第4話
ずっと一緒だった。
産まれてすぐにひとりぼっちになった、アタシのそばに、タツヤはずっといてくれた。
親のように。兄弟のように。
――保育園の頃のアタシが泣いてる。
いつも、バイトへ行く前のタツヤと手をつないで、一緒に保育園に行ってた。
保育園がイヤで、イヤで――でも、休んだらタツヤが仕事に行けないから、保育園に行かなきゃ、それがアタシの仕事なんだって――頑張って保育園の前まで来たけど、我慢ができなくなって泣いちゃった、小さいアタシ。
「マキ、どうしたんだ?」
驚くタツヤと保育士の先生。
小さいアタシの顔をのぞき込んできたタツヤの、心配そうな表情に涙が止まらなかった。
自分の不甲斐なさが悔しくて悔しくて、でも小さな自分にはそんな感情が何なのかがわからなくて、余計に涙が溢れた。
「マキ。……マキちゃん。ゆっくりでいいから、どうしたのか、たぁちゃんに教えて?」
しゃがんで目線を合わせて、しゃくりあげているアタシの言葉を辛抱強く待ってくれている、優しい微笑み。
「……ほいく、え、……ヤダ……」
しばらくして、何とか言葉を絞り出す。
「××く、ん、マキ、いじ、め、ッ……ぅ、わあぁ~~~ん!!」
声に出したことで、胸の中の悲しみがまた大きく膨らみ、ついには破裂してしまった。
溢れる気持ちが止められなくてどうしようもなくて、泣きじゃくる。
「なんだ、××くんのことかぁ」
そんなアタシを見て、クスクスと笑う、今じゃもう顔も思い出せない若い女の先生。
「何かあったんですか?」
「大したことじゃないんですよ。××くん、マキちゃんのことが好きみたいで。ほら、小さい子にはよくあるでしょう、好きな子につい冷たくしたり意地悪しちゃうって」
泣き続けるアタシを抱きしめてくれているタツヤにそう説明した先生は、アタシに向かってこんなことを言い放った。
「××くんは別に、マキちゃんが嫌いでいじめてるわけじゃないんだよ。ね、だからそんなに気にしちゃダメ」
――アタシがこんなにイヤだと思ってることは、先生から見たら大したことじゃないんだ、と――とても絶望的な気持ちになった。
大人には、アタシの苦しみはわからないんだ、って。
それが余計に悲しくて、まるで世界でひとりぼっちになっちゃったんじゃないかってくらい、怖かったことを覚えてる。
でも。
「マキちゃん」
しっかりとアタシの目を見たタツヤは、とても真剣な表情をしていた。
「保育園、お休みする?」
「……!」
「えっ、ちょっと矢野さん……」
驚いて、少しだけ涙が止まった。
「マキちゃんがお休みしたいなら、いいよ。お休みしちゃおうよ」
まだしゃくりあげているアタシの頭を優しく撫でながら、タツヤは続けた。
「意地悪されるのはイヤだよな。保育園行くの、イヤになっちゃって当然だ。もし俺が同じように意地悪されたら、絶対行きたくなくなるよ」
うんうん、とうなずいたタツヤは軽い調子で続ける。
「だから、マキちゃんがお休みしたいなら、たぁちゃんとお家に帰ろう」
「でもっ、……マキ、が、おうち、いたらっ……たぁちゃん、おしごと……」
未だ落ち着かない呼吸の中で、つっかえながらも何とか喋る。自分が、タツヤの邪魔になるのがイヤだった。
これ以上迷惑を、面倒をかけたくないって、何も知らないながらも――幼いながらも、拙いながらも――考えて、頑張ってた。
だから。
「大丈夫、お仕事は何とかするから。ずっと我慢してたの、気づいてあげられなくてごめんな。つらかったよな……もう、我慢しなくていいんだよ」
――あぁ、そうだ。
この言葉を聞いて、この微笑みを見て。
アタシは、初めて『恋』を知ったんだ。
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