君は

奥田啓

第1話

妹にいつも「お兄ちゃんって鈍感」って言われる。

「私の友達がずっと好きサインだしてたのに全然気が付いてなかったじゃん。」

そういえばやたら家に来ては、ふたりで遊べばいいのに俺の部屋にきていた。

「わたしはふたりっきりにとかさせたのにさあ。っていうかサインっていうかさ、もうほぼ告ってたよ。女の子からあんなにアプローチってなかなかないからね。それをあんなすかしてさー。もう私が男だったらつきあっとるわ。もうお兄ちゃん病気だよ。鈍感病。あんなにかわいいのにお兄ちゃんもったいないよ。もう他のひととつきあっちゃってるからね」

「ああそうなんだ。」おれは気のない返事をする

「うわ、その返事も友達がみたらきっとショックだろうなあ・・・鈍感すぎてまあお兄ちゃんと付き合わなくてよかったよ。こんなの疲れて死んじゃうよ」ひどいいいようだ。

「鈍すぎてきっとみんな迷惑してるんじゃない?ほんと心配。」妹は本気で心配そうな顔をして言う。

たしかに俺は鈍いのかもしれない。

そう、だから君への思いもなかなか気が付かずにいたんだ。

なんども答え合わせをしては、○も×もつけられないでいた。

だいぶ時間がかかったけどわかったんだ。

答えは自分で決めるもんだって

だから俺は今日君を呼び出した。



「ずっと好きでした。つきあってくれませんか」

おれはずっと抱えていたおもいを君に解き放った。

部室棟の裏。

人通りが少ないところのベンチに座ってとなり同士。

こんな近くでよく言えたもんだ。

まずこの近さでいたことなんてないのに。

告白という非日常においての緊張は、他の緊張を消す作用があるらしい。

放った言葉は、君に届いただろうか心配になるほど

長い間君は黙っている。

そういえば今日さいつもより寒い気がする。

口から吐き出される白い息でそう感じた。関連性はあるのかないのかわからない。


君が、その口を開く

「うん」

うん?

うん、はどういう「うん」なんだろう。

否定ではないのか?

肯定だとも安心するにはちょっと足りないような気がする。

僕は不安になって

「えっと・・・つまり?」

「うん、いいよ」

君は僕の方を見ずにいった。

安心する材料は十分にそろったようだ。

ふられると思ったのに。

はじめて思いがつながった気がした。

人と人が思いが通じることのすごさを知った。

俺は舞い上がっていた。

もう君は俺のものだと。

俺はまた持病が発症していたらしい。

そのとき、逃していたんだ。

君の陰りのある表情を。




付き合って1年がたとうとしている。

「1年記念どこいく?」

僕はきいてみた。

「わたしはどこでもいいよ。和人は?」

「俺は茉優がいきたいところに連れて行ってあげたいんだけどさ」

「わたしは和人がいいところにつれていってくれることを期待してます」

「ハードル上げんなよ」

「ってなんだかんだいっていいところつれていってくれるのが和人なんだよね」

いたずら好きな目をした茉優は笑いながら言っている。

「おーいやりづらいからやめろよ」

軽く頭をはたく。

「あっちょっとわたしトイレいってくるねー」

「おう」


一人になった空き教室で考える。

どこいこうかな。

あいつが喜ぶところってなんだろう。

定番の誕生日ディズニーか?

いやそれとも温泉旅行でもプレゼントするか?

うーん、なやむなあ。

頭をうならせていると尿意をかんじた

俺もトイレ行こうかな。


おれはかんがえごとをするとトイレにいきたくなるのがクセというか。

考えると尿意がくるってどういう体のつくりになってるんだろうか。

つくづく不思議に思う。

廊下を歩いていると、トイレが見当たらなかった。

「あれっこっちにトイレなかったっけ

そうか逆の方向か」

ここの構造にはいまだになれてない。

戻ろうと思っていると声が聞こえた。

もう少し奥の方だ。

ちかづいていみると

甲高い声だ。

茉優の声。

あいつこんな高い声だすっけ。

のぞいてみると

楽しそうに電話をしている。

両親かな?

あいつあんなはしゃいだ声出すんだな。

付き合ってからでもあんなのみたことなかった。

「今日ね、授業で先生がおおきなくしゃみして

なんか叫び声みたいで何事かと思ったよ」

自分から話題を出すのをみたことがない。

「澄人とおなじ大学に通えてたらなぁ」

茉優はこぼす。

澄人?

だれだろう。

兄、弟?

「澄人頭いいから成績よくて主席なんだろうな。うちだったら何学部行くかな、なんかへんに斜に構えてるから社会学部とか哲学科とかいってそうだね。高校の時ももうすでに頭よさそうな本よんでたよね、私借りて読んだけど全然わかんなくてすぐ返しちゃったね」

心の底から笑っているようにみえる。

いつも膜があるんだってことをおれにつきつけるみたいに。

相手はだれなんだ?


「ごめん長くなっちゃって」

「いっぱいでたか?」

「女の子にそんなこというなんてさいてー」

「またされたんだからこれくらい言っても許されるし」

「はいはーい」

「そろそろいこうぜ」

「うん」

俺が先に教室から出る。

いまのやりとりはうまくやれてただろうか。

いまにもきもちがもれそうだった。

そして、いまおれらはうまくやれているのだろうか

茉優が追い付いてきた。

そんなおもいをかき消すように茉優の手をつないだ。

茉優は少しびっくりしながらも

手をつなぎ返してきた。

だまって歩く。

横で茉優は言う

「珍しいね学校内で」

「そうか?」

「だって、大学内でいちゃつくカップルはうざいとかいってたじゃん」

「ああ、そうだっけ」

俺はとぼけたふりをした。

いまおれはいちゃつくやつらのことを理解した

あいつらは実は怖いんだ。

こうやって手をつないで見せつけるようなことしないと

怖いんだ、はなれていくのは

だからつなぎとめるように

手をつなぐんだ。




俺はやっきになっていた。

絶対にあの澄人とかいうやつよりも

茉優の気持ちをひきだしてやる。名前しかしらないやつにライバル心を燃やしている

澄人はどんなやつかしらないけど、

付き合ってるのはおれだ。

一番は俺なんだから。


大学での俺といないときにでんわしてる姿をみかけるようになったが、

見ないふりをしていた。

別にあいつとはかぎらないけど

でも楽しそうにはなしている姿だけであいつな気がするんだ。

電話してるってことはなかなかあえないってことだよな

あえてるひとより会えてないひとのほうが心の距離がちかいってなんだよ。

次の授業の教室へと足早になる。


重なることも多くなった。

べつに欲が強いわけじゃないんだけど

あいつと茉優が唯一できてなくて

彼氏の俺ができることは

これしかないと

隙間をうめるように

その回数を増やしていった。

腕の中で眠る茉優は

たしかにいま俺のものにみえるはずなのに。

安心というものは簡単に顔を出さなかった。



1年記念はふたりの思い出の地を巡るものにしよう。

つきあってはじめてデートしたところは横浜だった。

まだぎこちなくて慣れなかったけど

かわいい雑貨屋やカフェにいって

大桟橋にいって風強すぎるねって笑ったりした。

あの楽しかったころをおもいだせたら



横浜駅で待ち合わせた。

茉優はかわいらしいロングコートに身を包んであらわれた

ポニーテールにして、右側の前髪だけ垂れるようにしていた。

初めての時と同じ髪型をしていた。

彼女なりに思うところがあってやってくれてるんだと思うと

俺はうれしくなった。


横浜中華街にいき、食べ歩きをする

カップヌードルミュージアムでオリジナルカップ麺をつくれるところがあって

変な絵とかかいてわらいあった。

大桟橋にいくと

前の時より風強くて

飛ばされそうだった。

髪まとめてて正解だったよと

笑う茉優をかわいらしくおもった。

暗くなっていき、赤レンガの方に行くと

ライトアップされた雰囲気抜群の赤レンガにおめかししていた。

周りも中もカップルでいっぱいになっている。

「カップルしかいないね」

「ほんとだな」

自分たちもその一人なのに、ということを棚にあげて口にする。

ごったがえしているので

すぐはぐれそうになる。

はぐれないように、俺は茉優の手をつないだ。

茉優はもぞもぞとしながら

つなぎ返してきた。



横浜駅に近くに移動して

高層ビルの上にある高めのレストランにいく。

エレベーターで上に上がっていく。

上の階に行けば行くほど乗っていた人が降りていき

やがて俺たちだけになった。

茉優もいつになくテンションが上がっている

「和人、すごいねどんどんあがっていく。」

「うん、横浜を一望できるね」

「一番上に上がっちゃったらどうなるんだろう。緊張してきた。味わかるかな」

「ゆっくりたべたらわかるよ」

「ゆっくりたべたらわかるもんかな?」

笑った茉優をみる。

何度も目にした笑顔なのに驚くようにみつめて

そのまま全部ひとり占めしたくなった。

キスをした。

自分のものを確認するかのように。

茉優も身をゆだねていた。

はなれると茉優は

「カメラあるって・・・」

吐息交じりの声でいう。

「別にいいじゃん」

そういいながら

目をそらし、体をエレベーターのコントロールパネルのまえにたち

「ほらついたよ」と、開くボタンを押して降りるように促す。

自分の感情読み取らせないようにした。

「はーい」といって降りる茉優。



奥にいくと

高級ラグジュアリーでお出迎えのレストランが。

主に黒を基調としたもので、存分に上品な顔をしている。

店員も上品でなんだか緊張した。

予約したし、男の俺がビビってたら彼女も戸惑わせると思い

平気な顔しながら

「いこう」と促す。



少し奥に案内されてついた席は

横浜がまさに一望できる窓際のいい席だった。

テーブルの中央にはおしゃれなランタンのようなものが置いてあってあった。

「やばいなこれ」

俺は小さい声でいった。

「うん、すごいこれ」

おもわず二人の語彙の少なさに笑いあった。

そうしているうちに食べ物が運ばれてくる。

大きなトリュフ。もうよくわからないけど高そうな食材でできた料理。

それらをくちにすると

「ちゃんと味する・・・」

そんなこといって笑いそうになった。

「こんなのいいものたべてるのに

たべた感想が味するってなんだよ」

「ほんとだね」

二人で笑いあっている

やっぱり俺の思い過ごしな気がした。。

全部。

だっていまとなりにいるのは紛れもなく俺だから。

こうやって過ごせていることがだれよりも一番の場所にいる。

これでまだなにかほしがっていた俺が馬鹿で欲張りだった。

もう変な思いを抱くのはやめよう。


「なんか緊張でトイレいくのわすれてた。いってくるね」

「ここから右曲がったところにあったぞ」

「うんありがとう。」

ぱたぱたと音を立てて走る。

そんなに漏れそうだったのか。

窓の景色を見る。

本当にこんなところよくとれたな

窓側とはしってたけど

ほんとうにあらためてみるといい眺めだ。

きょうは記念日としてひとつ成功と言えるのかな。

茉優も喜んでくれたみたいだし。

少し満足げになれた。


しばらくして店員さんがやってくる

「お連れ様がいらっしゃいませんが、お料理ストップしたほうがよろしいですか?」

「あっすいません。」

たしかに遅いな。

「ちょっと呼んでくるのでまっててください」

俺は静かに席をたち、トイレのところへむかう。

緊張で腹でも下してるのか?

右の角をまがりトイレがみえてくる。

そのおくに茉優らしき人がひそんでいた。

といれおわってんじゃねぇかなにやってんだ?

近づいてみると声が聞こえる

なにやらはなしている。そのなかに

澄人という単語が聞こえる。

こんなときになんで。

俺が頭に血が上った。

たのしそうにはなす茉優が

俺に気が付いた

「おまえなに記念日に他の男と話してんの?」

茉優はかなり困惑している。

「長いトイレだと思ったら・・・・おまえふざけんなよ。おれ知ってんだぞこそこそおまえが男とはなしてるの。ずいぶん楽しそうだよな。特に俺といるよりもさ」

「いやちがうその・・・」

「ちがくねーだろ。」

茉優はあとでかけなおすねと電話の主にいいながらきろうとする

「ちょっとかせよ。澄人君だっけおれにもはなさせろよ」

「なんでなまえを・・・」

電話をひったくる。

「ちょっとやめてよ!」

「挨拶するだけだよ。人の彼女に何度も、しかも記念日にもかけてくるなんて非常識なんでやめてもらえますかってね」

電話を耳に当てて話し出す

「澄人君ですか?僕の彼女に手を出さないでほしいんですけど」

『・・・・・・』

電話の主は何も言わない

「おーいなんかはなしてくれよ。だまってないでさ」

『・・・・・・・』

「黙り込んでもなんにもなんねーぞ」

あのさあといいかけたところで声が聞こえた

『この電話は現在使われてません。番号をお確かめの上おかけなおしください』


「は・・・?」

もう一度耳にあてなおしてよくきいてみる。

『この番号は現在使われてません。番号をお確かめの上おかけなおしください』

茉優はしたをむいている。

「おい茉優・・・・これって・・・」

茉優は言いづらそうにしている。

「これなんだよ・・・・」

そして口を開く

「ごめんね・・・・澄人くんっていうのはわたしの幼馴染なんだ。へんなこといってたかもしれないけど・・・その・・・べつにそういうのじゃないんだ・・・」

「は・・・?」

こいつは何を言ってるんだ。

「ただの幼馴染でたまに電話くれるんだよ・・・・」

「いやくれるって・・・・つながってない・・・・」

「いやなおもいさせてしまったのは謝る・・・けどなにもないからさ・・・本当に・・・和人が一番だから・・・・うん・・・」

「おい・・・・」

「澄人くん、なんかいってた?ごめんね、悪い人じゃなくて・・・」

俺はなにもいわず、目の前の人をただぼんやりみていた。


本当に鈍感だったようだ。

彼女になかに住みつくなにかをちゃんとかぎ取ってあげられなかった。

教えてほしい。

鈍感の治し方を。

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