第6話

 遅刻するなよ、と言われたわけだけど。

 言われたとおり、遅刻はしなかった――学校へ行かなかったから。

 タツヤへの恋心を思い出してしまってから、昨日の昼休みの出来事がチラついて、とてもじゃないが学校へ行くような気分になれなかった。

(気分じゃないから休んだ、なんて言ったら、タツヤに叱られるかなぁ)

 どうだろう。叱らないかもしれない。


 タツヤは、あの日から――アタシが、自分なんか生まれてこなければよかったと言ったあの日から、怒ることはもちろん、叱ることすら滅多にしなくなった。命に関わるようなこと、危ないこと、自分を大切にしないようなこと、法に触れるようなこと……そういうこと以外には。

 小さい頃は、もうちょっと叱られてたと思う。宿題をちゃんとしなさいとか、そういうことで。

 でも、あの日の後は……そういったことでは、叱られなくなった。

 見捨てられたわけではないと思う。甘やかしではあるだろうけれど。

 叱る代わりに「どんな結果になるかは、ちゃんと考えるんだぞ?」――そう、注意だけはしてくれて、あとはただアタシがすることを受け入れて、見守ってくれていた。

 だからアタシは、自主的に学校も宿題もがんばった。

 サボりたいとか思ったことも当然あったけれど、自分の夢を諦めてアタシを育ててくれたタツヤが――毎日クタクタになるまで働き、家事までこなしながら、更に今度は『自分の夢を叶えるため』に動き出したから。

 そしてその努力は、今年の春、こうして実を結んだ。

(そんなタツヤをずっと見てたもん……)

 いつだってアタシを優先して、自分のことは二の次にして生きてきたタツヤが、自分の夢を叶えた。

 タツヤも、少しずつ『自分の人生』を再び歩み始めている。

 そうなると、普通に考えたら次は――恋愛、結婚、だろうか。

(……恋人とか、今までいたこと、ないのかな)

 アタシのことを好きだ好きだとずっと言っているけど、それが本気だとは思えない。というか、その好きは家族としてのもので――アタシは、恋愛対象ではないのだと思う。

 胸の奥が痛くてしかたがないけれど、でもいつかはタツヤも――

(もし、もしそれが……安野センパイだったら……)

 ――そんなのは、絶対にイヤだった。

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