第3話 異世界より

 自分こと影山 亨かげやま とおるは今、実に不機嫌だ。


 理由は通学のために乗っていた電車が信号点検で、5分遅延したため学校に遅刻してしまったから。

 学校側は遅延を把握していたが、担当授業の先生が「10分前に来ればいい話」として終わらせてしまった。

 だが腹を立てているのは先生でも学校でもない、確かに先生の言い分にもいくらか理不尽さは感じるが微々たるもの。

 それ以上に、みんなに注目されながら教室に入ったことが腹立たしい。

 あれほど注目されながら入るのは、自分のもっとも嫌な項目に入る。


「おは、影山」

「…やぁ」

 割り切れない気持ちを抱えながら自分の席に着くと、前の席の柿本 俊かきもと しゅんが体をこちらにひねってこっそりと茶化す。


「お前が遅刻なんて珍しい、

これから毎朝、俺が一緒に登校してやろうか?」

「やめてくれよ、朝一番で見る顔がお前なんて縁起が悪いにも程かある」

 心配する言葉とは裏腹に彼の顔はニヤリと笑っている、いつもは遅刻ギリギリで来るくせにこういう時に限ってちゃんと間に合っているのだから余計腹が立つ。


「あんだと?

この素晴らしいイケメンフェイスを見れば、運気が二倍になること間違いなしだろ?」

「前を向け、三枚目」

 しっしと手を振って追い払おうとするが、柿本は笑って受け流し自分に耳打ちをする。

「そうつれないこと言うなよ、盟友

今日は珍しく飛び切りのスクープがあるんだからさ」

「む?」

 その言葉にいくらか興味が向いた。

 柿本はたまにこのように他よりいち早く、自分に情報を渡してくれる貴重な情報源だ、流行や噂に詳しく、そのお陰でこの中学校生活3年間退屈なんて物がなかった。

 そんな柿本が『飛び切り』という言葉を付けたのだ、面白くないはずがない。

 

「今度は何なんだ?」

 自分が珍しい話題に少し乗り気になっていると、

「それはな、って!?」

 スパンと大きな音が響く。

 発生源は彼の頭の上だ。


「こら柿本、そんなに先生の話が聞きたいなら、教壇の前の特等席に招待してやるぞ?」

 教科書を丸めポンポンと手の平で叩く歴史の清水先生が、いやに不気味な笑顔で見下ろしている。

 決まりを守っていれば意外と話しやすく、時折ジョークを言ってくるので意外と生徒に人気があるが、守らない生徒に対しては容赦がないことでも有名だ。


「いや先生、それだけはご勘弁を…」

 柿本が必死の言い訳をしているのを見て教室がどっと笑った。

 今は夏休み一週間前、期末試験が終わり受験勉強に本腰を入れる時期だというのに、クラスの雰囲気が明るいのは、まだ受験生としての実感があまり湧いていないからか。



◆◆◆



 午前中の授業が終わり、昼食を食べに歩き出した。

 通っている学校には学生食堂があるので、クラスは学食派と弁当派に分かれている、自分は基本的に学食派だ。

 食堂に入れば食券を買う生徒の長蛇の列が目に入った、これは食べるまでにかなり時間が掛かりそうだ。

 列の最後尾に並び、持っていたスマートフォンに通知が届いていないか確認するとLINEラインに担任の緒方先生からクラス内連絡が入っていた。


■■■


今日のホームルームに、転校生を紹介します。

皆さんいつもと変わらない態度で接してあげてください。


■■■


 「ほう…」

 まるで報告書か何かのように淡々と必要事項だけ語っているが、書かれている内容は心に少しばかりの興味を起こさせるのに十分なものだった。

 食券を出して、入ってきた情報にあれこれ考える。


「授業中に柿本が言っていた、飛び切りのスクープっていうのはこれだろうな」

 本当にあいつは、こういう情報をどこで拾ってくるのだろうか?

 いつも何か起これば当事者や先生よりも先に教えてくれる、まるで情報屋を幾人も抱えているスパイのようだ。

 今度彼からその方法を、聞いてみるのもいいかもしれない。


 やがて食欲そそる匂いとともに、醤油ラーメンが目の前に現れた。

 麺を一度啜って一息つく、いつもと変わらない少し太い麺だ。

「しばらく、騒がしくなりそうだ」

 クラスによって個性というものがあるが、自分のところのクラスはこういったイベントは学年で一番騒ぐ風潮がある。

 何しろクラスメイト達が個性的な面々なので、盛り上がり方がすごい。

 ましてや、こんな一大イベントを見逃すはずはない、最低でも歓迎会としてカラオケに行くことになるはずだ。


「さて、と」

 あっさりしたスープを飲み干して丼をカウンターに返す。

 後に何が起こるかはその時の楽しみにするとして、まずはその転校生を一目見ることが先決だ。

 今日の授業は午前中で終わるので、残すところホームルームだけ。


「美人さんだといいなぁ」

 少しばかりの願望を口にしながら、食堂を後にした。


◆◆◆


 教室に入ると室内の雰囲気が一変していた。

 女子は転校生についてあれこれ想像しているし、男子は「自分には関係ないこと」という白々しい態度を装っている。

 しかし本当は気になっているんだろう、自分がそうだからだ。


 どこか浮ついた空気が漂う中、真っすぐに自分の席へと向かう。

 目的の人物は自分の姿をとらえると、駆け寄ってきて再度耳打ちをする。

「な? スクープだろ?」

「まあね」

 相槌を打つと同時に担任の緒方先生が教室に入ってきた。


「さわがないでさっさと席に着きなさい」

 手をたたきながら着席を促す、その顔は相も変わらず怖そうだ。


「先ほどLINEで伝えた通り、このクラスに転校生が一人やってきます。」

 言い終わるとともに教室のドアが開いた、同時にクラスが大きくざわつく。

 無理もない、入ってきたのは目が覚めるほどの美人だった。

 まるで清楚を体現させたかのような立ち姿に、黒いロングヘアーがよく似合っている。

 クラスの男子たちが狂喜しているのが嫌でもわかる。


 彼女はチョークを手に取り、黒板に自身の名前を堂々と書きつづった。


桐埼 琴葉きりさき ことはです、半年という短い時間ですがよろしくお願いします」

 一瞬固そうな名前だな、と思ってしまう。


「おい影山、美少女だ、美少女の転校生だ!」

 さっきから前の席がうるさいが、興奮する気持ちが分からない事もない、自分も思わず目を見開いたほどにその容姿は整っていた。


 当の騒がれた本人といえば、クラスの雰囲気を無視して右に左にキョロキョロとあたりを見渡している。

 だれか探している人でもいるのだろうか?

 するとこちらに視線が移った瞬間、その綺麗な顔が驚きの表情に染まる、しかしすぐに嬉しそうな顔に変わりこちらに歩いてきた。

 綺麗な少女に見つめられ、少しドキッとする。


「もう会えないかと思ってた…」

 瞳の端に涙を浮かばせながら、こちらの席へ歩いてくる。


「ほんとに寂しかったよ…」

 まるで長年の月日を掛けてようやく再会したヒロインのような、映画の一部でも見せられているような感覚に陥った。


「会いたかった…」

 気持ちを抑えきれずに歩行が速足に変わり、最後には軽い駆け足へとなっていた。


「久しぶり!」

 そして彼女はその勢いで飛びついてきた。


「明君!」

 自分の後ろへと。

 

 知ってた。

 心の中で人知れず呟く、自分にこんな知り合いはいなかった。


「わっと!?

え…もしかしてコトハ?」

 自分の後ろの席で慌てている彼は言峰 明ことみね あきら、彼の名前はおそらく学校で一番有名だ。

 生徒会長や、学校を代表するスポーツ娘、図書委員長を筆頭に多くの女性から好かれ、かつ男子にも人気があるというクラスの中心的存在。

 自分がなりたくない立場一位に立つ男でもある。


 幸か不幸か生徒会長、スポーツ娘、図書委員長の三人ともこの教室のクラスメイト。

 結果として毎日とはいかないが、まるで絵にかいたようなラブコメを見させていただいた。

 自分を含めたクラスメイト達はそれを厄介なものとは思わず、どのように転ぶかを楽しみにしてみていた。

 そして今、その環境が大きく変わろうとしているようだ。

 桐埼 琴葉きりさき ことはが言峰対して抱き着いた瞬間、それぞれが警戒の色を瞳に宿した。

 そのため、さっきからこちらに送られる威嚇の念がすさまじい。

 しかしそうか幼馴染がいたとは、御三方には頑張ってほしいものだ。

 自分は陰でニヤニヤしながら応援するとしよう。


「…待てよ」

 彼女の名前が『きりさき・・・・』で後ろの彼が『ことみね・・・・』、そして自分が『かげやま・・・・』ということは、だ。

 名前順で座るとすれば、私の後ろに座る。

 つまり後ろでイチャイチャと青春をされながらこの先の半年、授業を聞くということになる。

「…そうか。」

 複雑な気持ちになりながら、自分は目の前の事の行く末を見守ることに決めた。


 しかしその感動の展開も長くは続かなかった。

 数瞬置いて、状況を把握し始めたクラスメイトが二人をはやし立てようとしたとき、教室が明るくなる。

 まるで地面からスポットライトを浴びたかのように、天井に皆の影が伸びていく。

 原因ははっきりしていた、床に幾何学的な陣形が浮かび上がったのだ。

 何重にも重なる円形の中に、判別不可能な文字と見たこともない紋様が書き記されていて、まるでどこかのゲームのグラフィックかと錯覚してしまう。


 「何だよこれ!ドッキリか!」

 「綺麗!」

 クラスメイト達が各々の意見を叫びあった次の瞬間、






 教室には誰もいなかった。

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