再会

 物語の主人公は君だ。



 そう言われた人達がいる。



 漫画やアニメに小説。いつだって自分視点で物語を進められることが出来る彼らは、その力を素晴らしい友人達に教えられる。



 そして気づいた時に初めて彼らは、心の中でその言葉を繰り返して、自覚してしまうんだ。



 物語の主人公は、自分自身なんだって。



 確かに彼らは必要不可欠で、たわいもないような日常でさえも物語にしてしまう。



 だからこそ思ってしまうんだ。



 もしかしたら僕も主人公なのかもしれない。僕の物語を知る誰かが主人公なのかもしれないって。



 今は春だ。



 人々の希望がこだまする声を、少し遅咲きの桜が包み込む季節。生まれたての雛が鳴き方を覚えて、生き方を覚えて大人になろうとする季節。



 僕は物語の主人公になりたい。誰だってきっと心の奥底でそう思っていると馬鹿みたいに信じている。



 始まりは高校一年生の春だった。



 あの日から僕は飛び立つ羽を手に入れて、きっと物語の主人公になる資格を……手に入れた。







 初めて未来が見えるようになったのは始業式の一日前。僕はその未来の中で、明日着るはずの服。綺麗すぎて襟まで尖ってて、不格好な制服を身体に纏っていた。



 隣には二人の幼馴染がいて、生まれた頃から殆ど変わらない街の景色と春が、大丈夫だよ。って僕らの始業式を暖かく迎えてくれる。



 これはきっと夢なんだろうなって思ったんだ。新しい生活に柄にもなくちょっぴり期待して、理想を夢見ているんだって。



 その中で出会った君に、明日出会うまで僕はまだ、その未来を悪戯だと思って楽しんでいた。







 変わらないものが一つでもあるとすればそれは自分の地味さぐらいだろう。綺麗な制服を着ているだけの、眼鏡が似合う以外に褒められた事がないような自分。



 周りの人間はそうじゃない。中学校まではボサボサだった髪の毛をワックスなんかで少し立てたり、今流行りのあれこれを知り尽くして身につけたりなんかして。



 華やかという文字がこの歳でこれほどまでに似合うのかと彼らにピントを合わせた自分の目を疑ってしまう。



 もちろん見た目だけじゃない。行動や心情にだって変化がある。



 不安な足取りを防ぐように声を大きくする者や、これからの生活を想像して黄色い歓声を上げる者。逆に初めの第一印象が肝心と、これからの日々での振る舞い方や立ち回り方を真剣に悩んでいる者。はたまた昔からの友人達ともう学校終わりの予定を立ててしまっている強者共。



 小さな頃、無邪気に泥団子を作ったり、何とかごっこをした子供達はもうそこにはいない。



 神様はそんな彼らとは違う生き方を僕に与えてしまったんだ。地味に生きるという悲しみを与え―――



「あ〜きとっ」

「いったぁっ!」



 突然真横から右肩へと痛みが走る。反射的に横を見るとそこには幼馴染みのつつわたるが、太陽のように明るい笑みで白い歯を見せている。



「ちょっとアキってば緊張してるの?今から高校デビューなんて考えても無駄だよ〜皆そういうのは前からやってるんだから」



 そう言って左側では憎たらしいのに嫌味の全く残らないアルト声で、もう一人の幼馴染みであるあらかわまいがニヤついている。



「いきなり殴ってくるし変な事言うし。二人共何なんだよっ!」

「殴るって…秋人がぼ〜っとしてっから、ちゃんとした高校一年生にしてやっただけだろ」

「そうそう。アキはほっといたらすぐ一人で色々考え出して妄想の世界にダイブしちゃうんだから」

「なっ、僕は別に妄想なんて」

「はいはい、俺らにまで隠すなよぉ青少年」

「どんだけ付き合い長いと思ってるの」

「ぐっ……」



 スラスラと言葉を並べる二人に全く反論できない。それも仕方の無いことだ。僕らは兄妹のようにずっと今まで一緒に過ごしてきて、まさかの高校まで一緒になってしまった。それぞれが、自分自身よりも互いを知ってるといっても過言じゃない。



 渡は勉強はイマイチだが、容姿と性格に関しては否のうちどころがない人間だ。物心ついた時には僕と一緒にいて、歳を重ねるごとに段々と渡の方だけが格好良くなって背も高くなってしまって、鏡を見れば奇妙な組み合わせと言われるまでに僕らには色々と差がついてしまった。



 それでも一緒にいる理由は多分、噛み合っているからだろう。



 地味で取り柄もなくて眼鏡が似合うだけの僕と、容姿端麗で勉強以外は何でも出来て、眼鏡でさえ似合ってしまう彼とは、根本的に行動も考え方も全く違っていた。



 渡が良い天気だから遊びに行こうと言うと、僕は暑すぎるから家にいようと言う。僕がジェンガを一つずつ抜いていくのが楽しいというと、一気に倒した方が爽快だと彼はブロックのタワーをかっ飛ばす。



 僕らは何かもが違っていて、それが毎日に新鮮と驚きを与えてきた。同族嫌悪なんて言葉とも無縁だったからこそ、僕らはこうやって共に登校をしているんだろう。



 渡を嫌悪する時が来るならそれは、バレンタインデーくらいだ。



 舞華も基本的には渡と殆ど変わらない。彼女の場合はむしろ渡よりも僕にとっては破天荒なことばかりをする。



 それでも最近はショートカットではあるが見た目が女の子らしくなってきて、昔のわんぱく感はだいぶ減った方だ。



 瞳は大きく愛らしい顔立ちをしている。舞華は可愛くなってきたしきっと高校に行ったらモテるだろうねって言ったら、罵声と共に殴られてしまった。確か怒ってて顔を真っ赤にしていた気がする。



 同族嫌悪という言葉の通りなら渡と舞華は結びつかないものだと思っていたけど、男女の関わりとなるとそれは全く効果を発揮しないらしい。



 現に二人は息ぴったりだ。



 何も言い返せないまま、周りを見る事から二人の話に生返事を返すことだけに重きを置いて、今日から通学路となる道を歩いていく。



 高校ともなれば大体の人間が自転車通学やら電車通学をするが、僕らの場合は家から一番近い高校を選んだ事もあって徒歩通学が可能だ。



 そのためお金もかからず、脚は少し疲れるけどこうやってゆっくりと桜の開花や草木が増えたこと、そして風が優しく吹き出したことを強く目や肌で実感できる。



 これから三人でこの道を三年間笑いあって登校するのかと思うと、何だか胸が弾んできた。



 きっとこの時間が重なって僕の三年間になるんだって、疑いもなくその未来を信じていた。



 平穏な三年間に、違いないよ。







 幼馴染みの三人が十もあるクラスの中で同じクラスになる確率を答えろと言われたら、僕はありえないレベルと答えてしまう。そしてそのありえないが今僕の目の前に広がっている。



「いやぁ三人同じクラスって凄くない?今あたしすごいビックリてるっ!」

「何か…仕組まれてないよね?」

「いや、そりゃあないだろ。そんな怪訝な顔してないで素直に喜べよ。なっ!」



 今僕らは一年四組とあてがわれた教室にいる。HRが終わり、皆がしどろもどろに友達を作ろうと話しかけている最中だ。



 入学式と違って親同伴でないため皆も妙な恥ずかしさを捨てて新しい自分を皆に見せつけている。僕らはというと相も変わらず朝川 秋人の机の周りに集まっていた。小学校の頃から僕らの会話の居場所は屋上か僕の机の周りの二択しかない。



「そう言われてもさ。確率的におかしいよこんなの」

「はぁ、良いか秋人。運命ってのは確率を超えてしまうもんなんだよ」

「いや、理由が分からないよ……」



 渡はたまにイケメンじゃないと言ったら恥ずかしいような台詞を言う。高校になったら僕みたいな地味野郎になるって言ってたけど、その口調と性格じゃ絶対無理だ。



「ねぇ、そんな事よりさ。二人共もう部活決めた?」

「ん?ブカツ?」

「あ、部活か」

「そう、部活っ!」



 舞華の唐突な切り出しに渡は付いていけないが、秋人は即座に対応できる。



「この高校、結構部活動盛んだよね。体育会系から文学系まで幅広くあってそこら辺が人気の一つらしいけど」

「なるほど部活かぁ。その人気とやらのせいで入るの苦労したんだよなぁ」



 渡が深いため息をついた。



 彼の忌まわしき受験生活を思い出させるように、ここ咲英高校は県内きっての部活動が盛んな学校だ。南国に近いと思われる気候は体育会系を暑く照らし、またそれにより色濃く変わる季節の各々は文学系の活動を豊かなものにする。



 写真部なんて大喜びで県内を駆け回っているらしい。



「それでさ、あたしは入るなら中学と同じでテニスやるんだけど、二人はどうするの?渡はまたサッカー?」

「またって…これでも中学はエースだぞ。まぁでもそうだなぁ。入るんだったらやっぱサッカーだな。部活自体正直辛そうで遠慮したいってのが本音だけど」



 渡が苦笑する。そんな彼には少し意地悪を言いたくなるのが、親友というものだろう。



「そんな事言って、待ってたんでしょ。渡はずっと……春になるのをさ」



 窓から春の風が吹き込む。窓際にいる僕らの全身をその風が悪意なく揺らしていく。



「……まぁな」

「本当サッカー好きなのねぇ」



 照れくさそうにうなく渡の脇を何度が舞華が突っつき、二人はやかましく声を上げていた。いつもの景色だ。



「ん〜、じゃあアキは?」

「え、僕?」

「そりゃあそうでしょ。まさか高校に入ってまだ帰宅部とか言わないよね……」

「言おうと思ってました」



 僕の返事に舞華はまるで籠の中から出られない怖がりな兎を見るような眼差しを向けた。



「ほら、僕は運動が得意じゃないからさ。図書室で本を読んでる方が―――」

「あんたはぁ」

「えっ?」



 突然、舞華が右手を大きく掲げる。



「—――何のためにこの高校に入ったの!」

「うわぁっとっとっ!」



 鼻先に思いっきり振り下ろされた人差し指に思わず身体が身を引いて大きな音を立ててしまった。周りの男女が舞華の声も引き金になり、こぞってこちらを見つめる。



「あっぶないよ舞華。いきなり大声出して」

「それはアキがいつまでも地味なままこの三年間を帰宅部で終える宣言するからでしょっ!」

「おいおい舞華少し落ち着けってっ」



 グルルルル……と犬のように唸る舞華を渡がなだめる。周りは不思議な表情をしていたが、すぐに自分達に関わりがないと確認すると元の談笑や友達探しに行動を戻した。



 渡と舞華の違う点その一だ。考え方は同じでも感情的に動くかどうか、危険かそうでないかを見極めるのはいつだって渡の方だ。だから舞華が何かしでかそうとするなら彼が止めに入るのもいつもの事だ。



「あんたねぇアキ。別にあたしはアキが望むならそれで良いんだけどさ。でも、もうちょっと楽しんでも良いと思う。文学系の部活だって沢山あるし、ちゃんと見てからそこは決めようよ」

「まぁそれもそうだな。秋人はもう少し積極的ならねぇと」

「そ、そう……かな」



 僕と言葉に二人は大きく首を縦に振る。



 舞華が言う事は最もだ。このままいけば僕はずっと地味男として高校三年間をアルバムの片隅に写っていた自分で締めくくることになるだろう。



 それは写っていないよりも何だか悲しい気分になる。自分が脇役だとわざわざ証明させられた気になるのだ。



 そんな結末にしないため、こうやって一人の姉のように僕の三年間を心配する彼女の不安を考慮して、少しだけ部活も見てみよう。



「分かったよ。明日の放課後に、少し探してみる」



 そう僕が言うと舞華は、いつものようにはにかんで、

「どっちが良い部活見つけるか競争ね」

 と言った。







 入学したては殆ど授業はない。まずは自己紹介だったりこれからどんなことを学ぶだとか一年間の目標だとか、僕らの方向を決めるような話ばかりだ。



 気づけばあっという間に放課後になってしまい、僕は宣言通り放課後部活探しに出向く事になった。



 てっきり渡と舞華も付いてきてくれると思っていたのに。



「はぁ?あたしだってテニス以外にも見たい部活あるの。それにこれは競争でしょ。ここは二週間後には本格的に一年生も練習が始まる高校なんだから、とっとと決めちゃわないと」

「わりぃ、俺も早めに先輩方に媚び売っとかねぇとなんだわっ」



 なんて言われて断られてしまった。



 全く薄情な奴らとも思ったが、そもそもこの歳になってもまだ二人に甘えようとしている自分の方が悪いと言える。



 渋々一人で廊下を歩き文学部巡りをする秋人は、覚束無い足取りで後者を歩き回っている。



 占い部や新聞部はもちろん手芸部や合唱部。少し遠くからは軽音部のリズミカルでロックな演奏が聴こえてきた。



 ただ、どれも僕には向いていない。占いなんて超能力的なものは全くないし、新聞部は面倒だしそもそも文章を考えられない。手先は不器用歌のレベルはお察しで、楽器なんて中学校のリコーダー以来触れていない。



 つまりどれも似合わないんだ。



 そうやって自分の物事への不適合性を嘆きながら秋人はあたりを見渡す。その彼の視界の片隅に、ある文字がチラつく。



 文芸部。



 無論、僕は執筆なんて得意じゃない。中学校の頃作文であなたは何を書いているの?って担任の教師に悲しい目で見られた事もある。



 でも、演出家だった父さんは言っていた。お前の才能は、もしかしたら文字の中で活きるのかもしれないって。



 父親の言葉をそのまま鵜呑みにするなんて馬鹿げているけど、母さんを幼い頃に亡くした僕にとって父さんは大切な存在であり、いつも僕に沢山の事を教えてくれた。そんな父さんは、僕の憧れだ。



 だから、何となく信じたくなるんだ。



「憧れを信じようとするのは、悪いことじゃないよね」



 ゆっくりと歩をチラシに書かれていた教室へ運んで行く。「ヨ」の字後者の中校舎、四階。その中で最も再奥を与えられた空間。



 その階は文学部と手芸部のみが使っているようで、他の騒がしい校舎と違って落ち着いていた。



 流石に四階には遅咲きの桜は舞ってはいない。でも、入り込んでくる風が、この風が僕の背を後押ししてくれているのが確かにわかる。



 大丈夫。文芸部だぞ。中学の頃見た怖いそうな先輩とかはいないはず。いる人達は皆僕みたいに本を読むのが好きで、大人しい人ばかり。きっとそのはず。



 意を決して、やけに強張って感じるドアを横へ開く。



「…えっ?」



 その瞬間に、朝からずっと感じていた違和感がぴったりと消えて、真実だったんだと知る。



 そのドアの奥には、金色の輝く髪に、青い大きな瞳をした少女がいた。



 昨日夢の中で出会った少女が、何一つ変わらなぬ姿で多目的室の中に、佇んでいる。



「……誰?」



 彼女の声色は、世界を静かに見つめる、透き通った水色だった。

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