第2話 サヴァン・ギール

 大粒の雫が、つーっと頬を伝った。

 レイナが空を見上げると、真上には、あと幾日かで満月になるだろう月が浮かんでいる。

 辺りを照らす月輪には、ほんの少しも陰りはなく、輝く星さえ眺めることができた。

 雨が降り出したかと思ったが、気のせいだったのかと、レイナは改めて前に向き直る。

 すると、目の端にひらひらと舞う何かが過ぎった。

 レイナは、その瞬間ハッとして振り返る。夜闇に紛れ、こんなにも近付くまでヴィランに気づかなかったのかと冷や汗が流れた。

 しかし、そこにはヴィランはいなかった。

 レイナの目前には村はずれにある森が広がり、蠢く様な葉音が鳴り響いている。

 しかし、なにやら違和感がある。葉とも枝とも違う、存在するはずのない何かがあるような……。

 レイナは、恐る恐る辺りを見回し、ついに頭上に目を向けると、一際大きな木の幹に、夜目にもわかるほど白い肌の金糸の髪が美しい少女が座っていた。

 少女は力なく四肢を垂らし、その目に光はなく、白磁の肌を持つ人形のようにも見える。そうであってほしいと、レイナは心底願った。

 けれども、その願いは届かなかった。

 一陣の風が吹いて、少女のドレスが風に舞う。

 生の無い右手から、水滴が落ちたのを見たレイナは、目を見開いた。

 「きゃーー!」

 少女は、既に息絶えていた。

 「だ、誰か……、みんなーー!」

 吸血鬼に気付かれないように、かろうじて声が届く範囲にいるという約束だ。レイナは力の限りに叫ぶ。

 本当は、吸血鬼が出たら呼ぶという予定だったが、緊急事態には違いない。いや、もしかしたらすぐ近くにいるのかもしれない。この少女の生き血を吸った怪物が。

 「お前、何をやっている! 死にたいのか!」

 突如として、若い男の怒鳴り声がした。タオのものでも、ましてエクスのものでもない。

 「誰!?」

 「若い女が、夜更けに出歩くなど、自殺願望でもあるのか?」

 レイナの誰何を無視して、無遠慮にレイナの肩を掴む男に、レイナは動揺する。しかし、レイナを心配してくれているらしいだけに、制止するのも憚られた。

 するとその時、聞き慣れた呻き声のような咆哮が聞こえた。

 「こんなときに! ヴィラン!」

 「何だ……? 悪魔か!」

 レイナは素早く応戦する為に構える。

 すると、やっと心強い仲間たちが現れた。

 「お嬢!」

 「姉御!」

 「レイナ!」

 レイナは満面の笑みになる。

 「遅いのよ!」


 ***


 「お前ら、相当な強者だな。悪魔狩りか?」

 「悪魔狩り? いや、そういう訳じゃないんだけれどよ。お前さんこそ、戦い慣れしてるじゃないか」

 タオが感心してしきりに褒め上げている。レイナの目から見ても、若い男の剣の構えや太刀筋の鮮やかさ等、何をとっても見事だった。

 「戦いには慣れている。俺は、悪魔狩りだからな。とはいっても、吸血鬼専門だが」

 男は、レイナとシェインを見ると、眉を顰めた。

 「なんですか。やりますか」

 不躾に非難の目を向けられ、シェインは不機嫌になる。まるで子猫の威嚇のようだと、レイナは心の中でクスリと微笑んだ。

 「お前たちは知り合いか? お前たちが強いことは分かったが、こんな夜更けに若い女が外を出歩くのは、感心できることではない」

 「待って、シェイン。助けてくれてありがとう。とても、感謝しているわ。もちろん、吸血鬼が若い女を狙う傾向にあることは知っているわ。危険を承知で、その吸血鬼に用があるのよ」

 「酔狂にも程がある。死にたいのなら勝手にすればいいが」

 「そう言うわりに、心配してくれたのね」

 レイナがからかうと、男は決まりの悪い顔になって、拗ねたように言った。

 「愚かな女でも目の前で死なれたら寝覚めが悪いだけだ。……そういえば、顔、怪我したのか」

 「怪我?」

 そんなもの作った覚えは……? その瞬間、レイナの脳裏にいくつかの光景がフラッシュバックした。

 少女から滴る液体。

 そう、自分は雨が降ってきたのだと思ったのだ。

 顔に水滴が落ちてきたから。

 「いやーー!!!!」

 先程とは比べ物にならないほどの大声で、レイナは絶叫した。

 そして、レイナの目の前は真っ暗になった。

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月の女神の想区 茜いろ @akaneiro

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