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乃空 望
一つ目の夢
「ねぇ……君はどうして、そんなに素晴らしい世界を描けるの?」
彼女は苦しそうな声でそう言った。
……そんな事を聞かれても、僕には分からない。
「分からないよ。それでも、浮かんでくるんだ。言葉が……考えが。色んな物語がさ」
「文字には、出来ないのに?」
何を今更言ってるんだ君は。
「書けないよ。でも書きたい。その為に僕は、君を連れ戻しに来たんだ」
そう言うと、彼女はその青いガラス玉のように澄んだ瞳に、大粒の涙を浮かべる。あぁ、これだけで十分だ。
「……私」
「何も言わなくて良いよ」
彼女の言葉を、包み込むように遮る。ヒビが入って壊れてしまいそうな宝物を、そっと守るために。
「人の心情がこれっぽっちも書けない君が、今こうして泣いている。それだけで、君の想いは僕に届いている」
私……私……。
彼女は啜り泣く。まるではぐれた迷子のように、恐怖を、悲しみを、不安を押し殺そうとする。
僕に出来るのは、きっと彼女を支えてあげることぐらいだろう。胸の内にすっぽりと収まってしまった彼女を、離さないことだろう。
これは夢だ。生まれて初めて見た、未来の物語だ。
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