回遊魚
奥田啓
第1話
僕はいままでとくになにかに夢中になったこともがんばったこともない。
趣味もないしこれといってやりたいこともない。
ただただ自分にもまわりにも興味が持てない。
しかし小さいころ唯一記憶に残っていることがある。
父が友人から魚をもらってきたことがあった。
その友人は海外に転勤になったらしく、海外の住まいまで魚を運ぶのはおっくうだから飼ってくれと頼まれたらしい。
何の興味も持てない僕に世話させたら命の尊さとかがわかるのでいいのではないかと思い譲り受けたという。
その魚の名前はおぼえてないが、なんだかカラフルに体を光らせていた。綺麗な魚だと思う。父はぼくにその魚をみせながら今日から世話をしてやってくれないかといった。
さも僕がもうやってくれるであろうような顔をしながら言うのでするとしか言えなかった。
父は嬉しそうに僕の頭をなでた。
僕は魚の飼育係になった。
毎日餌をやることと定期的に水を変えてやること。
とてもめんどくさいとおもったが、餌をやることにした。
えさをてにとり、水槽の上から散らすと
それに群がって
魚がえさにぱくつくのをみると
なんだか感じたことのない感情が一瞬通り過ぎた。
その時はよくわからなかった。
次の日もえさをあたえていた。
不思議とその習慣は続いていた。
それをみた両親はきっと責任感が芽生えたのだろうと喜んでいた。
ぼくはそっちのほうが両親が喜ぶからそういうことにしておこうと、演技をしていた。
えさやりもすぐにあきていつも通り魚に何の思いを抱かなくなったとき
家の近くにある池に自分と同じくらいの子が何人か集まっていた。
ちかづいてみるとなにやら騒いでる。
「痛い痛いとって」
となきじゃくる男の子がいた。
もうひとりのやんちゃそうな子が
「こいつ以外につよいんだから触るときは気を付けないと。いろんなもの襲うんだから。」
その会話を聞いたときになにかいままでにない欲求が芽生えたような気がした。
家に帰ってビニール袋をもってきて
ここにいれてくれないとそのこたちに頼んだ。
持って帰るとき心臓が高鳴っていた。
家に帰り、水槽に向かい、手に持っているビニール袋から
外部者を投入する。
魚たちは突然の闖入者に驚き戸惑い逃げるが
次々とそれは綺麗な色をしたさかなたちを襲い
食べていく。
そのときいままでに感じたことがない高揚感がぼくのからだをめぐった。
下半身がうずいていた。
ドクドクといったあとしめっぽくなったのを感じた。
このとき、ぼくはわかった。
僕がこいつらの生殺与奪を握っていたこの支配感に
興奮を覚えていたんだ。
ぼくは一瞬もその様子を目をそらすことがなくみつめていた。
まるで眼球にしっかりやきつけるように。
しかしそのあと帰ってきた親が笑いながらたちつくしているぼくをみて驚き、事態をしり、こっぴどく僕を怒った。
それから家では生き物は、飼っても僕に世話は任されることはなかった。
なんのおもしろみもない、語れる思い出もない人生は進んでいった
小中高は自動的にすすんでいくが、
就職活動は自分にとっておおきく立ちはだかった。
志望動機、自己PR。自分の欲求にまかせて、そして自分の人生の中でこんなことをやっていましたと語ることがない僕には地獄でしかなかった。
なかなか仕事が決まらないぼくをみかねた父が
知り合いのつてで就職先を紹介してくれてそこに入社することができた。
そこは文房具用品の部品の会社で、
ぼくは事務をやることになった。
最初は新しい社員として歓迎のていはあったが、
僕のつきあいにくさにすぐさまきがついて
相手にしなくなった。
しゃべってもろくなうけこたえしないからもうあんまり存在を認識してもらってない。
でもこれはここではじまったことじゃない。
いままでこうだからなれっこだ。
いないふうにしてくれたほうがこっちとしてもよけいなエネルギーを使わずに済む。
部長がぼくのところにやってくる
「佐田くん、これ処理しておいて。」
「はい・・」
こういう事務的なやり取りはするけど、あとはないほうが楽だと思う。
喉がかわいたのでコーヒーでもつくろうと給湯室へ向かう。
するとなんだか物音がする。
吸いつくような音が。
そっとのぞいてみると
先輩の菅さんと僕ととしがほぼ近いの若い女性社員の有田さんががキスをしあってた。
ああそういえばこのひとたちつきあってるんだっけ。
たしかになんか仲いいなと思ってたけど。
まあ僕には縁のないことだし関係ない。
わざと足音を立てて気付かせて
給湯室に入る。
何事もなかったかのように二人少し距離を置いている。
僕はたんたんとコーヒーを入れる
ミルクを少しだけいれて混ぜる
そしてさっさと給湯室から立ち去る。
ごゆっくりどうぞ。
コーヒーをもって自分の机に座る。
カップのなかはかきまわした遠心力がのこっており、
まだミルクとまわりながらまざりあっていた。
ぼくはそれをみつめていた。
僕は仕事を終え帰る準備していると
まわりが盛り上がっている
「今日は花金だし飲みに行こうぜ」
「いいねーいこいこー」
みなは連なって飲み屋に向かう。
もちろんぼくは誘われない。
いや誘われることは期待してないしそもそもいかない。
みんながでたころに
少し遅れて会社を出る。
電車の乗りながらぼくは思う。
単調でつまらなすぎる仕事。
生きていくうえでお金が必要だからそこで働いているだけで
本当だったらいますぐにでもやめたい。
なにをやりたいわけでもない。
なにが楽しくて生きているかわからない。
そのうつうつとしたものにもなれたようななれてないような。
家の最寄り駅について電車から吐き出されるように出る。
改札をでながら考える。
たまにはおいしいものでもたべたら気が晴れるだろうか。
こないだネットでみかけた飯屋が駅から近くだったはず。
遠くに明かりがある。
あれだろうか。
いってみるととても賑やかなところだった。
僕が一番苦手なところだ。
落ち着ついて食べられそうにない。
やめておこう。
結局いつもの定食屋にいって腹を満たした。
家に帰ってもやることがないので
近くの本屋による。
いみもなくぶらついて本をとてにとって
内容をあたまにいれる気もなく、文字の群れにめをすべらせる。
だらだらと時間がたって
本屋を出る。
すると
見覚えのある人をみる。
有田さんだ。
あのひとこっちに住んでたのか。
全然はなしたことがないからそういう情報を全然知らない。
誰かを待っているらしい。
官さんとデートだろうか。
どうでもいいが。
家に帰ろうとしたら
有田さんが立ち上がり待ち合わせ相手らしい人に手を振った
その人を見るとしらない男だった。
するとふたりは手をつなぎながら街を歩きだした。
おや、官さんと付き合ってるんじゃないのか。
浮気してるのかな。
僕に珍しく少し興味を持ってきた
少しだけつけてみるか。
ふたりは光の多いほうへほうへと誘われるように移動し
愛をはぐくむところへ向かった。
ぼくは携帯を構えて
はいっていくところを何枚か音をさせずに写真をとった
有田さんの横顔はばっちりとれていた。
僕は写真を大きく現像して、
会社に戻り、誰もいないことを確認して
官さんの机のど真ん中に貼り、一仕事をおえ帰った。
僕は会社にいくと
官さんはまだ来てなかった。
この人生でみにつけた特技は
平然とした顔をすることだ
それを存分に発揮して自分のデスクにいると
官さんがやってきた
それをみてないようなかんじでじっとみていた。
官さんが机につき、そこにおいてあるものをめにすると
みるみる顔つきがかわっていく。
写真をもって有田さんのところへむかう。
写真を有田さんにたたきつける。
「おまえなんだこれ」
「えっなに・・・」
戸惑いながらたたきつけられた写真をみると
有田さんも顔色が変わっていく
「どういうことだよおまえ」
「いやこれなに・・・?」
「今日俺の机においてあったんだよ。おまえなに浮気してんの」
「これわたしじゃないって・・」
「いやこれおまえだろおれが上げたバックもしてるし髪型もそっくりだし」
「そんなの偶然だって」
「いやっていうか盗撮でしょいいのこんなことして」
「はなしすりかえんじゃねぇよ」
「これ私たちをひきさくための誰かの仕業だって」
「誰かの密告なんだよ。なんか怪しいと思ったんだよな、まえからよなんなんだよおおまえよ」
だんだんとボルテージが上がって会社内ということも忘れて二人はいいあっている
周りの人もとめようにもとめられずにいる
「っていうかそっちだって最近つめたいよね?!全然私のことあいてしてくんないし」
「はあ?!忙しいなりにしてんじゃねぇか近くにいて俺が忙しいのわかってるのになんだそのわがままはよてめぇこのやろう」
「そうやってガラの悪い言葉使うからやなの!」
「はあ?!てめぇがいわせてんだようわきしといてよ」
「だったらこないだのおんなのことあそんだのなんなんですか?!」
「あれは友達だろいったじゃねぇか」
「どうせなんかかんけいもってんでしょやたらあってるし」
「てめぇしんじらんねーのかよ」
「しんじてませーん」
「もういいおまえとは別れる」
「わたしだってもういいし」
ふたりはやけくそになりどこかにいてしまった
ぼくはその光景をみて、どこかで感じたようなえもいわれぬ快感に酔いしれていた。
回遊魚 奥田啓 @iiniku70
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