LUCK EATER

@akadama

第1話21番目の強運男



 あなたも人生を棒に振る程の刺激的なゲームをはじめてみませんか?    

 そんな怪しげなアプリの画面の謳い文句を見ていた男が薄暗い室内に一人

寝そべっている。

『刺激的なゲーム……』

 誰が見ても怪しいと人目で分かるようなサイトなのだが、何故か男はその言葉の響きに無性に惹かれて画面の指示に言われるがまま登録の手続きを

初めていた。

 男は次々に登録に必要な情報を登録して行くが、何の為かその度に間違いありませんか? としつこく聞いてくる。

『何なんだよ! いくらなんでもしつこすぎだろ!』 

 あまりのしつこさにスマホを壁に投げつけたくなる衝動を何とか抑え、男は気を取り直し次の画面に進む。 

 そして最後にこの内容で登録しますか? という一文が表示され男はやっと終わると呆気なくはいのボタンを押す。 

するとスマホから一瞬心臓の鼓動のような音がして男は驚きスマホを落としてしまう。

『なんだ今の……』

 男は手を伸ばし落ちたスマホを拾い、すぐに表を向けて異常が無いか画面を見ると電源が落ちているのか真っ暗な画面がそこにあった。

『あれ?電源落ちて……いや、これは……』

 男は画面をよく目を凝らして見てみると、画面の中の闇がほんの僅かに動いてるのが見て取れた。  それはまるで光すら届かない深海の底のような闇で時折黒い靄のようなものが蠢いている。 男は不思議そうにその闇を暫く覗き込んでいたが、やがて飽きたのか画面から目を離しベッドに投げ捨ててしまった。

『参ったな……まだ買い換えてそんなに日が経ってないのに』

 男はベッドの上の壊れた? スマホを恨めしそうに見つめながらズボンから財布を取り出し中身を見て大きなため息をついて立ち竦む。 そんな男の気持ちを察したのか故障したと思われたスマホから音楽が流れてきた。『ん?この音…… 

もしかして直った?』

 藁にも縋る思いで男はスマホを拾い上げ画面を見るといつもの見慣れた画面に戻っていた。 どうやら誰かが電話を掛けてきたようで着信に設定した音楽が忙しなく鳴っている。 

『見慣れない番号だな……まぁとりあえず出てみるか、もしも……』

 男は電話に出て話かけるが電波の状態が悪いのかノイズの様な雑音が

聞こえる。 そこへ通話相手らしき声が微かに聞こえてきた。 

「君の………を……っている……」  

 妙なノイズのせいで相手の声が聞き取りにくく何を言ってるのか良く分からず聞き返そうとするがすぐに電話は切れてしまった。

『え、今何て? おい』

 ロクに話す事も出来ず切った相手に腹を立てる間も無く画面に書かれた

言葉に男は息を飲み、頬に一筋の汗が伝う。

振場 亘ふれば あたるさん あなたがこのゲームに

賭けるもの……それは……人生>

 画面に出された一文に少し焦った亘だったが、直ぐに不敵に笑い画面の説明に従い画面をスクロールさせるとゲーム開始の日取り等が書かれた一文が表示された。

『えっと明日の朝9時からあなたの人生を一新させるようなスリリングなゲームを開始致します……か』

 亘は逸る気持ちを抑え、寝ぼけ眼でアラームをセットしそのままベッドに潜り込み明日の朝を迎える為眠りに入ったのだった。

 翌朝アラームが鳴り亘は飛び起き時間を確認し素早く顔を洗い服を

着替える。 ついでにトイレを済ませ玄関を出ようとするとゲーム開始まであと20分とアナウンスの音声が聞こえてきた。

『あと20分か。 一体どんなゲームなんだか』

 このまま開始まで待とうとしたが腹の虫が催促を始めた為に亘は

朝食をとる為近くの定食屋に向かう。 

『ここに来るのも久々だな……さて何を食うか』

 亘は店内に入り空いてる席を探していると活発な女性店員が

声を掛けてきた。

「いらっしゃいませ!! ご注文はお決まり…!?」

 亘の顔を見た店員は何故か言葉を詰まらせるが突然大声を上げ、店内の

客達も思わず視線をこちらに一斉に向ける。

「あ、亘! 随分久しぶりじゃない! 今日はどうしたの?」  

『いや、朝飯を食べに来たんだが……相変わらずだなモカは』

 モカと呼ばれた瞬間店員は亘に詰め寄り険しい顔で怒りを露わに叫ぶ。

「わーたーるー! 私の事モカって呼ぶの止めてって何度言えばわかるの! 私は真岡 藍もうか らんって立派な名前があるんだから! 

もう……どうせ呼ぶなら名前」

「ったく二人とも小さい頃と全然変わんないな~」

 二人の会話に割って入ってきたのは定食屋の主人の真岡 一嘉もうか いちかで藍の父親だ。

『あ、おじさん久しぶりっす。 えっと、とりあえず俺あんま時間無いんですぐ食えるもん用意してくれないっすかね』

 軽い口調で挨拶をしたついでに一嘉に注文をする亘。   

「あいよ、ちょっと待ってな」 

「ちょっと亘! 久しぶりに来たのにご飯食べてさっさと帰るつもり?」

 藍は強い口調であっさりとした亘の態度に思わず文句を言うが、亘は意に介さず水を一口飲んで一嘉の作る朝食が来るのを待つ。

「ところで亘何か急いでるみたいだけどどこかに出掛けるの?」

『ん? いやちょっとゲームを……な』

「まーたゲームぅ? あんた昔っからそういうの好きよねえ~ ほんとよく飽きないわね」 

 藍の言葉を聞いた亘は急に立ち上がり藍に詰め寄って態度を急変させた。

『あのな藍、俺にとってゲームは体の一部みたいなものなんだよ! たかがゲームみたいな言い方はやめろ! 

それで食ってる奴だっているんだからな!』 

 そう言って我に返った亘の目には幼馴染の恐怖に怯える顔が映ってバツが悪くなり周り店を出ていこうとする。 

『悪かったな……迷惑かけて、ここにはもう来ないから』

 最後にそう言い残し戸に手を掛けようとした時、亘の手を握る者がいた。

「まぁ、待ちなよ。 久々に店に来たのに何も食わないで帰るのは寂しいじゃないか……なあ亘君」

 そう声を掛け亘の手を取り優しい言葉で宥めたのは一嘉だった。 

『おじさん……あのさっきは……』

「いいっていいって、 ほれ出来たての炒飯だ。 まぁ食べてくれ」

『え? けど何か早くないですかそれ? 俺が注文してまだそんな

経ってないのに』

 そう亘が言うのも無理も無くまだ注文して2~3分しか経ってないはず

だったが、一嘉はその疑問にすぐ答えてくれた。

「ああ、実はそれ先に頼んでた客のやつなんだけど、嫌いなものが入ってたから作り直せってケチをつけられたものでね…… 折角作ったのに捨てるのも

勿体ないし、どうしたもんかと思ってたんだけど丁度亘君が注文してくれたおかげで無駄にならずに済んだんだ」

『そうだったんですか。 じゃあそれいただきます、あの……藍は?』 

 先ほどあんなに怖がらせてしまった藍の事が気になっていた亘は

それとなく一嘉に聞いてみた。 

「藍の事は気にしなくていいよ。 あいつは思っている事考え無しに言う癖があるから……まぁあれで亘君の事気にかけてるんだよ。 それにしても時が経つのは早いもんだね……二人とももう21歳か」

(ほんとは藍より八尋やちかさんの事を聞きたかったけど今はそんな雰囲気じゃないな……今頃どうしてんだろうな) 

 八尋というのは藍の母親で何年も前から行方を眩ませていて、

たまにふらっと帰ってくることもあるらしいが詳しい事は

分からないそうだ。 

『そう言ってもらえて気が楽になりました。 用事が終わったらあいつに謝って

おきますよ……あ、ちょっとすいません』

 ふと時間が気になり亘はスマホの画面を見るとゲーム開始まであと5分と

表示されていた。

『やばっ、そろそろ時間か』

 残り時間が少なくなり逸る亘は差し出された炒飯を手早くかきこみ、

あっという間に平らげてしまった。 

『それじゃ俺急ぐんでお金ここに……』

 亘が食事の代金を置こうとしたが一嘉はそれを制した。

「いいって、さっきも言ったがそれは一旦客から下げたものだ。 

ならそんな商品尚更客には出せないだろ?」 

『すいませ……いえありがとうございます。 あ、炒飯美味かったです。 

ごちそうさまでした』

 一嘉の言うことも最もだと納得した亘は戸を開けて店を後にする。 

ゲーム開始までの時間をもう一度確認する為にスマホを取り出し

画面を見ると残り10秒を切っていた。 

『何とか間に合ったか……けどゲームってどうやってやるんだ?』

 そんな当たり前の疑問を今更思い浮かべた亘だったが時は待ってくれず、ゲーム開始を告げるアナウンスがスマホから流れてきた。 

 これよりゲームをスタートしますと何度も音声が流れ少し焦りを感じた亘は辺りを見回すと自分と同じような反応をしているのが何人かいるのを見て何とか

落ち着く。

『へぇー 参加者は俺以外にも結構いるんだな』

 ゲームが始まったのは分かったが実際何をどうすればいいのか分からない亘は

このゲームのルールを確認しようとスマホの画面を見ると見慣れない

アイコンを発見する。 

『もしかしてこれか?』 

 試しに押してみるとLIFEis BET(以下LiBと略)についてという項目があり、ルールやゲームの内容などの確認などもここで見られるようになっているようだ。

『とりあえずルールくらいは確認しといたほうがいいか、 ええっと……』

 亘はまずこのLiBと言うゲームの流れを知る為に詳細を詳しく見てみる

事にした。

 LiB ルール

 1: このゲームはプレイヤー同士が互いに自分にとって一番必要な物を

   ポイントとして賭け戦うゲームです


 2: このゲームには基本的に定められたルールは無くプレイヤーが自由に       決める事が出来ます


 3: 勝敗は相手のBETポイント(以下BPと略)が無くなった時点で

   終了となります


 4: このゲームは特にタイムリミットは設けられていません。 つまり、      誰か一人が最後まで勝ち残るか、全プレイヤーが失格となるまで

   続けられます 


 以上がこのゲームの基本的な概要となります。 また補足として……

『なるほど……大体わかった。 後はやっていくうちに分かるだろ』

 亘はゲームを早くやりたくて仕方ないのか、まだルールの続きがあるのに最後まで見ずページを閉じ対戦相手を探そうと歩き出すが、そこへ背後から助けを求める声が聞こえてきた。

「ちょっとぉ~亘これ何なの? 私もうどうしたらいいのか

全然分んなくて」

『ん? 藍? 何やってんだお前。 店は?』 

 助けを求めてきたのは藍だった。 先程のやりとりで気まずい空気に

なった事も忘れているのかと亘は半ば呆れながらも彼女の話を聞いてみる

事にした。

 「さっきからスマホの様子が変なの、さっきからゲームが

どうのって……」 

『ゲームって……もしかしてお前も参加するのか? ちょっと画面

見せてみろ』

「う、うん……え? 参加? 私別にそんなつもり……まぁとにかく

見てよ。 これなんだけど」

 そう言って藍は亘に不安の原因であるスマホの画面を見せる。 画面を見ると若干違う部分があるもののさっきまで自分が見ていたLIFEis BET のゲーム画面が映っていた。

『これ、どうしたんだ? お前今までゲームなんて興味無かったよな?』

 「それがね、実は昨日友達が悪ふざけで勝手にいれちゃったみたいで今の今まで忘れてたみたい……ってそんなことよりこれ一体何なの?」

(うーん、こいつに説明してもどうせ話半分で信じないだろうしなぁ……)

「ねぇ? 亘話聞いてる? おーい」

 藍にどう説明したものかと考え込んでいると亘の顔を覗き込む藍の顔が

間近にあった。

『うおっ! な、なにしてんだよ!』

「何言ってるの! 亘がぼけっとしてるからこっちは親切に……ってそんなことよりこのゲームの事教えてよ」

 息がかかりそうな程近くまで藍に寄られ焦って後退る亘。 

そしてそれを追う藍。 じりじりと追っては離れを繰り返す二人。

『なんでこっち来るんだよ藍!』

「あんたが逃げるからでしょ! もう、」

 しばらく不毛な追いかけっこをしていた二人だが、それを遮るかのように互いのスマホから音声が流れてきた。

「間もなくエンカウントセレクトタイム(以下ESTと略)を

締め切ります。 間もなく……」

 その音声を聞いて二人は立ち止まりお互いスマホを確認すると画面には

見慣れない数字のタイマーが減っておりもうすぐ0になろうとしている。

『何だこのタイマー……でもあんまり良い感じはしないな』

「ねぇ、これ0になったら爆発とかしないわよ……ね?」

 突然藍が不吉な事を言いだす。 まさかそんな訳無いと疑う亘だったが、亘の

心臓は鼓動を早めていきその焦りを表していた。 やがてタイマーは0になり二人は固まったまま動かないでいるとスマホからまた別の音声が流れてきた。

「ESTが終了しました。 これよりゲームを開始します、5秒後にフィールドスクウェアを展開……」  

 聞きなれない単語を矢次早に語る音声に突っ込みを入れる隙も無くゲームの開始を告げられ戸惑う亘達。 そして5秒程経過し自分たちの周囲がガラスのような壁で覆われていき、あっという間に閉じ込められてしまった。

「ちょっと亘……これゲームなの? 何か凄く危ないものなんじゃないの?」 

『まぁ、落ち着けよ藍。 今の所俺達に何か害があるわけじゃなさそうだし、

さっきのゲーム用語みたいなやつの意味でも調べとかねえか?』

 亘は心の中では早くゲームを始めたい気持ちで埋め尽くされていたが、勝負師の勘とでも言うのだろうか……安易にプレイしても良いゲームでは無いのではないかという不安も感じていた。 藍の感じている不安を取り除く

意味でもこのゲームのルールはしっかり把握しておくべきなのかもしれないと亘はさっき閉じたページをもう一度表示しルールの補足の部分を見てみる事にした。

LiBルールの補足について

 このゲームにはESTというものがあり、これはプレイヤーの対戦者が

 近くに複数いた場合に自動的に適用されます。 

 つまりプレイヤーはESTが無くなるまで自由に対戦者を選ぶことが

 できます。 

  但しESTは10分を経過すると終了となり、それまでに対戦者が

 決まらなければプレイヤーの最も近くにいる対戦者が相手に決まります。


『なるほど、ESTってのが終わったせいで俺達が強制的に対戦することになったってことか』

「えぇ? ちょっと待ってよ、それじゃあ私達ゲームをやらないとこの変な壁から出られないってこと?」 

『どうやらそうみたいだな、見た目脆そうなのに凄く硬いぞ、多分これがさっき言ってたフィールドスクウェアってやつだろうな』 

 藍の指摘に亘は実際に周りに張り巡らされた壁を触って確かめる。 

「それで……結局私達どうしたらいいのかな?」

 ある程度状況は把握したが根本的な問題は何も解決はしていない事に

変わりはない。 藍も不安そうな顔をして亘の出す答えを待ち詫びている。

『お前の不安な気持ちも分からなくもないけど、ここから出るにはやっぱゲームをするしかないみたいだぞ? ほらここにも書いてある』

 そう言いながら亘は先ほどのルールのページの続きを藍に見せる。

 ゲームの終了について

 LiBはゲームの勝利者が決まらない限り一部の例外を除いて終わる事は決して ありません

 「はぁ……ならしょうがないか……ん? ちょっと待ってよ、

 何その例外って?」

 藍は一部の例外と言う一文が気になり亘を急かすように尋ねる。

『まぁ、待てってば、今調べ……ん?』

 亘は次のページを見ようとスマホを弄るが画面がずっと何かを読み込んでいる

ような状態になっていて言う事を聞いてくれなくなってしまった。

「どうしたの?」

『いや、何かスマホの様子がおかしくなってさ……そうだお前のほうは

どうだ?』

 亘は藍にさっきのページを出してもらおうとするが、藍はスマホの画面を見て

驚きの顔を見せる。

「ちょっ、もしかして私のもダメになったのおお」

 どうやら藍の方も亘と同じようにスマホに何らかのトラブルが起きた

ようだ。 亘は仕方ないと言った様子で藍にとりあえずここから

まず出る事を優先しようと提案する。

『なぁ藍、俺達どの道ゲームやらないとここから出る事も出来ないみたいだし、

一回試しにやってみないか?』

「で、でもそれでもし何か取り返しのつかないことになったらどう責任とって

くれるの?」

 藍の言う事も分からないでもないが、何もしないとどうにもならないのも

確かだ。 不安がる藍をよそに亘はさっきの様子のおかしくなったスマホを

取り出し適当に弄り出した。

『なあ藍、四の五の言って悩んでもこの状況をどうにかするには俺達2人のうちどっちかがゲームクリアしないと駄目って事だ。 あれ?』

 スマホを弄っていた亘の手が急に止まり、藍に画面を見せる。 

「何?もしかして直ったの?」

 藍は亘のスマホの文字を見てみるとずっと何かを読み込んでいたような画面になっていたのが元の画面に戻っていた。 

『何かよく分かんねえけど直ったみたいだ、藍お前のも見てみろよ。』

「う、うん。 あっ!」

 亘に言われるがまま自分のスマホの画面を見た藍は安堵の溜息をつきそのまま

力が抜け座り込む。

「よ、よかった……」

 藍の方もどうやら異常が直ったようだ。 一方亘はゲームを始める為にスマホの画面に何か変化は無いか色々と試し始める。

『……もしかして、これか?』

 亘は見慣れないアドレスから届いたメールを見つけ、他に手がかりもない為

怪しみながらも開いてみるとLiBゲームプレイヤーの

皆さんへというのがあり、その文を追っていくとゲームの進行の方法をようやく

発見した。

「亘? 何かわかった?」 

 藍が横から話しかけてきて亘もそれに答える。

『あ、ああ、多分これでゲームを始めれるはずだ』

 亘は画面に表示された文字を藍に見せる。

「ええっと、LiBを開始する為には……まずこの承諾ボタンを押す……」

 そう自分で復唱しながら何気なく承諾のボタンを押してしまう。

『お、おい! 藍、今押したよな?』

 自分が何をしたのか藍はいまいち理解していないのかきょとんとした顔を見せていたが、視線を自分の指の方に向けると先程自分がやったことを思い出したのか、急に表情を恐怖で引きつらせながら亘にしがみ付いて助けを乞う。   

「どうしよう~亘ぅ……私何か今とんでもない事しちゃったぁ~」

『やっちまったもんはどうしようもないだろ? もう覚悟決めてやるしか

ないな、藍お前のスマホちょっと貸してくれ』 

 藍は渋々亘にスマホを差し出し亘はそれを受け取り先程藍がボタンを押して

しまった問題のページを表示し亘は躊躇いなく承諾のボタンを押す。

「ちょっと亘! 何であっさり押しちゃうのよ! あんたもう少し物を考えて

からって気持ちは無いの?」

『お前もさっき即行で押したろ……っていうかさ、いい加減早くここから

出たいだろ?』 

「そ、そりゃね……わ、わかったわよ! やればいいんでしょ!」

 何とか藍を説得し二人は画面の説明文を見ながらゲームを始める準備を

進めていく。

『えっと、まず対戦者はある程度距離を取り向かい合うように立つ』

「そしてゲームプレイに必要な対価を選択し賭けに見合う量を決める……

対価って……お金の事?」

 藍は財布を取り出して中身を見ると切なそうな顔をして素早くしまう。 

亘はそんな様子を見かねてかフォローを入れる。

『金とは限らないんじゃないか? 断言は出来ないが、もしかしたら別の物かも

しれないし』

「お金じゃない対価って……例えば? どんなのよ」

 フォローしたつもりだったが余程気になるのか藍は亘に再び質問する。

『そうだなぁ……一見ガラクタでも人によっては意外と金より大事な物だった……なんて事とかあるだろ? ひょっとしたら金以外のものでも賭けれるかも

知れないぞ』

 亘は尤もらしい話をして藍を何とかゲームに乗らせるように誘導する。 しかし藍のほうはまだ無言で何かを考え込んでいるようだ。 その様子を暫く

見守っていた亘だったが痺れを切らしたのか藍に声を掛けようとすると……

「……まぁしょうがないか。 いいわ、やってやろうじゃないの!」 

 ようやく覚悟を決めたのか藍は気合いを入れゲームを始めようと亘から離れて

向かい合うように立った。

『向かい合うように立って……次は確か対価を選ぶんだったな』

 確認しながら亘は自分の対価となるものをスマホの画面から選ぼうと

するが、何故かどれも文字が暗く表示されていて選ぶことが出来ない。

『何だよ……俺の対価って一体何なんだよ』

 いくつもの候補の中からそれらしいものはあるのに選べない事に段々

苛立ちを募らせていく亘。 

『おいおいほんとにあるのかよ……金でもなく地位でもない、へぇ時間なんてのもあるのか、けど違う……ん?』 

 亘はようやく明るく表示された文字を見つけるが、その文字を見て思わず手が止まってしまった。

『俺の対価……人生って……あっ!?』

 人生という言葉を見て亘はこのゲームの登録をした時に浮かんだ言葉を

思い出した。

<振場 亘さん あなたがこのゲームに賭けるもの……それは……人生>

『まさか、あれが俺の対価って意味だったのか……けど人生ってどうやって

賭けるんだ?』

 今まで様々なゲームを経験してきた亘でもこんな現実味の無いものを賭ける

ゲームなど無かったせいか流石に困惑する。

『……待てよ、もしかしてこのゲームの対価ってプレイヤー毎に違うって

事なのか? さっきいくつか候補も出ていたのはそういう事か……

じゃあ藍のは何だ?』

 段々とこのゲームの怖さを肌で体感してきた亘だったが、幼馴染にして対戦者である藍の対価がどんなものなのかどうも気になってしまった亘は彼女に尋ねる。

『おい藍、 お前の……って何だ!』

「えっ何? 亘、何言ってるの? 私の……何だって?」

 声ははっきり聞こえている筈なのに藍には肝心な部分が聞こえて

いないのか、何度も聞き返してくる。

(どういうことだ? どうして……聞こえない距離じゃないはずだろ。 周りには大きな音も流れてないし俺の声の一部だけが聞こえてないのか? だとしたら

それは……)

「あ、もしかして亘、私の……が気になってたの? それなら大丈夫やっぱり

私の……は……」 

『……!? 今確かに藍の言葉の一部だけ聞こえなかった……

やっぱりそういう事か』

 亘は藍との会話で聞き取れなかった言葉が何かを察し、これ以上考えても

仕方ないとゲームを進める事にした。 恐らくこれもゲームを盛り上げる為の

仕掛けなのだろう……それもかなり悪趣味な

(藍の対価は気になるが、今はゲームをさっさと終わらせて直接確かめた方が

早いみたいだな……よし)

 一人で勝手に納得しゲームの方に専念しようと対価の心配を今は考えるのを

辞めた亘。 それがどんな結果をもたらすのか後に両者は身を持って

知ることになる……

『さてと……まず何のゲームにするか、俺はともかく藍でもやれるのじゃないと話にならないしな』

 スマホを操作し対決するゲ―ムを決めるべく対価を賭けるページから次の画面に進む。 その画面には次のように書かれていた。

 対戦するゲームの選択について

 

1:LiBは戦うゲームをプレイヤー同士が自由に決めることができます。 

  互いが了承すればどちらがゲームを決定しても構いません。  

 

2: 対戦するゲームはある程度ルールが定まっていれば両者の承諾次第で      プレイする事が可能となります


3: 必ずしも新規のゲームで戦う必要は無く既存しているゲームで戦う事      も可能です。 その場合多少ルールを弄ったりする事もできます。 


4: 個人スキルの使用は可能ですが限度が設けられています。 スキルは      各プレイヤーが持つゲームを有利に展開できる固有の能力の事です。 

  但しスキルの使用に正統性が無く違法性と見受けられた場合BPの

  有無に関係無く即座に反則負けとみなします。


『なるほど、プレイするゲームは俺達が新しく作っても既存の物でやっても自由って事か……あとスキルってのもゲームやってれば使う機会もあるかも知れないし、その時が来たら詳しく見てみるか、さて藍の方は』     

「う~ん、これゲームを自由に決めれるって書いてあるけど、具体的にどうやってやるの? 私さっぱりなんだけど……」    

 藍は相変わらず戸惑っているが亘はこのゲームを心の中では早くやりたいという想いが増々強くなってきていた。 そう、このゲームと邂逅した時の興奮と身を滅ぼしかねない程の危険……それは亘にとっては何物にも勝る最高の悦び

だったからだ。

『なぁ藍、そろそろ初めても良いか?』

「え? あぁ、うん……いいけど、でもゲームってどんな事すればいいの? 

私ゲームなんて簡単なのしか分からないし」

『そうだなぁ……無理にオリジナルのゲームをやる必要もないみたい

だからな……じゃあお前でも出来るゲームを選んでいいぞ』

「えっ? いいの? じゃあ……」

 亘は藍にゲームの選択権を譲り彼女がゲームを決めるまで

待つことにした。

「よし、決めた! 亘! こっちは準備できたよ」

『ああ、こっちはいつでもいいぞ! それで何のゲームにしたんだ?』

「それはね……」

 藍は亘に話そうとしたらまたスマホから音声が流れてきてそれを遮る。

《これより、振場 亘と 真岡 藍のゲームを開始します。これより… 》

 何度か音声は同じ言葉を繰り返し暫くするとスマホから指示が表示されてきた。 そこにはスマホをプレイヤーの全面にある固定台にセットしろとある。

『固定台ってこれか? さっきまで何も無かったのにいつの間に……』 

 指示の通りに固定台にスマホをセットするとまるで映画のスクリーンのような

映像が宙に投影される。 

「うわー何これ!? すっごーい! ねぇ亘!これどうやってやってるの?」

 藍は投影された映像に触れられるのが楽しくて仕方ないのか色々と触っては興奮冷めやらない様子でぽちぽちと弄り回している。

『おい藍! そんな仕掛けに喜んでないでそろそろゲームを始めようぜ』

 仕掛けにはしゃぐ藍を亘は窘めてゲームを始める為に彼女を急かす。

「何よ、ちょっとくらいいいじゃない! わかったわよ、私の選んだゲームは……これ!」  

 藍が投影された映像の指示に従って事を運んでいく。 宙に投影された映像に

藍が決めたゲーム名が表示される。

 あなたは大きいのが好き? 小さいのが好き? ドキドキ! ハイ&ロー

『……なんだこれ、藍お前ほんとにこんなのがやりたいのか?』

 藍の選んだゲームに力が抜け呆れかえる亘だったが、これを選んだ当の本人は

顔を真っ赤な風船のようにさせ今にも破裂しそうなほど怒りも

膨れ上がっていた。 

「な、なによ! 亘が私に選ばせたんでしょ! これでも結構

悩んだんだからぁ! 文句言うならやらなくていいわよ! また時間かけて別のにするから!」

 すっかり機嫌を損ねてしまった亘はこれ以上怒らせてしまうとゲームの開始すらままならなくなってしまう事を懸念して少し話題を変えて落ち着かせようとする。

『わ、悪かったこれでいいよ……そ、そうだ! お前このゲームに勝ったら何を

貰うつもりなんだ?』

「えっ? このゲーム勝ったら何か貰えるの? お金? お金が貰えるの?」

 亘の話題を変える策はどうやら功を奏したようだ。 先ほどまでの怒りはどこへやら、藍は目を宝石のように輝かせて何かを期待するかのような眼差しを向けて彼の答えを待っている。

『そんな期待されてもなぁ……まぁこれだけの仕掛けを作れるような

会社なんだし、相当金も掛かってるだろうからゲームに勝ったらそれなりのもんが貰えると思うぜ?……ん?』

「そ、そうだよね! うん! よーし頑張るぞ~ 亘、私このゲーム

絶対勝つから!」

 藍はすっかりやる気になって気合を入れゲームに備えるが、亘は先ほど自分が言った事に今更ながらにある疑念を抱いていた。  

(そういえばこのゲーム……どこのメーカーが作ってるんだ? そもそも俺はこのゲームどうやって手に入れたんだ? 分からない……昨日の記憶を思い返しても

何も……あっ)

 亘は急に身体にどっと疲れが出て肩で息をするほどで足がもつれそうになるが、何とか堪える。 

(どうしたんだ……急に……さっきまで何ともなかったのに、はぁ……はぁ……)

「ね、ねえ亘? どうしたの大丈夫?」

 藍は亘の様子がおかしい事に気付き声を掛けてきた。 亘は暫く息を切らして

いたが、動きを止め大きく深呼吸をして藍の方を向くといつもの亘の姿がそこにあった。

『わりぃ、待たせたな藍、それじゃ今度こそゲーム開始といこうか』

 亘は何とか平静を装っているが、心の中ではさっきの事がまだ気になって今すぐ真実を確かめたいという想いも徐々に強くなってきたが、まずこのゲームをどうにかしないといけないのも確かだと、今はゲームの方に集中する事に決めた亘は藍の出方を伺う。

「ほんとにいいの? 気分悪いなら休んでからのほうがいいんじゃない?」

『大丈夫だからさっさとやろうぜ、もう何ともないから』 

「うん、じゃあいくよ」 

 藍は投影された映像の中に表示されたゲーム開始のボタンを押す。 すると互いの投影された映像に先ほどまで何も表示されてなかった画面に何かの数字が

表示され、BPを設定して下さいという文が出てきた。 亘は初戦と言う事もあり自分の持つBPから10PをBETと書かれた場所にドラッグする。トランプのカードが裏に伏せられたまま2枚ずつ互いに配られてきた。 

『中々手が込んでるなこれ、ところで藍、これルールとかは

弄ってあるのか?』  

「え? ルール? あ、ああ多分そのままかな?」

 歯切れの悪い言い方の藍の様子に亘は呆れながら自分のカードを

捲ってみた。亘の配られたカードにはスペードの3とハートの12だった。

(はぁ~極端な数字だなこりゃ、いっそ作為的ともいえるくらいに)

『それで? ここからどうするんだ? 先攻とかどうやって決めたら……

おい藍』

 藍は自分のカードを見て完全に硬直していた。 その姿はテストで名前を書き忘れて0点を取ってショックを受ける学生のようだ。 

『あいつ……顔に出過ぎだろ、まったく……おい藍! 聞いてんのか?』 

「ふぇ? あっごめん私あんまりにも引きが悪……あああ!今の無し

だから!」

『藍、とにかく落ち着け! お前のカードが酷かろうが俺は気にしてない! なっ、さっさと進めようぜ』

「あんたね……少しはさ……ああっ! もういいわ! ええっと

先攻だっけ? それ多分私からみたいよ。 私の画面の方にPlay Firstって書いてあるんだけど、これ調べたら先攻って意味みたいだし、亘の方にも何か

書いてない?」

 藍の言う通りに自分の画面をよく見るとDraw Firstと書かれている。

『Draw First……なるほど俺が後攻か……んで? 次はカードか?』

「あ、ちょっと待ってその前に一応ルール見ておいてね? その間に私はカードを配り直して貰ってと……」

(ああ、やっぱ酷いカードだったんだな……)

『ルールって言ってもなぁ……ハイ&ローのルールなら俺普通に分かるんだが? お前ルールに何か加えてるのか?』

「さ、さあね……」

 亘にとっては大抵のゲームのルールは頭に入っている為わざわざ調べる事も無いのだが、彼女がこのゲームをやけに自信ありげに選択した事と何かしら亘の知らないルールが加わっている可能性は今の歯切れの悪い口ぶりからして少なからずあるかもしれない……それならと亘はルールのページを急いで探し確認してみる事に

した。

 ドキドキ!ハイ&ローの主なルール

 1:このゲームはカードに描かれた数字の大小を当てるゲームです。 


 2:先攻後攻が決まったら互いにBPを決定し、その後お互いにカードが2枚    配られます。(尚、先攻と後攻は基本ランダムで決定されます。)

  ちなみにBPは自己宣告を行わない限り互いのBPは見る事は

  出来ません。 これはゲームの緊張感や駆け引きを楽しんでいただく

  為であり、互いによりスリリングな戦いを体感していただけると

  思います。

 

 3:まず先攻側が大小どちらかのカードを選び、次に後攻が先攻に当ててもらう   カードを選びます。そのあと数字の大小を予想し解答します。 


 4:カードを選び終わったら相手の数字を推理する質問タイムに入ります。ここで  相手から情報を上手く引き出し数字を推理してください。 

  ちなみに質問の時間は特に決まってはいませんので答えが決まるまで      じっくり考えてください。


 5:カードの配り直しは1ゲーム2回まで行う事が出来ます。 それ以上は

  ご自分のBPを使用する事で行う事が可能となります。

 

 6:ゲームは相手のBPが無くなるまで続けられます。 


 7:スキルの使用も可能です。 スキルの使用には当然BPが必要となります    ので使い過ぎには注意しましょう。 

  ちなみに質問タイムの時にスキルを使用する事も可能と

  なっております。

 

 8:このゲームはドロー、いわゆる引き分けはありません。カードを配る際に

  引き分けの可能性となる組み合わせは全て排除してある為、一度のゲームで

  必ず勝者と敗者が決まります。 


(そういやこのスキルってどう使うんだ? 俺の探し方が悪いのかどこにも

見当たらないんだが……まぁ今はいいか、相手は素人同然の藍だし)

「どう?亘? ルールは大体わかった? あ、そうだポイントは

ちゃんと賭けた?」

『ああ、ルールも頭に入れたしポイントもちゃんと賭けてある、というかBP賭けないとカード配られてこないだろ、それで? 

今度は良い数字きたのか?』

「は? 何言ってるの? 今度はちゃんとマシな……じゃなくて!

 んもう! ……覚悟しなさいよ亘! 手加減なんかしないんだから!」 

 精一杯強がる藍の様子を見てほくそ笑む亘。

『さて、だいぶ道草食ったがようやくゲームが始めれるな』

「それじゃ早速こっちから行くわよ! 私はこのカードを選ぶわ」

 藍は1枚カードを選び、そこで彼女のターンが終わり今度は亘が

カードを選ぶ番だ。

「さあ、亘! 今度はあんたの番よ! さっさと選びなさい! あ、ヒント欲しいなら……」

『んなもんいらねえよ! まったく……』

 藍の低度な煽りも軽く一蹴し亘は自分のカードの数字を見ながら藍の表情を

見比べる。

(さてどうすっかな……どうせ俺が勝つんだし真面目に付き合うのもなんだが、あっさり終わらせても角が立ちそうだしなぁ……しょうがない、まずは軽く探りでも入れるか)

『藍、そのカードさぁ……6より大きいか?』 

「え? 6? さ、さあどうかしら? って待ちなさいよ! 質問はカード選んでからでしょ!」  

(さて……藍の様子からして明らかに動揺を見せている所を見ると明らかに俺より弱いカードと見るべきだが……あれが演技なのかどうか、とりあえず藍の手並みを拝見しますか、そして亘は左のカードを選ぶ)

『すまんすまん、ほら俺もカードを選んだぞ、先に進めてくれ』

 <お互いにカードを選び終わりましたので次は質問タイムとなります。 質問はどちらからでも構いません。 どちらも好きなだけ質問し、そして数字を推理して下さい。 お互い数字を決めたらショーダウンのコールをお願い致します>

 ゲーム音声の細かい指示がアナウンスされ亘と藍は顔を見合わせてどちらも不敵な笑みを浮かべ質問タイムに入る。   

『さて、質問はどっちからやるんだ? 俺はどっちでもいいんだが?』

「もちろん私からよ! あんたさっきカード配る前にしちゃったじゃない! ということで私からいくわね……それじゃあ質問! 亘のカードは6より大きい?」

『おいおい、それ俺がさっき言ったやつじゃないか、何か策でもあるのかと思ったら俺の真似かよ……』

 藍の質問を聞いてあからさまにテンションが下がった亘だったが、

止む無く藍の質問の問いに答えることした。

『えっと質問は6より大きいかってやつだったな……6? お、おい6って俺の数字より明らかに小さい……し、しまっ』

  あからさまに芝居掛かった様子で言葉を濁す亘に対し気が抜けたのか藍は呆れかえってしまう。

「あのさぁ亘……お芝居するならもう少しうまくやってよね。 そんな子供でも分かるような芝居……芝居……!?」

(もしかして……今のは私を信じ込ませる為の嘘? さっきわざとらしく小さいってこぼしたのは……私がそれに引っかかるか試してるって事? だとしたら……)  

 ゲームが不得意な藍なりに必死に考えたその答えが亘に通用するのか、

それとも……藍は高鳴る心臓の鼓動を必死に抑え声を絞り出し考えだした

答えを告げる。

「あ、亘のカードの数……字は私の数字よりも……大き……い」

 藍は少し曖昧な言い方をし亘の顔をチラッと見ると口許が少し笑っているのが

見えた。  

(今のは……危うく騙されるところだったわ! よーし)

『おい、藍、ショーダウンのコール忘れてるぞ』 

「えっ、ああ……忘れてた。でもその前に答え変えていい?」

『ん? こっちは別にいいぞ』 

「じゃ、じゃあ……亘のカードの数字は私の数字よりも小さい! 

そしてショーダウン!」

 <先攻の真岡様からショーダウンのコールがありました。 この時点でカードを変えたり答えを変えることはできなくなります、

それではまず振場様、選んだカードを公開して下さい> 

『おっし、そんじゃいくぞ……俺のカードはこいつだ!』

 亘は自信に満ちた顔でカードを捲る……その数字はハートの12だった。

「えええ! 嘘…でしょ……じゃあ最初にわざとらしく見せたあの芝居が実は本当の事だったってこと? けどあんな誰でも分かるような……それとも細工を……あっ」

『おいおいもしかして俺が何かトリックでも使ったって言いたいのか? 誓ってもいい俺はスキルも何も使っちゃいない。 お前は単に思い込みが強すぎて自滅しただけだよ』

「思い込み……でもさっき亘はわざとらしく6より小さいってお芝居したり私が答えを変える前にわざとらしく笑ったじゃない? あれも私が答えを間違えるようにやったんでしょ?」

『それが思いこみって事なんだよ、俺が6より小さいってわざとらしく言ったのは半分は本心でもう半分は相手の思考に刷り込む為のフェイク、その後笑ったのはお前が間違えたって思わせる為で……』

(そういえば俺さっき笑ったのは意識してやったつもりは無い気がする……けど、どうしてそう思ったんだ……だがそうしなきゃ藍はあのまま答えを変えずに俺は負けていたかもしれない……) 

 <第1戦の結果は振場様の勝利、真岡様は敗北となりました。 よって敗者の真岡様が賭けたポイント分が引かれ勝者の振場様に移ります。 

続けて第2戦に入ります。 第2戦の先攻は振場様となり、後攻は真岡様と

なります> 

 いまいち腑に落ちない亘をよそにゲーム音声が淡々と進めていく。

 <それではまず、お互いにBPを賭けてください>

 『さて、気分良く勝ったことだし、このまま一気に藍に快勝しちまうか』

 先程感じた疑念を振り払うように亘は気持ちを切り替え次のゲームのBPを

決める為自分の総BPを確認する。 

『今俺のBPは31……って事は藍も俺と同じく10P賭けてたって事か、

そういえば初期のBPってなんで半端に21に設定されてたんだ? 

なあ藍お前の方も俺と同じだったか? 藍?』

 さっきまで余裕の無かった亘だったがゲームに気持ちを切り替えた事でようやく心に余裕が出来たのか、今までずっと黙り込んでいる藍の様子が気になり声を

掛ける。

 亘が声を掛けても藍はずっと項垂れた様子で時折体を震わせていてこちらの声も全く届いていない様子だ。 

『藍! おい藍! これだけ言ってもダメか……ならこれでどうだ、

この万年貧乏女あああああああ!』

 亘は力いっぱいの声で藍の悪口を叫ぶと、さっきまで黙ったままだった藍は

何やら小声でぶつぶつと呪文のような物を呟きだした。

「……によ……によ……」

『お、おい大丈……』

 亘は藍の様子が明らかにおかしい事に心配になり彼女に駆け寄ろうと

すると……

「なによおお! 亘! 私確かに普通の人より貧しいけどさ! いくらなんでも

言い過ぎ! 大体あんたはもう少しね……」

『……やっと元気になったみたいだな。 ったくあんまり心配させんなよ……』

「えっ……亘今なんて?」

『何でもねーよ、ほらさっさとBP賭けてくれよ、ゲームが始まらないだろ』

 藍は素直になり切れない亘の様子にクスっと笑みをこぼし残りのBPを確認し、少し悩んだ様子を見せるが、どこか諦めきったような表情を見せBPを入れる。

『あいつどうしたんだ? まぁ、かなり分が悪くなってるせいなのかもな、さて俺もBPを投入っと』

<両者のBPの投入を確認しましたのでカードを配ります>

 2回目と言う事もありスムーズにゲームが進行していく。 

そしてカードが両者に配られて二人はカードの数字を確認する。

(今度は何とも言えない微妙なのがきたな……クラブの8にダイヤの5か、

さすがに変えるしかないなこれは)

『悪い、カード配り直してくれ』

 亘は新しくカードを配り直してもらい数字を確認しようとカードを捲ろうと

した時、ふと藍の事が気になり様子を見るとこちらと同じくカードを配り直して

いるようだった。 しかしその顔はどこか憂いを帯びていた。

『あいつどうしたんだろ? っときたきた……今度はどうだ』 

 様子がおかしい藍が頭から離れない亘だったが、今は始まったゲームに

勝つ事に集中しようとカードを捲り数字を見る。

(今度は、どうだ! えっとハートの1にダイヤの13か……全く最小に

最大とは、ほんと運が良いのか悪いのかわかんねえな……)

『ん? まだ始まってない……藍? まだカード決まらねえのか?』 

 亘はさっきから声を上げない藍の様子を伺うと彼女は穴の開きそうなくらい

カードをじっと見つめて石像のように固まっていた。 しかしその瞳は何かを決意するかのような熱を秘めている。

『藍? お前大丈夫か? もしかしてまたカードの数字が悪かったのか? もう一回配り直してもいいんだぞ? まだ一回だけだろ? 配り直したの』

「……え? あ、ああ……ごめん、何でもないよ。 カード? いいよ私は……

十分良いカードだから、あはは、それじゃ質問タイムしないとね」 

 <それでは第2戦の質問タイムに入ります。 両者とも言葉と知恵を駆使し、ゲームを勝利に導いてください>

「あ、質問は亘からでいいよ。 私ちょっと考えたい事あるから」

『ん? 良いのか? それじゃあ……藍、お前のカードは俺より……』

 亘は数字を言おうとした時ふと藍の方を見ると、何か物憂げな表情をして何かをじっと見ている……その視線は俺のカードだ。

(あいつ、何を見てるんだ? 俺のカード? なんであんなにじっと見て……!? まさかあいつスキルを?)

『藍! お前まさかスキ……』

「私の事心配してると足元掬われるわよ……さあ早くして」 

 亘の言葉に割って入る藍の口調は一見強がっているように見えるが、今にも倒れそうなくらい弱々しくなっていた。

『わかった……じゃあ質問するぞ、お前のカードは1桁か、

2桁のどっちだ?』

「えっ、そんな質問有り? ……まぁ、いっか。 私のカードの数字はね

1桁だよ」

 藍は特に策を講じる様子もなく、亘の質問にあっさりと答えてしまう。

(今の様子を見るに藍のやつ嘘はついてないみたいだな……けど俺があっさり信じてるとも思えないが、1度負けてスキルらしきものも使ってた

ようだし、藍のやつまだ勝負を諦めてないはずだ……よな)   

 亘は藍の行動に少し違和感を感じていたが、ゲームに負けるのも

ご免だ……亘は覚悟を決め質問タイムを終了し、勝負に臨む。

『それじゃ勝負だ藍、お前のカードの数字は俺より……』

 <ここで真岡様のBPが0となりましたのでゲームの終了となります。 勝者は振場 亘様と決まりました>

 なぜかショーダウンどころか質問タイムの途中でゲームが終了して

しまった事に思わず席を立ち困惑する亘。

『ど、どういうことだ? なんでゲームが終わったんだ? ……藍? あいつが何かしたのか?』

 亘は視線を藍の方に向けるとまるで全てをやり遂げたような表情で空を見上げる対戦者の姿がそこにあった。 勝者を称えるファンファーレが虚しく鳴り響く中で亘は静かに彼女の傍に向かう。

『藍……お前何をした? さっきの質問タイムの時お前は俺のカードを

見てたよな? あれはスキルか?』

「……」

 藍は黙ったまま何も語ろうとはしない。 

『何とか言ってくれよ! こんな勝ち方しても俺は全然嬉しくない! 頼む!』 

「わ、私……は」

 <ゲームが終了しましたので、続きまして賭けの清算を行います。 先程賭けたBPは振場様に加算され、真岡様はBPが0となりプレイヤーの権利を

失いました。 尚、加算されるBPは真岡様がスキルを使用される前の

BPとなります>

 藍の言葉を遮るように無情なる裁定者の宣告が下される。 

『あああ、うっせえ! 今はそんなのどうでもいい!』

 自分の勝利宣言も今は聞くに堪えないうるさい雑音でしかないと感じている亘は一目散に藍の元に駆け寄る。

『藍、お前どうしてこんな事を……』

「私、このゲームの事軽く考えてた……亘、このゲーム凄く危ないものみたい……これ以上やってもし亘が……だから私何とかゲームを終わらせようとスキルってのを使えばって……」

『それで勝負する前にゲームが終わったのか……それでお前のスキルってどんなのだったんだ?』

「私のスキルは相手の手札を透かして見ることができるの。 但し、一回につき1枚までね、だから2枚目を見た時にBPが0に……」

  亘はやっぱりそうかと納得するが、まず藍の話を聞くのが先だと彼女に

先を進めるよう促す。 

「このゲームがどこかおかしいって思ったのは2戦目の初めにBPを賭ける時に

表示された警告文を見た時なの」

『警告文? どんなのだ?』

「そこにはこう書かれていたの……あなたの残りBPが少なくなりました。 もしあなたがこのゲームに負けた場合、あなたが真に失う物はあなたが

これから一生分かけて得られる財産です……って」   

 藍の告白を聞いて亘の脳裏にこのゲームの謳い文句が再生される。 

あなたも人生を棒に振る程の刺激的なゲームを……

『財産って……お前いくらゲームでもこんな条件呑んでゲームやってたのか?』

「ち、違う、ゲーム始める時はそんな事一言も書いてなかったの、最初はあなたの僅かばかりの勤務時間を頂戴致しますって書いてあったの、ほんとだよ? 

なのに……」

 <ゲーム勝利者の振場様、勝者に与えられる報酬をお選びください> 

 突然割り込むようにゲーム音声が聞こえてきた。

『何だよこんな時に、報酬? こっちは今そんなのどうでも』

「私の事は良いから受け取ってきなよ亘」

 藍の悲哀に満ちた顔でそう告げられ断る事もできず亘はスマホの報酬の画面を

覗いてみる。

『何だこれ……』

 亘は報酬の中に妙なものがあるのを発見し詳しい説明を見るとそんな馬鹿なと口に出しそうになったが、この現実離れしたゲームの賞品ならひょっとしたらと生きる希望を失いかけている彼女に相談して見る事にした。

「はぁ……私これからどうしたら」

『なぁ藍、ものは相談なんだが、お前俺と一緒に来ないか?』 

「え? ええ? 亘それって……まさかプロポ―ズ?」

『ん? なんでそうなるんだ? 俺はこいつをお前にってさ』

 藍の期待をあっさりと打ち砕いた亘はスマホの画面を見せる。

「え? 電子メイト? 何々、電子メイトとはゲームプレイヤーの携帯端末に住まわせる事が出来る人型で構成された電子データの事です。 相手に承諾するだけであなたは物質から解放された電子の世界の住人となれます……で? 

これがどうしたの?」

『いや、だからお前、俺の電子メイトにならないかって……』 

 亘は少しバツが悪そうにしながら藍に電子メイトになる事を勧める。 

「そうだね……私もうお金どれだけ稼いでも意味なくなっちゃったん

だよね。 私って人生的にかなり終わってるし……少し時間くれる? 

あ、そうだお父さんになんて言えば……」

『その事なんだけどさ藍、俺からおじさんに言うよ』 

 そう言うか否かスマホから一嘉に電話を掛ける亘。 

「はい、こちら真岡食堂……」

『あ、一嘉さん俺、亘です』

「ん? 亘君か、珍しいねわざわざ電話してくるなんて」 

『すいません、おじさん、俺この街からもうすぐ離れようと思ってます。 それで別れの挨拶ともう一つ報告しておく事がありまして』 

「そうか……そいつは寂しくなるな、藍の奴も寂しくなるだろうな……それで

報告ってのは何だい?」

『実は俺、藍に一緒になってくれって頼んだんです。 返事はこれか……』

「良いよ! 亘、私これからは貴方と一緒に生きていくから! それとお父さん

今まで育ててくれてありがとね……」

 突然の乱入に戸惑う亘をよそにスッキリとした顔で藍は自分のスマホに表示された電子メイトの承諾ボタンを静かに押した。

『お、おい藍……すいませんおじさんいきなりで俺も驚いてて……』

「亘君……手のかかる子だが、娘をお願いします……おっとお客を待たせてるんだった、詳しい事は……また後で」

 若干わざとらしい口調で電話を切った一嘉の声は僅かに震えていた。 

『さて挨拶も済んだし、藍の方は? あれ、あいつどこに……』 

 周りを探しても藍の姿は無く、彼女が持っていたスマホだけが無造作に

落ちていた。 

『そういやあいつスマホを弄ってたな……まさか』

 慌てて自分のスマホを確認すると先程まで無かった見慣れないものが画面の中に存在していた。

『この丸くなって寝てるのが藍……なのか?』

 亘はスマホの中に突然住み着いた謎の生き物?に触れようとしたその時……

「そんなのと遊ぶより俺と遊んだ方が何万倍も楽しいと思うぜ~」 

 どこからともなくガラの悪そうな男の声が聞こえてきた。 

『おい、こっちは今ゲームやる気分じゃないんだ! 後にしてくれないか』

「そんなつれない事言わないでくれよ~なぁ振場さんよ!」

(何で隠れてるんだ?EST待ちか? 近くには誰もいないみたいだが……まぁいい、出てこないならわざわざ相手をするまでもない)

  声はするが姿を中々見せない男に業を煮やした亘は、その場から

離れる為、勢い良く駆け出した。 しかしその前に立ちはだかる

影が現れる。

「ひひっ、そんな急いでどこ行くんだよ。 すまねえな、さっきまであんたとやるゲームを考えてたんだ。 そんじゃ始めようぜ~丁度時間だしなぁ」『お前と遊ぶ暇はないと言ったはずだ、いいからそこを……』

 亘は一気に走り抜けようとしたが、突然目の前に透けた壁が現れた。

『な、なんでこの壁が……スマホのアナウンスは無かったのに?』

「何だそんな事か? あれミュートにしとけばテキスト表示だけにできるんだよ、ひひっ、あ、まだ名乗ってなかったな、俺は井笠舞人いがさ まいとだ」

 井笠に言われスマホを思わず見ると、確かに画面にESTが終わりゲーム開始と表示されている。

「ほんじゃサクっと俺の選んだゲームで遊びましょうかねぇ! その名も100カップルズだ」

『こんなゲームさっさと終わらせたい……井笠とか言ったか? 

BPは全部賭けろ……いいな!』

「ひひっ、いいぜ! おっと一応ルールくらいは読んでおいたらどうだ?」 

亘は渋々このゲームのルールの書かれたページを読む事にした。


100カップルズ ルール

 

1:このゲームはランダムに伏せられた男女の画が描かれたカードを

 一組ずつ成立させていくゲームとなっています。 

 カードは4枚まで同時に捲れます


 2:ゲームの名の通り、100組の男女のカップルが成立するまでにより

  多くのカップルを成立させた方が勝利となります。


「いきなりBP全賭けさせられたんだ、先攻は俺からでいいよな? ひひっ」 

『好きにしろ』

(ひひっ、そんじゃ遠慮なく……俺が勝つ為のゲームをな……) 

 仕方なく亘はBPを全賭けしゲームに臨む。

 <それでは100カップルズ ゲームスタート> 

 ゲームが始まり場にカードが200枚置かれる。 まず先攻の井笠は自分の場の近くのカードを4枚捲るが一つも揃わずに終わる。

(よし、ここで俺のスキル、覆い隠された真実マスキングトゥルースで細工をすれば……ひひ、こいつはどんな物でも見た目そっくりの偽物に塗り替え

惑わせる。しかも消費BPは俺が合図を出せば俺の仲間から遠隔でチャージが

できる寸法だ、ひひ……) 

『くっ……早く終わらせたいってのに、面倒なゲームだな……くそっ』

「じゃあそうしよっか?」

 『えっ? 今の声は……』 

 亘は声のした方を見ると先ほどまで寝息を立てていた物体がスマホの中で

こちらに手を振っている……その姿は小人サイズの藍だった。

「やっほ~亘。 どう? 新しくなった私のこの姿」

『藍……なのか、ってか縮んでもあんま変わんねえなお前、それより

終わらせるってどういう事だ』 

「うーん何ていうか私の持つ能力って言えば良いのかな? 今のゲームしてる

人ね、スキルを不正に使ってるデータの流れが見えたの。 だから亘が不正を宣言すれば終わるよこのゲーム」

 藍のメイトとしての助言で打開策を見つけた亘は早速このゲームの不正を

暴くことにした。

「さっきから何をやってるんだ? 次はあんたの番……」 

『悪いが俺の番は来ない。 何せこのゲームで不正を働いてるのが

いるからな』

「な、何? お、おい冗談だろ? 俺は不正なんて」

 不正という言葉に過剰に反応した井笠は狼狽しゲームそっちのけで

逃げようとするが、勢いよく壁にぶつかり転倒してしまった。

<井笠様がゲーム続行不能及び、スキル不正使用の為、ゲームの途中ですが終了となります。 尚振場様が今回賭けたBPはゲーム前の状態にリセットさせて

いただきました。 そして不正を働いた井笠様には相応のペナルティを与えます>

「ひっ! あ、か、な……ふ、わ、ん」  

 罰を与えられた井笠は突然うまく言葉が喋れなくなり、頭を抱えてゆらゆらと歩いては時折酔っ払いの千鳥足のような動きを見せたかと思えば急にしゃがみ込んだりして、壊れた人形のように同じ動きを繰り返すその様は哀れを通り越していっそ滑稽だ。

『あいつどうしたんだ?』

「あの人さっきのゲームで1秒毎に五十音が発せられなくなっていくペナルティーを受けたのよ……そのせいで思考がついていけなくなって

壊れちゃった」

『そっか……さて、これ以上ここにいたらまた誰かに絡まれそうだし

移動するか……』

 亘はなるべく井笠の方を見ないようにしてこの広場から抜けようと出られそうな場所を探すが、まるでゴールの無い双六の盤面の駒になったかのようにいつまで経っても上がれない。

『どうなってんだこれ、なあ藍何か分からないか?』 

「ちょっと待ってて……わかったよ亘、この辺何かおかしな事に

なってるよ。 どうやらこの広場一帯の空間が固定されてるみたいね。

しかもこれ外側からは入れるけど一度中に入ると内側からは出られない

みたい」

 藍の説明を聞き改めて自分がプレイしているこのゲームの驚異を

思い知る亘。 このゲームが終わらない限りここから出られないの

だろうか……ゲーム好きの亘もさすがにこの状況は堪えるのか、

これまでにない程の長い溜息をついた。 

『まさかここまでのものとはなぁ……どうしたもんか、なあ藍?』

 気を紛らわす為に藍と話でもしようとスマホを覗き込むと画面の中には

藍が姿を消していた。

『藍? どこ行った? おい……』

 亘は急に消えた藍の行方が気になりスマホのアプリやメールの中身まで隅々まで探すがどこにもいない。 亘は目を閉じ人生で初めての神頼みに

縋ろうとした時……

「ごめ~ん、何か急にアップデート通知があって今までずっとあちこち

飛び回ってて……どうしたの亘? もしかして泣いてる?」

『……は? んなわけないだろ! それよりこれからどうするかだ』

 目尻に薄っすら浮かんでいた涙を拭い強がって見せる亘。

「それなんだけど、もう少し頑張ればこのゲームもうすぐ終わり

みたいだよ? ほらこれ見て」

 そう言って藍が亘に見せたのはこのゲームで生き残っている残りのプレイヤーの人数についてというお知らせだった。

『えっと、LiBで現在生き残ってるのは俺を含めた21人か、けどこいつら

どこにいるんだ? 俺達はどうせここから動けないし……まさか残りが来るまで

ここで待ってないといけないのか?』   

「あ、その心配は無いみたいだよ」

『な、何でそんな事分かるんだよ? そういえばずっと不思議だったけど、

お前普通にアプデやら色々やってるよな』

「うーん、それが良く分からないのよねぇ、この姿になってから何故か息をする

みたいに簡単に操作できちゃうの、 あ、そろそろ来たみたい」

 すっかりSF世界の住人になった二人にとっては多少の事では動じなくなって

しまっていた。 そして藍の言った通り亘達のいるこの広場にまた新たな

プレイヤーの影が一つ、また一つ、と集まってきた。

『お、藍の言った通りにどんどん湧いてくるな。 探す手間が省けるのはいいが

流石に多いな……ひいふう……20人かよ』 

「どうする亘。 私ならプレイヤー強さやスキルとかESTの間に調べたり

できるけど」

『……余計な事はしなくていいぞ藍、何か急にやる気出てきた! おっし! 

まとめて相手してやるからかかって来い!』

 さっきまでゲームに対する情熱がすっかり無くなりかけていたが、藍の

元気そうな姿と、自分を倒そうと向かってくる対戦者達を見て

その熱が呼び起されたようだ。


 *** 


 亘が20人のプレイヤーと激闘を繰り広げてからおよそ8時間ほど経過した頃、辺りはすっかり日が落ち夜の闇が広がっていた。

『はぁ、はぁ、……さすがに疲れたな。 けどこれで残りは俺だけの

はずだよな……』

「凄い……あんなにいたプレイヤー全員に勝っちゃうんだもん……けど強い人も

二人くらいいたよね? えっと確か……そうそう、この二人だ」

 藍は対戦者詳細のページから目当ての対戦者を見つけ表示する。 

 そこには能力名:解答絞りアンサースクィーズ丹択 誓二にたく せんじ

 能力名:未開航路アンビリジスドルート流宇 玲斗るう れいとという二人の男が出てきた。 

『ああ、こいつらか……確かに強かったな。 能力も厄介だったおかげで中々決着つかなかったし』

「でもその二人はともかく他の人は何か変な感じだったね。 戦う前から勝手にやられちゃったり、自滅しちゃった人もいたし」 

『まぁ、そこは俺の強運がそうさせたのかもしれないな! なーんて、それは冗談として……これでゲームは終わりなんだよな?』

「うん、確かに残りのプレイヤーはもういないみたいだけど、何でかな? 私にもよく分からない……あ、今何か来たみたいだよ? これはお知らせのとこかな?」

 藍は今届いた物を確かめる為にお知らせのページを表示する。 そこにはゲーム終了を告げる一文と最後まで残ったプレイヤーに主催者がこれから逢いに来ると

いうものだった。

『主催者……このゲームてっきり人の手の及ばない物だと思ってたがちゃんと

いたんだな……どんな奴なんだろ』

「お呼びかな? 振場 亘君」 

 突然背後から声を掛けられ振り返ると、そこにはまるで闇とひとつに溶け込んでいるようなまっ黒なスーツを来た男性が立っていた。

『あんた一体どこから出てきた? 足音すら聞こえなかったぞ』 

「亘、この人何か変な感じがする……気をつけて」 

『あ、ああ』

 藍に言われるまでもなく目の前の男に警戒する亘。

「やれやれ、私は君に賛辞と賞品を渡そうと思ってきたのに、随分な御挨拶だな」

『なら名前くらい名乗ったらどうだ! 流石に怪しすぎだろあんた』 

「そうか、名前か……これは失礼、私は時尾 廻ときお めぐるとでも

名乗っておこうか」

 時尾の言動に不信感を捨てきれない二人だが、時尾は構わず続ける。

「まぁ、お互い言いたい事もあるだろうが、まずはここを離れようか、見せたい物もあるし」 

『なんだよ、ここじゃまずいのか? んで?ここからどうやって移動するんだよ』

 不満げに露骨に悪態をつく亘だったが、時尾はまるで意に介さず懐から何かの端末のようなものを取り出し操作する。

「振場君、悪いけど少し動かないでいてくれるかな、何、ほんの5秒程で

いいから」

『わ、分かった』 

 時尾に言われた通りその場に立ち止まり、待っていると突然ふわっと体が浮く

ような錯覚を覚え周りの風景も一瞬で変化していく。 

『な、なんだここは……宇宙? けど空気がある』

「ねぇ亘、あそこ見て」

  藍が必死になってある場所を亘に示している。 それを追っていくと箱庭のようなものが置いてあり、その中を覗くと先ほど自分がゲームをしていた街の全景がそこに広がっていた。

「どうだい、振場君、中々見事なものだろう」 

 この不思議な光景をさも当たり前のように受け入れている時尾の様子に亘は言いようの無い恐怖を感じていた。

『おい!ここは何なんだ? 俺達に見せたい物ってこれの事なのか?』

「まぁ、落ち着きたまえ、君の疑問にはきちんと答えよう。 それも勝者の特権でもあることだしね」

「ねぇ亘、私何かとても嫌な予感がするの……アイツの話聞いちゃいけない

ような……そんな気が」

 先ほどから黙り込んでいた藍も思わず口を挟むが、亘はそれも承知の上なのか

彼女を制し、時尾の話に耳を傾ける。

「そろそろいいかな? ではまずここはどういう場所なのか。 ここは私が作ったある実験をする為の場所だ」

『作った? それはその妙な箱庭の事か? それとも俺達も含めてって

事か?』

 亘は自分でも今何を言ったんだと言った顔をして暫く困惑していたが時尾ならその疑問にも答えられるかもしれないと向こうの反応を待つ。

「え? 亘何言ってるの? そんな事どうやって」

「これは驚いた、まさか自覚があるのか? それとも無意識に

そう感じたのか……まぁいい。 ではこうしようか」 

 時尾は亘の言動に驚いた反応を見せたが、直ぐにすました顔になり話を

続けた。

「このまま全てを話すのは簡単だが、あっさり話すのも面白くない。 そこで最後にもう一勝負受けてくれないかな? それに勝ったら君の納得のいく答えを示そうじゃないか」

 時尾の出した提案はゲーム好きの亘には惹かれるものがあるが、本当に奴は約束を守るのだろうか? そんな些細な疑念が頭から中々離れないせいか踏ん切りが

つかない亘。

「ねえ亘、もうここまで来たらこのゲーム受けちゃったら? 仮に断ってもまたあの箱の中に戻らないと行けなくなるかもしれないんだしさ」 

(こういう時のこいつ、何でこんなに俺の事分かってくれるんだろな……

サンキュー藍)

 心の中で藍に礼を述べ、時尾の挑戦に挑む覚悟を決めた亘は最後のゲームに

臨む。

『いいぜ! あんたのゲーム受けてやろうじゃねーか! それで? あんたが戦ってくれるのか?』

「いや、それは流石にごめん被るよ。 私はゲームは苦手なんでね……君に勝てるとはとても思えない。 しかし君の要望には応えることはできるよ」

『何? まだ戦える奴がいるのか?』 

 「お、食いついてくれたようだね、それじゃ紹介しようか、入って来い」 妙に嬉しそうな顔をした時尾が指を鳴らすとドアが開き誰かが

入ってくる。

『え? あなたは……どうしてここに』

「何? 亘私にも見せ……ええっ!?」

 部屋に入ってきた対戦者を見た二人は驚きの声を上げる。

「ああ、二人には面識があったんだったね……まぁ当たり前か、そう設定したのは私だからね……二人には紹介するまでもないがゲームの一環としては呼ばない訳にもいかないか。真岡八尋まおか やちかだ」

「まさかお母さんがゲームの相手だなんて……ねえお母さん! 私! 

藍だよ」

 必死に語りかける藍だが八尋には聞こえていないのか、まるでマネキン

人形のように静かに立ち尽くしている。

『おい時尾! 八尋さんに何をしたんだ! 藍は聞き逃したかもしれないが俺ははっきり聞いたぞ! 設定ってなんだよ!』 

「おっと、質問はゲームが終わってからにしてもらえるかな? まずはそこに座ってくれ」 

 時尾はいつの間にか用意された椅子に誘導し亘は怪しみながらも

席に着き、八尋も静かに腰を下ろす。 

「それではゲームを始めようと思うが、ここはシンプルにババ抜きでも

やろうか? どうかな振場君」

『俺は別に構わねえが……八尋さんはちゃんとやれるのか?』

 亘は八尋に尋ねると静かに首を縦に振りゲームが始まるのを只静かに

待っている。

(さて、果たしてちゃんとしたゲームになるのかな……もしかしたら開始直後にも……)

『あの野郎、絶対何か企んでやがるな……そういや藍は八尋さんとは

最近どうなんだ?』 

「うん……最近は全然家にも全然帰って来ないからお父さんもとても心配してたんだけど、まさかこんなとこにいるなんて……」

『まぁ任せとけ、アイツの計画も八尋さんの事も俺が全部なんとかして

やるよ』

 藍を心配させまいと強気の姿勢でゲームに挑む亘。

「それでは始めようか。 ゲームスタート」 

 時尾の合図でカードが配られ不要なカードを二人は捨てていく。 しかしようやくゲームが始まろうとした時八尋の様子が急変した。

『八尋さん? まさか時尾お前!』

「お母さん? どうしたの?」

 慌てる二人に対し唯一冷静な時尾は八尋の急変の様子を見て嬉しそうな

表情で答える。

「ふふ、落ち着いてくれ、と言っても君達には酷な話か。 彼女はもうゲームが出来る状態じゃなくなったんだよ。まぁ死んでいる訳じゃないから安心してくれ……つまりこれは君達の勝ちということだ。 オメデトウ」

 時尾は次々にこちらの思考を崩していく言葉を吐き心無い賛辞を贈る。

『今俺達が勝ったって言ったな? なら今から全部俺達が納得のいくように答えをきかせてもらうぞ!』

 亘は時尾に殴り掛かりたい気持ちを拳を強く握り必死に抑える。

「まず何から話そうか……そうだなまず私がここで何をしていたのか、

そこから話そうか。 ちょっと長くなるけど眠らないで聴いてくれよ」

 時尾はゲームの映像を止めてさっきの箱庭が良く見える位置に俺達を

誘導し亘は八尋の体を部屋の隅のソファーにそっと寝かしつけた。 

「さて、用意もできたし続きを話そうか、できれば質問は後にしてくれると助かる。 途中で話の腰を折られるのは好きじゃないんでね」

「私はそれでいいけど、亘もいい?」

『ああ、分かった』

「よし、じゃあ話そうか。 いきなりだが、私はこの世界の住人ではないんだよ。 詳しい事は言えないがこれも規約に基づいているから詳細は

省くが、別に侵略が目的じゃない。

 ただその箱庭を使って実験をしていただけなんだ。 恐らく振場君は何となく気付いていると思うが君達はあの箱庭の中で生きて生活していた。 

そして振場君、君がその実験のサンプルなんだよ21番目のね」

『21番目……俺が?嘘だろ?』

「亘? しっかりして」

 時尾の話す真実に亘の心は締め付けられ膝を折り倒れ掛かりそうに

なるが、藍の声を聴き何とか踏み止まった。

「全く、話の腰は折らないでくれと前もって言ったのだが、まぁいい……君が信じられないのも無理はない。 では聞こうか、君の両親はどこだ? 子供の頃の記憶は? いつから一人暮らしを始めた? 何か一つでも覚えているかな? そう、君には初めからそんな物は無いんだよ、

 君の身体と君の記憶はこの実験の為に私が予め用意した紛い物だからね」

『……だよ、何だよ……そのB級SF……みたいな設定は……よ』

「亘……そんな……」

 時尾は次々と二人を追い詰める事実を突き付け得意そうにしながら話を

続ける。

「流石に辛そうだね、でも私の話はここからが本番なんだ、遠慮なく

行くよ! これは君達が望んだ答えだからね。 私はこの世界まで

やってきてこの箱庭を作り、ある物質を投与したサンプルをそこに放った。その物質は運……いや幸運と言うべきかな。 

本来運や幸運などと言ったものは人の思い込みのようなものだ。 だがもしそれを視認し、物質と言う概念を与える事が出来たらどうだと……そこで

 私はあるウィルスを精製しそれを記憶と共に被検体に流し込む事で運と呼ぶべき物質をその被検体の視覚を通して見る事が可能となったんだよ。 しかしどの被検体も中々馴染まずに20体ほど無駄にしたよ。 ちなみにその失敗作の一つがそこで寝ている女だ。 

私は次の実験で成果を得られなければ実験を中止しこの世界を去ろうと

したが、21番目である振場君、君は見事にその役目を果たしてくれた。 

見たまえあの映像を!」

 時尾は端末を弄り亘達にある映像を見せた。 そこには見覚えのある映像が

映っていた。

『あれ、この映像は……ここか?』

「うん、多分そうみたい。 あれは亘が見ている視界を映した映像って事かな? ん? あれ何だろ?」

 藍は映像に揺らめく波のような靄がいくつも亘を中心に渦巻いているのを

発見する。

「そう! それこそが運だよ。 アレを見た時私は胸が躍ったよ。 だがこの程度ではまだ実験結果としては弱いと考えた私は更なる実験を始めた。 それは運であらゆる事象を制する事はできないかというものだ。 そうして私は今回のゲームの開催を計画し、21番目の検体である君をゲームが好きな性格に調整しある細工をしてから箱庭に放ち、観察を始めた。

 何も知らず目覚めた君はまんまとゲームを始め、様々な相手を負かし、ついにはここまでやってきた。 この結果は私が思い描いた以上の結果を出してくれたよ。 君にはいくら礼を言っても足りないくらいだ」

 『思い描いた以上の結果? 何の事だ? あと俺にはお前の言う運なんて見えないぞ? ほんとはでまかせなんだろ?』 

「ああ、それはね、君にはちょっとした秘密があってね……君の身体は磁石のように相手の運を吸い取るようになっているんだよ。 それが箱庭に放つ前にした細工だ。そのおかげで相手によっては勝手に自滅したりするのもいたはずだ。そこの女も含めてね。 つまりは君はゲームの腕なんてものは無く

只運が良かっただけだ。……そう、君は相手の運を自分の物にできるんだよ、それとね君の目にはちょっとした細工をしてあってね、あの井笠と言う男が使ってたスキルを覚えているかな? アレを君の目に落とし込んであったんだよ、ゲームに影響しない程度に浸透率は抑えてはあるがね」

『そんなの俺は知らない! 俺は自分の意志でここまでやってきたんだ! 俺は運じゃなく俺自身の力であんたをぶっ倒す! それでお前の計画も終わりだ!  

「ほう、これだけの事実を突き付けられてもまだそんな口を叩けるとはね……そうだなぁ~今はこの結果を………に届けなければ行けないから無理だが君のその呆れ返る程の闘志に免じて君の好きなゲームをしよう」

『ゲーム? あんたゲームは苦手って、それに今なんて言ったんだ?よく聞こえなかった』

「何、簡単なものだ。 ちょっとしたかくれんぼだよ、 ルールは簡単。 

この次元のどこかにいる私を見つける事……少ししたら君の近くに

別の世界への穴が開くから そこに飛び込むといい。 

それと君が聞き取れなかった言葉は今の君に言っても理解はできないだろうから、忘れた方が身の為だよ…… それじゃ君の幸運を祈っているよ」

 それだけ言い残すと時尾の姿は消え部屋の中に海や森、ビル群など様々な風景が混じった球体が現れた。

『これが奴の言ってた穴ってやつか……なあ藍』

「それ以上は言わなくていいよ亘、私最後まで付きあうから……行こうよ! 時尾のやつ絶対見つけなきゃね!」

 時尾のぶちまけた真実は二人の心に大きな傷を残し痛み続ける……しかし二人はそんな痛みを癒すべく次元の彼方に消えた仇敵を探す為、別次元の入り口である

球体に触れる。 

 その瞬間亘の姿は消え今頃はどこかの世界で手掛かりを探すがてらゲームを

楽しんでいるのかもしれない。


 ***

 ここではない何処かの世界である噂が実しやかに囁かれている。それは人のようで人ではない小人の女が入った薄い板を携えたゲームが好きなある男の噂を……

「ねぇ亘! あの人あいつに似てない?」

『そうかぁ? まぁ物は試しだ 何せ俺は運が良いらしいからな! なあ、あんたゲームは好きかい?』 

 

 LUCK EATER 完









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LUCK EATER @akadama

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