態への対処だけだ。

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