第4話:米で守れっ!

 僕の身体が光に包まれたかと思うと、光が集まり白と銀を基調にしたヒーロースーツへと変化する。ヒーロー変身ウォッチに表示された変身時間がカウントダウンを始めた。

 Get ready! Get set! Get rid of our enemies!!

 フリーサイズのヒーロースーツと聞いていたのに、いざ変身してみると腕や下半身が妙に窮屈だった。しかしヒーロースーツが僕の思考を読み取って動くため、手足が動かしづらいということは無い。

 あとはこのスーツがどれだけロボットに通じるか、だな。

 「本格釜炊スイハンジャー、推して参る!!」

 僕は力強く一歩を踏み出した……つもりだった。しかし、ヒーロースーツによって増幅された身体能力は、その一歩で僕の体を砲弾のように撃ち出した。

 突如として眼前に迫りくるロボットの胸部装甲に、強烈な体当たりをお見舞いしてしまう。痛ってええええぇぇ!!! 心構えする間もなく訪れた衝撃に体中が悲鳴をあげる。でも、それは僕だけじゃなかった。体当たりを受けたロボットも大きく後ろへよろめいて尻餅をつく。

 いける。いけるぞ。ヒーロースーツの力は奴に通じる。

 何か武器は有るのか? そう考えると、ヒーロースーツに組み込まれた武装のマニュアルが頭の中に次々に流れ込んでくる。弾薬制限や流れ弾を気にしなくて良いように近接武器に目星をつけた。

 左の腰に手をかざすとヒーロースーツの装甲板が形を変え、鞘に収まった日本刀を形作る。分子間力破壊大刀「シャモジ」と銘打たれた日本刀型の米兵器を引き抜いて構える。

 こいつを倒すには闇雲に攻撃するだけじゃ駄目だ。こちらは変身時間が限られている。早急に弱点を突く必要がある。米兵器の共通の弱点は米転送デバイス、もしくは、燃料となる米の貯蔵タンクだ。しかし、その弱点が奴のどの位置に存在するのかは判らない。だとすれば、弱点よりも優先して破壊しておきたい部位がある。このロボットがどれだけの武装を有しているのかはわからないが、今までの行動を見る限りでは主力武器は腕に集中していると見て良いだろう。腕が最優先の破壊目標だ。

 ロボットが体勢を整えようとする隙を見逃さない。上半身を起こすために地面についたロボットの右腕に飛びつく。いまだ力加減が上手くいかず飛び蹴りをするような格好になってしまうが、今度は予想の範囲内の結果だ。僕の体勢は崩れていない。腕にとりついたままシャモジをロボットの肩口へ振り下ろすと、思いのほか簡単に腕を切り落とすことができた。

 切り落とされたロボットの腕が地面に落ちる前に、肩へと飛び移ってうなじの辺りから鼻の辺りまでシャモジの刃を走らせる。

 崩れ落ちる頭部を蹴り飛ばしたところで、ロボットの肩にある射出口から野球ボール大のカプセルが次々と打ち上げられていく。カプセルは空中で爆発し、内蔵されていた数十の小さな鉄球が僕に向かって撃ち出される。それはさながら数十のショットガンに一斉射撃されるような攻撃だ。でも、ただそれだけのことだ。避けるまでもない。僕は鉄球が降り注ぐ中、ロボットの左腕との距離を詰める。

 ロボットは左腕を僕に向けて銃弾を撃ち出すが、これも避けるまでもない。やはりここまで接近されると、自分を巻き込むほどに威力の高い米兵器は使えないようだ。

 ロボットの左腕も一太刀で切り伏せた。これでロボットの主力兵器は無効化できた。そう思った時だった、ヒーロースーツが僕に危険を知らせる。ロックオンアラート。命の危険がある兵器に狙われている。

 振り向くと、切り落とされて地面に横たわるロボットの右腕が僕を狙っていた。どうやら身体から切り離されても自発的に敵を攻撃できるらしい。右腕と僕を結ぶ射線に障害はない。これならロボットは自分自身が被害を受けることがなく米兵器を使用できてしまう。ロボットの米兵器が発射モーションに入る。ロボットの身体が盾になるようにロボット側へ飛びのくが、米兵器を完全に避けきることはできなかった。ヒーロースーツの装甲が幾枚も剥がれ落ちる。

 米兵器の衝撃波で崩れてしまった体制を急いで立て直した僕は、ロボットの姿を目の当たりにして驚愕した。切り落としたはずの両腕や頭が修復され始めていた。断面が液体金属となってうねうねと蠢いているかと思うと、断面同士が手を伸ばすように液体金属を伸ばして、徐々に元通りになっていく。これではいくら弱点以外を攻撃しても復活されてしまう。無敵ともいえるような自己修復能力を目の当たりにして絶望しそうになる。

 しかし、僕に諦めるという選択肢はない。どうやれば奴を倒せるか思案する。戦闘経験のない僕は日常生活の中から奴を倒すヒントを見付けなくてはいけない。僕の取り得は何だ? 僕の特技は何だ? 僕にできることは何だ? ……そうだ、僕は自炊男子じゃないか!!

 「一人暮らしの自炊男子を舐めんなぁ!!」

 自分を鼓舞するために大きく声を張る。シャモジを構えなおすと修復が終わる寸前の右腕をロボットから切り離す。切断した腕を蹴り上げて、自らも飛び上がる。僕がとんかつ好きだったことを悔やむが良い!

 「これが、キャベツで鍛えた千切りだ!!」

 シャモジを縦横無尽に走らせて、ロボットの右腕を長さ4センチ幅1ミリ程度に切り分ける。これだけ細かく切り刻めば、自己修復することはできないだろう。しかし、地面に落ちたロボットの破片は次々に液体金属となって合体していく。……駄目だ! 自炊男子の力では奴を倒せない!!

 だが、こんなことで僕は負けを認める訳にはいかない。他に何かできることはないのか……。……そうだ、僕は陸上競技の中では槍投げが好きじゃないか! やったことはないけれど、チャレンジするなら今しかない!

 シャモジを構えなおすと修復が終わる寸前の左腕をロボットから切り離す。即座にシャモジを納刀して、切断したロボットの腕を両手で持ち上げる。そのまま槍投げのように助走をつけてブン投げる。これだけ遠くに飛ばしてしまえば、自己修復することはできないだろう。しかし、空の彼方に飛んでいった腕は、ロケットパンチのように戻ってきた。……駄目だ! 槍投げの力では奴を倒せない!!

 だが、こんなことで僕は負けを認める訳にはいかない。他に何かできることはないのか……。……そうだ、自炊男子と槍投げの合わせ技なら!!

 シャモジを再び引き抜くと、修復が終わる寸前の右腕をロボットから切り離す。切断した腕を蹴り上げて、自らも飛び上がる。

 「これが、みじん切りだ!!」

 シャモジを縦横無尽に走らせて、ロボットの右腕を一辺1ミリ程度に切り分ける。そして更にみじん切りにしたロボットの破片を四方八方へ力の限りブン投げる。今度はロボットの腕が修復される気配はなかった。やった! やったぞ!! 思わずガッツポーズをとってみんなの方を見る。気のせいか呆れた顔をしているように見える。

 「……ねぇ、志騎? やってることは凄いんだけどさぁ」

 「傍から見ていて物凄くマヌケに見えるウホッ……」

 「やっぱり志騎はカッコいいです……」

 「え?」

 「ウホ?」

 ――とにかく、ロボットを倒す手立てが見つかった。このまま左腕もみじん切りにして遠くにブン投げれば、相手の主力武器を封じることができる。傍からどう見えようと、この戦法が有効であることには変わりない。

 「……あのさぁ、志騎? あれだけバラバラに切り刻めるなら、敵の本体をバラバラにした方がよくないかなぁ? そうすればデバイスだって破壊できるだろうし……」

 ……………………その手があったか!!

 ヒーロー変身ウォッチが残り30秒を告げる。あまり時間は残されていないようだ。

 僕はロボットとの間合いを詰めると、ロボットの右側から脇腹あたりへ切り込む。しかし、ロボットが急速に後ろへ飛びのき、僕の斬撃は空を切った。僕との戦いで初めて見せた明確な回避行動。こいつ、胴体への攻撃を警戒しているのか……?

 ヒーロー変身ウォッチが残り20秒を告げる。

 ロボットは左腕の米兵器で僕を狙い打つ。紙一重で避けても致命傷となる攻撃を、大きく全力で避ける。ロボットが米兵器の連射を始めると、僕はロボットへ近づけなくなってしまう。腕を攻撃していた時とは違う。アイツは明らかに腹の辺りを攻撃されることを嫌って、僕を近づけさせないようにしている。間違いない。やつの弱点は腹だ。僕は覚悟を決めた。

 ヒーロー変身ウォッチが残り10秒を告げる。

 ロボットが打ち出した強烈な弾丸を、最小限の動きでかわす。弾丸がまとう衝撃波でヒーロースーツから何枚も装甲が剥がれるが、危険を冒して一歩を踏み込む。ロボットが距離を取ろうとした瞬間を逃さず、軸足へ飛びかかりシャモジで両断する。切断した足は切った直後から自己修復を開始し始めるが、関係ない。修復を終える前に奴に止めを刺せば良いだけだ。

 ヒーロー変身ウォッチが残り5秒を告げる。

 片足を失って倒れこんだロボットが体勢を整えることも叶わないまま左腕で僕を狙う。そんな攻撃を避けるのは簡単だ。しかし場所が悪かった。僕の背後には、小町やひかり、ゴリラがいる。ここでは奴の攻撃を避けることができない。僕はロボットの胴を薙ぐために構えたシャモジの狙いを、ロボットの左腕に変更する。僕がシャモジを振るうのと、ロボットが米兵器を放つのは同時だった。

 ヒーロー変身ウォッチが残り1秒を告げる。

 すさまじい衝撃が身体を襲う。ヒーロースーツの装甲のいたるところが破損し、僕自身の皮膚が露出する。頭部装甲に至っては完全に剥がれる。シャモジも半ば折れてしまった。でも、奴の一撃を何とか耐え凌ぐことが出来た。

 ヒーロー変身ウォッチが残り0.5秒を告げる。

 米兵器の次弾装填が終わる前にシャモジを振るう。シャモジがロボットの胴を半ばまで切り裂いた。

 We ran out of rice. We ran out of rice.

 ヒーロー変身ウォッチが残り0秒を告げる。

 「うおおおおおおおぉぉぉぉっ!!!!」

 力の限りを腕に籠めてシャモジを振りぬくと、僕はその場に倒れこんだ。一瞬の間をおいてから、ロボットの上半身が地面に落ちた。

 僕の両腕には手ごたえがあった。ロボットを倒したのだという実感を噛みしめる。しばらくして、誰かが僕の上半身を抱き起した。ひかりだった。ひかりは微かに笑う。

 「生きてる?」

 「何とか……ね」

 極度の興奮状態の所為か今は痛みを感じないが、体中に大きなダメージを受けていることが解る。そりゃ、そうだろう。いくらヒーロースーツの補助があったとはいえ、無茶な戦い方をしたんだ。僕の顔から滴る血が鼻血なのか吐血なのかも判断がつかない。脳の血管とかぶち切れていなければ良いけれど。筋肉や骨、内蔵はどの程度無事なのかは判断がつかない。しばらくは入院生活を覚悟しなければいけないな。

 「よかった。こんな無茶なことはもう――」

 そこで、ひかりが言葉を失った。彼女の視線の先には、自己修復中のロボット。腹が弱点じゃなかったのか!? 腹が弱点だと思い込まされていたっていうのか。絶望で目の前が真っ暗になる。それでも腹は減るようで、僕の腹が大きくなった。

 「……腹、減ったな」

 もはや絶望過ぎて思わず笑ってしまう。まぁ、諦めて立ち向かうことを止めてしまうよりは良いか。

 「いつもの貰っていい?」

 僕がひかりに問いかけると、僕の感情が伝染したように彼女も噴き出して笑った。

 「こんな時でもマイペースだね、キミは」

 ひかりが炊飯器の蓋を開けると、ほかほかつやつやとした奇跡の食べ物が目の前に現れた。もう箸を使うのも億劫だった。おもむろに手づかみで食べ始める。

 「うまい! やっぱり体に力がみなぎる気がするよ!」

 「プラシーボ効果だってば」

 そう言って笑うひかりも、僕と一緒に手づかみで食事を始める。体力回復を願って。

 「別にプラシーボ効果でも良いさ。おかげでもう一度立ち上がることができる」

 空になった炊飯器をひかりに返すと、僕は立ち上がってロボットを睨みつける。

 「さぁ、決着を――」

 その瞬間、ロボットが腕を伸ばし、小町とゴリラへ向けて米兵器を撃った。

 ……………………えっ?

 1リットルのペットボトルよりも大きな弾丸が空気の壁を切り裂いて飛んでいく。行く手を遮ろうと腕を伸ばすひかりをあざ笑うかのように、音を超える速さで一直線に飛んでゆく。戦闘機を容易に打ち落とせるような弾丸が小町やゴリラを襲ったらどうなるかなんて火を見るよりも明らかだった。

 だから、僕はその弾丸をつまんで捨てた。

 「……え?」

 ひかりが驚いた顔をして僕を見る。何をそんなに驚いているんだ?

 「どうしたの?」

 「どうした……って、こっちのセリフなんだけど」

 そこで初めて僕が何をしたのかに気づいた。

 「次が来る!!」

 ひかりの叫び声。ロボットがこちらへ銃口を向けるのが判った。次の瞬間、銃弾の嵐が吹き荒れる。

 米兵器から打ち出された銃弾は秒間5~6発、それ以外の銃弾は秒間1500発程度だろうか。果てしなく撃ち出される弾丸をひとつ残らず詰まんで捨てる。一発でも取り逃せば小町やひかりやゴリラの命が危険に晒される。一発も逃すわけにはいかない。とはいえ、弾切れになるまで付き合ってやるつもりはない。

 銃弾の合間を縫ってロボットの腕を蹴り上げる。銃の照準が空に向いている間に、僕の拳でロボットを打ち抜く。左ひじ、左胸、右もも、左もも、右胸、頭。計6か所。そして最後にロボットの頭に僕のかかとを打ち下ろす。その威力に地面が割れる。崩れた足場に埋もれて半ば地面に埋まったロボットは土下座のような格好で沈黙した。ロボットが微動だにしないのを確認してひかりの方を振り返る。

 「大丈夫だった?」

 信じられない物を見る目でひかりが僕を見ている。

 「……いったい、どういうこと?」

 そんなの、僕だって聞きたいよ。

 「僕にも判らないけど、急に力が湧き上がってきて――」

 僕の煮え切らない回答を途中でひかりが遮る。

 「まぁ、良いわ。ロボットが自己修復を始める前に、小町ちゃん達を安全な場所まで連れていく」

 ひかりが僕の両肩に手を置いて僕の目を見つめる。

 「いまアイツと互角以上に渡り合えるのはアナタしかいない。10分、いえ、5分だけアイツの注意をひきつけておいてほしい」

 「いや、それはちょっと……」

 「なんで!?」

 「いや、だって、もう、あのロボットは自己修復できないよ」

 ロボットを打ち抜いた僕の拳を開いて見せる。6つの黒い小さな箱。

 「米を転送するためのデバイス。すべて抜き取ったから、もうアイツは動けないよ」

 ひかりが絶句する。もはや僕に対して恐怖すら感じてしまっていることに気付いて、少しだけ気分が落ち込んだ。

 その瞬間、僕の体を包むヒーロースーツが光の粒となって消えた。

 「灯滅せんとして光を増す……ってことなのかな」

 とうめつせんとして……? え、何?

 僕が首を傾げているのを見て、ひかりは少しだけ笑顔を取り戻す。

 「物が最期に一時的に強い力を放つってこと。これはヒーロースーツの特性なのかもしれない。博士に報告しないと――」

 タイミングを合わせた様に、ヒーロー変身ウォッチが鳴り響く。どうやら博士から通信が入ったらしい。

 「ひかり、志騎くん、大丈夫かのう?」

 「はい、何とか。でも強い米エネルギーを放っていたターゲットは無事に破壊しました」

 ひかりが戦果を報告するが、博士が喜ぶ素振りはなかった。重々しい雰囲気で博士からの通信が届く。

 「落ち着いて聞いてほしい。おそらく、キミ達が戦ったのと同型の米兵器が、この町の各地で暴れておる。少なくとも10体以上」

 10体以上だって!? 僕らは1体倒すだけで満身創痍だっていうのに、こんなのがまだまだいるっているのか……。

 「それらの米兵器は、ブリスオブリスを探しに来た各国の戦闘員と交戦中のようじゃ。……残念ながら、この町で世界の命運を決める戦争が始まってしまったようじゃ」

 懸念していた出来事がこの町で起こってしまった。僕は体中から力が抜けて膝を折りそうになる。しかし、ひかりが咄嗟に手を伸ばして僕を支えてくれた。そうだ、僕はひとりじゃない。支えてくれる人たちがいるんだ。

 僕が決意を新たにしたところで、博士の口から希望が語られる。

 「だが、戦争が始まったことで有益な情報を得ることもできた。この町で大量の米兵器が使用され、大量の米が転送されたことで、ブリスオブリスの位置が特定することがきたのじゃ。ブリスオブリスを破壊することができれば、この戦争は終わりじゃ」


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 博士のナビゲートに従いながら、ひかりと僕はブリスオブリスのある場所へと向かう。

 小町とゴリラ、僕のクラスメイト2名は学校へ残してきた。安全な場所へ避難させることも考えたが、この町の状況を考えると安全な場所など思いつかなかった。

 この町の外れに位置する大手メーカーの敷地に足を踏み入れる。工場が立ち並ぶこの場所なら、たしかにブリスオブリスがありそうな気がしてくる。

 僕は足を止めないままひかりに声をかける。

 「ひかり、助けに来てくれてありがとう」

 ひかりも足を止めないまま、ちらりとこちらを向く。

 「助けてもらったお礼、まだ言ってなかったからさ。僕が絶体絶命の状況になると必ずひかりが助けに来てくれる。それが3回も続くと、さすがに何か特殊な縁を――」

 「あ~ゴメン、それ、発信機のおかげだよ」

 申し訳なさそうに頬をかくひかり。

 「キミに渡したヒーロー変身ウォッチ、あれ、発信機がついているんだ。だから3回目に志騎を助けたのは偶然じゃないよ」

 僕は左腕に着けたままのヒーロー変身ウォッチに目を落とす。なるほど、ね……。

 「それに、米兵器って使うと膨大な米エネルギーが放出されるから、レーダーで捕捉できるんだ。ゴリラに襲われていたキミを2回も助けられたのはそのせいだよ」

 そうだったのか。特別な運命を感じていた僕は、がっくりと肩を落とす。

 ……あれ? ひかりの言っていることは何かがおかしい。僕が学校でゴリラに襲われた時、ゴリラは米兵器を使っていたっけ……? ひとつの疑問が推測を導き出し、さらなる疑問を浮かび上がらせる。

 僕が難しい顔をして考え込んでいると、彼女が足を止めてしまう。何事かと思い僕も足を止める。彼女の表情はとても暗い。

 「どうしたの?」

 僕がひかりにとうと、ひかりは泣きそうな顔をしていた。

 「ゴメン、キミに謝らなければいけないことがある。謝って許してもらえるようなことじゃないけど」

 そこまで言うとひかりは俯いて涙をこぼした。

 「あのロボットが志騎くんの学校を襲ったのは、私のせいなんだ。私がこの制服を着たまま町で悪人退治をしていたから、きっと私が倒した中の誰かが報復のために学校に来たんだと思う」

 「それは違うと思うよ」

 僕が当たり前のように言ってのけると、彼女は驚いて顔を上げた。どういうことか解らないという顔をしているひかりに、僕は説明を始める。

 「あのロボットは最初から奇妙な行動をとっていたんだ」

 僕は彼女に見えるように人差し指を立てる。まずは1段階目の推測を説明しよう。

 「ロボットが現れた時、校庭にはたくさんの生徒がいたにもかかわらず、校舎の中に生徒たちを炙り出すように銃を乱射した。だから無差別な大量虐殺が目的じゃないとは思っていた」

 続けて中指を立てる。次は2段階目の推測。

 「だったら、誰を狙っているんだろうと考えた。それはきっと僕だと思う。ロボットが最初に銃を向けたのは僕の教室だったし、逃げ出してゆく大量の生徒には目もくれず、校舎に残っていた僕をピンポイントに襲いに来た」

 「まさか、そんなの偶然だよ。だって、あのロボットが志騎くんの位置を知る方法なんて――」

 そこまで言ってひかりは気づいてしまったらしい。僕はひかりにヒーロー変身ウォッチが見やすいように腕を上げる。

 「さっきひかりから発信機の話を聞くまでは、誰が狙われているのかわからなかった。僕と同じクラスのひかりや萬と日比もずっと僕と一緒にいたからね」

 最後に薬指を立てる。これが最後の推測。

 「僕がロボットの狙いだったとすると、ロボットの行動にも納得がいくんだ。ロボットは常に手加減をしていた。僕を殺すのが目的なのであれば最初から米兵器で校舎ごと打ち抜くことだってできた。戦闘機を打ち抜いたように、ひかりやゴリラ、そして小町や僕を米兵器で蹴散らすことだってできたはずだ。まるであのロボットは、僕を、僕たちを追い詰めて、何かが起こるのを待っていたように思う」

 僕は大きく深呼吸してから説明の締めくくりを始める。

 「そして、その結果、僕はヒーローに変身できた。博士のいう通り、僕が変身できなかったのは心の問題だったみたいだ。だから追い詰められることで変身することができた」

 ヒーロー変身ウォッチに向かって僕は語り掛ける。

 「博士……今回の件は全てあなただからできたことのように思えるんです。これは、乱暴な論理で組み立てた推測です。いくらでも反論はできると思います」

 不安そうな顔をしているひかりの顔を確認してからはっきりと言う。

 「だから、ひかりや僕が抱いてしまった不信感を払拭できるだけの反論をお願いします。そうでなければ僕らは安心できません」

 僕が説明し終えると、ひかりと僕は博士の反論を待った。しかし、反論が返ってこなかった。

 「……志騎くん、キミは扱いづらいやつじゃのう」

 博士の通信に合わせるように、ロボットが砂煙を巻き上げて上空から舞い降りた。僕らが先ほど倒したばかりのロボットと同型。それも1体じゃない。数は……21。ロボットは逃げ道をふさぐように、僕らを取り囲んでいる。

 1体のロボットが前に出て僕らの正面に立った。頭部が左右に分かれたかと思うと、中から人影が現れた。それは博士だった。

 「博士、これはいったい!?」

 ひかりが博士を見上げてすがるような声で質問する。

 「見ての通りじゃよ。学校襲撃の件、黒幕はワシじゃ」

 博士がはっきりと自分の非を認める。

 「なんでそんな事を……」

 「おおむね志騎くんの推測通りじゃ。被検体にヒーロースーツの有効性を見せつけてもらわなければビジネスにならんからのう」

 「ビジネス?」

 「そう、ビジネスじゃよ。この町はマーケットじゃ。監視カメラやドローンがワシの商品の映像を世界各国へ配信しておる」

 博士は白衣を、はためかせるとロボットの1体を指さす。

 「ワシが提供する商品は、絶大な攻撃力と驚異的な継戦能力を持つ無人戦闘機『シンセシス』」

 続けて、博士はひかりを指さす。

 「人の姿をしながら人の戦闘力を大きく上回る潜入捜査用アンドロイド『ヒカリ』」

 最後に、僕の左腕を指さした。

 「そして米兵器と対等に戦えるまでに人間自身を強化する戦闘スーツ『プラスアルファ』」

 博士はニヤニヤと笑いながら僕らを見下ろしている。

 「ブリスオブリスを手に入れるために集まった世界各地の優秀な戦闘員達。それをヒカリが叩き伏せる度に、ワシが提供する商品の価値が上がった。世界中から商品購入の問い合わせを受けておるよ」

 博士は視線を僕に移すと、少しだけトーンを落とした。

 「だが、志騎くんのせいでプラスアルファの売れ行きはイマイチなのじゃよ。せっかく力をくれてやったというのに、キミというやつはなかなか使おうとせんかったからのう。だから、キミがプラスアルファを使いたくなるよう、キミの日常を破壊してあげたんじゃよ。結果は志騎くんも知っての通り大成功。シンセシスを倒してしまうのは、ちとやりすぎじゃったが、無事に売り上げは伸び始めてのう。ちなみに、シンセシスの売り上げは心配不要じゃよ。いま町中で思う存分にアピールしているからのう、評判は上々じゃ。記録的なセールスが見込めそうじゃよ」

 下卑た笑みを浮かべて笑う博士に怒りが湧く。あの参事はそんな理由のために巻き起こされたっていうのか!

 「さて、これから本格的に軍が介入してくるからのう。シンセシスの能力を見せつけてやらねばならん」

 ひかりが膝をついてとめどなく涙を流した。

 「酷いよ。ずっと信頼していたのに」

 「おかげで扱いやすくて助かったわい。せっかく開発したヒカリが何の価値もない正義感なんぞに冒されていたと知った時には頭が痛くなったが、バカで単純ならば使い様など幾らでもあるからのう。安心せい、ひかり。量産型のヒカリは正義感なんぞ持たぬよう、ちゃんと改良してあるからのう」

 大声を上げて笑う博士。僕が怒りの身を任せて殴りかかろうとするのを、ひかりが制した。

 「……私、決めた」

 ひかりが涙をぬぐって立ち上がると、博士を睨みつける。

 「ブリスオブリスを破壊して、あなたの企みをぶっ壊す! ブリスオブリスさえ壊してしまえば、あなたの扱っている商品は全て動かない鉄くずになるわ!」

 「それは無理じゃ」

 「やってみないと判らないわ」

 「ブリスオブリスなど存在しないからのう」

 博士が静かに冷たく吐き捨てるように言う。

 「正確にいうのなら、ひかりが望むようなブリスオブリスは存在しない。米転送デバイスがこの町に米を転送しているのは確かじゃ。それはワシが保証しよう。そして、米をエネルギーにする変換器も存在する可能性は高いじゃろう。しかし、それを破壊したところで世界中から米兵器が消える可能性はわずかしかないのう」

 「……冗長性か」

 僕がそう呟くと、博士が僕を指さして「ピンポ~ン、正解じゃ~」と笑う。

 「いくら未知の技術を用いたシステムであるとはいえ、故障は必ず発生しうる。有事の際に備えて予備のシステムは用意されているのが普通じゃよ」

 「そんな……それじゃ、この町で起こっている戦争は」

 「もはや止める手立てなどないわい。心配することはないぞ、ひかりよ。ワシの作った商品が世界中に配備されれば、一気に戦火は広まる。そうすれば、この町の風景は世界の何処でも見られる日常の風景に成り下がるのじゃよ。飛び交う弾丸。崩れ落ちた建物。焼け焦げた肉塊。それらが当たり前となってしまえば、もはや戦争を止めようと考えることすらなくなるからのう」

 ひかりが膝をついたかと思うと、ぺたんと座り込んでしまう。博士の言葉を聞いて心が折れてしまったのか。

 「話はここまでとしよう。キミ達を生かしておく理由ももう無いからのう」

 ひかりを背にするように僕は前に進み出る。

 「それは、何のつもりじゃ?」

 僕は何も答えずに、博士を睨みつけた。

 「おとなしく命を差し出す気はないか。ならば、全力で抗ってみるが良い」

 僕はヒーロー変身ウォッチを構えて叫ぶ。

 「変身!」

 しかし、ヒーロー変身ウォッチは反応しなかった。なんで……?

 「志騎くんがシンセシスを倒した時に見せたプラスアルファの潜在能力。あのパワーはワシにとって脅威となる。じゃから、キミのプラスアルファは起動しないように細工させてもらった。遠隔操作でもメンテナンスできるのは知っていたじゃろう? 志騎くんには、もうヒーローの能力は残っていない。さぁ、それでも全力で抗ってみせて欲しいのう」

 僕はヒーロー変身ウォッチを外して投げ捨てる。自分にできることを考えるが、何も思い浮かばず、ただただ博士を睨みつけた。

 「どうした? また追い詰めてやらねば戦うことができないか? よかろう。手を貸してやる」

 博士が口の端で笑うと、彼が乗ったロボットが腕を振り上げる。腕の先から伸びたレーザーでできた剣を振り下ろす。

 「避けろっ」

 僕は横に飛びのきながら、ひかりに向かって叫んだ。ひかりに僕の声は届いていなかった。博士に騙されていた失意で俯いたままじっとしていた。

 僕は反転すると右腕を伸ばしてひかりを突き飛ばした。その瞬間、輝くレーザーの刃が視界を遮る。振りぬかれた剣は、僕の伸ばした右腕と地面を易々と切り裂いて、瞬く間に通り過ぎていった。上腕の半ばから切り落とされた右腕が地面に落ちてゆく。突然に右腕の重さを失った僕の体はバランスを崩して転倒してしまう。焼き切られた切断面から血が噴き出ることはなかったが、耐えようのない激痛が全身を走り、脳天をついた。身体の中で処理しきれない痛みが叫び声となって口から噴き出した。

 「あああああああああああああああああああああぁああぁぁぁぁあっぁぁあ」

 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。頭の中が痛み一色となる。

 苦しむ僕を見て博士が満足そうに大きく声を出して笑う。

 「はっはっはっはっは! 志騎くんが倒したシンセシスと同じように、右腕を切り落としてみせたのかのう? いや、実に面白いのう。志騎くんがシンセシスと追い詰めた時と同じように、ワシも志騎くんを追い詰めるとしようかのう」

 博士は白衣のポケットから小型のタブレットを取り出す。しばらくディスプレイを眺めた後、僕を見てニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた。

 「まず最初は胸への体当たりか。とはいえ、シンセシスと志騎くんでは体格が違いすぎるからのう。威力を押えた銃弾で代用するとしよう」

 博士の言葉に従って、彼の乗るロボットが米兵器の銃口を僕へとむける。

 「簡単に死んでくれるなよ」

 そして轟音が鳴り響き、僕の体に強い衝撃が走った。僕の意識はそこで途絶えた。

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