第5話:米は食えっ!

 ここは何処だろう? 真っ暗な空間で僕は横になっていた。

 目の前にぼんやりとじいちゃんの顔が浮かぶ。じいちゃんは僕の首に手をかけると力を込めた。嗚咽交じりに「こんな世界に生きる意味はない」、「こんな世界に生んでしまってすまない」と繰り返しながら徐々に力を強めるじいちゃん。

 大丈夫だよ、じいちゃん。じいちゃんが手を下すまでもなく、僕は殺される。マッドサイエンティストの博士と、シンセシスとかいうロボットに殺されちゃうんだ。だから、じいちゃん。安心してくれよ。

 ふと、じいちゃんの体から力が抜ける。僕の上からごろりと転がり落ちるじいちゃん。その隣には小町が立っていた。

 「志騎、死んじゃヤダよ!」

 小町の両手にはいつも通りスタンガンと注射器が握られていた。

 「小町、まさかじいちゃんに変な事したんじゃないだろうな?」

 「変な事なんてしてないよ。 スタンガンで無力化した後に注射器で仮死状態にしただけだよ」

 それが変な事だというんだ。僕は上半身を起こして頭をぼりぼりとかく。

 「あのなぁ、小町。じいちゃんだって、好きこのんで僕を殺そうとしている訳じゃないんだ。じいちゃんにだって譲れない理由があって――」

 「それってどんな理由なの?」

 小町が不思議そうに首を傾げる。

 ……あれ、じいちゃんが僕を殺そうとする理由って何だろう? 米兵器を嫌うじいちゃんが、僕を殺そうとした理由は――。


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 目を開けると、ひかりの顔が間近にあった。青味がかった瞳で僕を覗き込んでいる。ドキリとした。

 「ねぇ、志騎くん、大丈夫?」

 「……うん」

 僕はかすかに頷いた。

 「そっか。なら良かった」

 僕に覆いかぶさるようにして四つん這いになったひかり。その体は動けるのが不思議なほどにボロボロだった。

 ひかりの背後から米兵器の銃声が響く。ひかりが苦悶の表情を浮かべて、がくりと体が崩れ落ちた。

 「ひかり!」

 崩れ落ちるひかりを支えようとして、自分の右腕が無いことを思い出した。左手だけでひかりを抱えると、僕の隣へゆっくりと下す。「酷い怪我だな」

 ひかりは「へーき、へーき」と強がって見せるが、相当無理をしているのは僕の目にも明らかだった。

 「8発か。さすがワシが作ったアンドロイドだ。並の耐久力ではないのう」

 僕の視線の先には、ロボットの上で満足そうに僕らを見下ろす博士。ロボットは相変わらずこちらへ銃口を向け、周囲には僕の拳よりも大きな銃弾がいくつも転がっていた。

 傍らに落ちていた炊飯器を拾い上げると、博士に向かって問いかける。

 「なぁ、博士。もしかして、炊飯器って米を調理する機械だったりする?」

 僕の質問に博士が楽しそうに答える。

 「あぁ、そうだ。志騎くんは炊飯器に入っているのが米だと知らずに食べていたというのか?」

 「……やっぱり、そうなのか」

 僕はどかっと地べたに座ると炊飯器の蓋を開けて米を食う。

 「またプラシーボ効果ってやつかのう? この状況でそんなものに頼るなんて志騎くんも救えぬのう」

 「プラシーボ効果なら良かったんだけどな」

 僕は炊飯器の中の米を最後の一粒まで食べると、ひとつ大きく深呼吸をする。

 「さぁ、力を貸せ。ブリスオブリスっ!」

 僕の体が光り輝く。右腕の切断面が液状化し、切り落とされた右腕と結びつく。瞬く間に僕の右腕が元通りに治る。残念ながら切られた学生服は元に戻らなかったけれど。

 僕の変化を見て一瞬だけ博士が驚いた表情を見せるが、すぐに下卑た笑みを顔に張り付けた。

 「なるほどのう。人間用であるプラスアルファが想定外の動作をしていた答えがソレか」

 米を食って傷を癒し、米を食って戦闘能力を引き上げる。僕の体に起きた変化について考えてみれば本当に単純な事だったのに。

 振り返るとひかりが驚いた顔をしている。ひかりみたいに人間よりも人間らしい米兵器がいるって知っていたはずなのに。

 「志騎くん……、キミは米兵器なの?」

 ひかりが恐る恐ると言った風に僕へ問いかける。

 「それは違うよ」

 僕の推測が正しいなら……。じいちゃんの顔を思い浮かべる。じいちゃんが僕を殺そうとした理由はこれしかない。

 「僕はブリスオブリスだ」

 僕が静かにそう告げると、博士は苛立ったように舌打ちをした。

 「笑えない冗談じゃのう。志騎くんがブリスオブリスだという証拠はなにかのう?」

 「無い。未だ推測の域をでていないよ。どうすれば信じてもらえるかな?」

 「そうだな。では、このシンセシスの包囲を突破して見せろ」

 「それはもう終わってるよ」

 博士は呆れた顔をする。僕が何を言っているのか判らないらしい。やっぱり気づいていなかったのか。

 握りこんでいた手を開くと、シンセシス21体分、合計168個のデバイスがバラバラと音を立てて地面に落ちた。それを見た博士はやっと僕が何をしたか判ったようだ。

 「……なぜデバイスの位置がわかったのじゃ?」

 「判るんだよ。僕に米を送ってくるデバイスの位置が」

 苦虫を噛み潰したような顔をした博士が手元で何かを操作する。

 「それで勝ったつもりかのう。……もしもワシ以外の者たちがブリスオブリスを手に入れてしまった場合に備えて、この町に100個の爆弾を仕掛けてある。約80兆ジュールものエネルギーに達する。この町など消し飛ぶぞ?」

 100か所……。今から探して間に合うような数じゃない。

 「米兵器ではないからのう。ブリスオブリスをである志騎くんであろうと場所は検知できんじゃろ? ワシを殺してももう遅い。すでに先ほど起爆タイマーは起動させてもらった。あと5秒で爆弾は一斉に爆発する」

 博士は高らかにカウントダウンを行う。5……4……3……2……1……。

 「さぁ、死なば諸共。一緒に消し炭となろうかのう!!」

 博士が天を仰ぐように両腕を上げる。しかし何も起こらない。

 「……何故だ? 何故爆発しない!?」

 ひかりがヨロヨロと立ち上がる。

 「博士。その爆弾は私が解除したよ。博士は私に言ってくれたじゃん。この町を救えって。だから、私はこの町に来てから毎日のように、米を粗末にする人たちを探して懲らしめたよ。でも、それだけじゃないの。困っている人がいれば助けたし、守るべきものがあれば守ったし、危険なものがあれば取り除いたよ」

 「ワシの指示を守って……爆弾を解除した、じゃと」

 「うん、きっかり100個ね」

 ひかりの報告を聞いて、博士は呆然と中空を見つめる。

 「…………ひかり、おまえも扱いづらかったんじゃのう」

 そういう博士の顔は酷く老けて見えた。

 「せめて、キミ達だけでも道連れに――」

 「ダメ、博士っ!!」

 その瞬間、僕らを取り囲むロボットが次々と自爆していく。咄嗟にひかりを抱きかかえて走り出す。眼前の炎の檻を突き破って爆風の届かないところまで走り続けた。足を止めて振り向くと、すさまじい爆炎をまき散らしながらロボットのシルエットが崩れ落ちていく。

 「博士、博士……。なんで、ねぇ、博士……」

 僕の腕の中でひかりが泣きじゃくっていた。


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 ひかりと僕は廃墟の壁を背にして座り込んでいた。

 ひかりはひとしきり泣いた後、徐々に落ち着きを取り戻していった。

 「ゴメンね、志騎くん。みっともないところ見せちゃって」

 「ううん、みっともなくなんてないよ。たったひとりの大切な家族を失ったんだ。誰だって一緒だよ」

 「志騎くんは、優しいよね」

 「そうかな、小町にはいつも『志騎のイジワル』って言われるけど」

 「それは小町ちゃんが志騎くんを信頼している証だと思うよ」

 「そんなもんかなぁ」

 僕は立ち上がってひかりに手を差し伸べる。ひかりは僕の手を取って立ち上がると少し恥ずかしそうに笑った。

 ひかりも僕も正直なところ満身創痍だった。今にも倒れこみそうになるけれど、あまりゆっくりしている時間はない。

 町中のいたるところから上がる黒煙を、ひかりとふたりで見つめる。

 「そろそろ終わらせよう。この町の戦争を」

 「うん、街中には未だシンセシスも残っているし気合入れていかないとね」

 ひかりが炊飯器の取っ手を握りなおす。

 違う。そうじゃない。僕はひかりの目を見つめる。

 「違うよ。気合を入れなおす必要なんてない」

 僕の言葉を聞いて、ひかりの顔からゆっくりと笑顔が消えていく。

 「僕を……ブリスオブリスを殺せば、この戦争は終わる、だろ」

 「無理だよ」

 「志騎くんが死ぬなんてダメだよ」

 「僕が死ねばひかりも死ぬ。できれば僕だってやりたくない。でも、もう手段を選べるような状況じゃないだろ!? いまもこの町では命が失われている。博士の作った米兵器を購入した奴らが本格的に動き出したら、戦火はこんなものじゃ済まなくなる」

 僕の言葉を一通り聞いた後、ひかりは僕の目を真っすぐと見ながら力強く言う。

 「でも、でもね、私たちは出会ったんだよ。他に何か方法はないの? このまま志騎くんが死んじゃったら、最初にゴリラに殺されていたのと変わらないよ! 私たちの出会いは無意味だったの!?」

 「無意味なんかじゃない。僕らが出会ってから感じた気持ちや思い出は無くなったりはしない。出会ったからこそ、気づかなかったことに気づき、知らなかったことを知ることができた。だから、僕は大切なもののために命を捨てる覚悟が持てたんだ」

 「……」

 「頼む。お願いだ。僕は小町を危険な目に遭わせたくないんだ。僕が死んだとしても小町に平和な生活を残したい」

 「うん、判ったよ」

 ひかりがうつむいたまま炊飯器を掲げる。

 「……1000合炊き」

 「ありがとう、ひかり」

 「――バカ」

 ひかりが呟いた瞬間、轟音が響き、炊飯器が弾き飛ばされた。

 「こういうときは『3合炊き』と断ってから割り込んだ方がよかったゴリか?」

 轟音の元を見るとゴリラがハンドガンタイプの米兵器を構えていた。隣には小町。

 「てめぇ、今更になってガキを殺ろうたぁ、どういう理屈ゴリか!」

 ゴリラがひかりに向かって何度か引き金を引く。ひかりは銃弾を避けながらも炊飯器を拾って反撃に出る。

 「私だってこれが正しいことだなんて思ってない! でも、仕方ないじゃない! 何も知らないくせに! 私の気持ちも知らないくせに!」

 100合炊きサイズになって輝く炊飯器がゴリラに叩き付けられるが、ゴリラは踏ん張って受け止めた。

 「あぁ、知らねぇゴリ! お前らが勝手に考えて、勝手に決めて、勝手に諦めたことなんて知るわけねぇゴリ!」

 「私も小町も絶対に諦めねぇゴリ! ガキを殺さなければならない事情があるなら、そんな事情は覆すウホッ!」

 ゴリラの蹴りがひかりの腹部に綺麗に決まった。ひかりの体がくの字に折れ曲がり、膝から地面に崩れ落ちた。ゴリラがひかりの頭に銃口を突きつける。

 「……ホント? 志騎くんが死ななくても良い方法、ホントに見つけてくれる?」

 涙を流しながらすがる様にひかりがゴリラを見上げる。真っすぐと見つめられたゴリラは目をそらして舌打ちする。

 「ちっ。白けるゴリ」

 ゴリラが小町の方に向かって声をかける。

 「こっちの決着はついた。あとは小町が決着をつけるゴリ」

 ゴリラがそういうと、小町が僕に近づいてきた。

 「……小町」

 小町は無言で僕の頬を平手打ちする。大した痛みはなかったが、とても心に堪えた。

 「色々と言いたいことはあるけど、今回のことは今のでチャラにしてあげる。でも、次はちゃんと私達にも相談してよね?」

 「……うん、ゴメン」

 僕が謝るのを見てから、小町は満足そうに微笑む。

 「じゃ、さっそく相談してほしいんだけど。今も問題抱えてるんでしょ?」

 僕は小町とゴリラに現状を掻い摘んで話した。ところどころ信じがたい話はあったと思うが、ふたりとも茶化さずに真剣に聞いてくれた。

 一通り話し終えると、あたりに重い空気が立ち込めた。最初に口火を切ったのはゴリラだった。

 「この世界から米兵器を撲滅することは諦めるしかないゴリ。どんな武器であれ、人を殺すのは武器自身じゃなく、人の意志ゴリ。ガキが死んで米兵器が世界から消えたって、どうせ争いはなくならないゴり」

 それにひかりが反論する。

 「でも、通常の武器と米兵器じゃ殺傷能力が違いすぎるよ。強力な米兵器を使った戦争が本格化すれば人類を滅ぼしかねない。やっぱり米兵器は何とかすべきだよ」

 「あぁ? なんだテメェはやっぱりガキを殺したいゴリか!?」

 「殺したくないんだってば!!」

 ひかりとゴリラが口論を始める。それを傍目に見ながら僕は、小町に語りかける。

 「小町の意見を聞かせてほしいな」

 「私は、志騎を殺さずに、米兵器を撲滅するのが一番良いと思うけど」

 「それができれば苦労はしないよ」

 「できると思うよ?」

 小町は平然と言ってのけた。

 「は?」

 「えっ?」

 「ウホッ?」


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 あれから1年の月日が流れた。

 「ターゲットの座標をくれ」

 僕がヒーロー変身ウォッチにむかって話しかけると、近隣のマップといくつかの点がホログラフのマップとして目の間に表示された。赤い点で示された位置を見て思わず頬が緩む。この場所は……懐かしいな。

 建築関連の法律や規制を無視して立ち並ぶ雑居ビルの合間。薄暗く人気のない裏路地に辿り着くとひとりの少女が柄の悪い男に追われているところだった。

 男が懐から銃を取り出すのを見て、僕もヒーロー変身ウォッチを構える。

 「変身!」

 ヒーロースーツを身にまとった僕は炊飯器を構えてふたりの間に割り込んだ。

 「――3合炊きっ!」

 男の銃から打ち出された弾丸を僕が叩き落すと、男が驚く。

 この威力……やはり疑似米兵器だ。

 「ターゲット捕捉これから排除に取りかかる」

 僕は改めて炊飯器を構える。相手の全身をくまなく観察する。……なんかインパクトが足りない気がするし、なんか弱そうだなぁ。まぁ、西園寺と比べてしまったら可哀想か。手加減してやらないとな。

 「貴様は何者だ!?」

 「僕は、本格釜炊スイハンジャーだ!」

 「炊飯ジャー? 貴様、俺をバカに――」

 「10合炊き!」

 「ぐふっ」

 僕は男を黙らせると、疑似米兵器を拾い上げて握り潰す。

 あの日、米兵器はブリスオブリスとともに世界から消滅した。正確には、消滅したように見せかけた。小町のアイデアに従って、僕は小町がいつも携帯していた注射器に入っていた仮死状態になる薬を定期投与することになった。僕が死んでブリスオブリスが停止するなら、僕が仮死状態になっても機能が停止するんじゃないかという推測からだ。試してみる価値はあると思っていたが、まさかここまでうまくいくとは思わなかった。僕はそれから1年間の間、眠り続けた。

 僕が仮死状態になることで一時的にブリスオブリスは停止し、世界から米エネルギーも一時的に消え失せた。政府もバカではないらしく、米エネルギーが止まると同時に、他のエネルギーに順次移行していったようで、経済などに致命的な影響は出なかったと聞いている。米以外のエネルギーに移行するにつれて、米エネルギーは過去のものとなっていった。いくら膨大なエネルギーを生むものであっても、急に停止してしまうような物では安心して使うことなどできないと判断されたらしい。ちなみに、米兵器は一番最初に消え失せた。米エネルギーがなくてはただの鉄クズでしかないのだから。

 しかし、米エネルギーにとりつかれた国家や科学者たちは、自らの手で新たなブリスオブリスを作成しようと目論んだようだ。その結果、本家ブリスオブリスには及ばないものの米エネルギーを生成する技術を開発したらしい。その技術を使って作られたのが、今僕が握り潰しているような疑似米兵器だ。1年ぶりに目覚めた僕は、こうやって疑似ブリスオブリスを撲滅するためにヒーローとして活躍しているというわけだ。

 「あの……」

 先程助けた女のことが僕に声をかける。

 「その人、殺しちゃったんですか?」

 僕の足元で伸びている柄の悪い男を指さす少女。

 「いや、みね打ちさ。殺してないよ」

 「――みね?」

 頭の上にハテナマークを浮かべる少女を見て、僕は過去の自分を重ねる。

 「それじゃ、気を付けてね」

 僕がそう言って立ち去ると、少女が大きな声でお礼を述べて手を振った。

 帰りの道すがら、この町に残る戦火の跡を眺める。

 1年前のような参事は、もう引き起こさない。そう誓って僕はヒーローになることを決意した。

 でも、1年前は仲間がいたからこそ何とかなったものの、僕はひとりじゃ何もできなかった。

 そしてそれは、今も、これから先の未来も同じだと思っている。

 いくら僕がブリスオブリスを持っていたところで仲間の力が無ければ何も成せない情けない男なんだ。

 「だからさ、できれば、これからも僕とずっと一緒にいてほしいんだ」

 ヒーロー変身ウォッチに向かって語りかける。通信の向こう側で彼女が息を飲むのが判った。

 彼女が通信に乗せて届けた返事を聞いて僕は苦笑いしてしまう。

 ……さて、今日も帰って米を食うか!

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