第3話
昼休みを告げる鐘が鳴った。
タツヤの作った弁当を持って、教室を出た途端……見たくもないものが目に飛び込んできた。
「ねぇねぇ先生~、私らと一緒にご飯食べようよぉ~」
「ワタシ達とだよねぇ?」
「あー、いや……仕事あるし、職員室で……」
女子集団に囲まれ、困ったように曖昧に笑うタツヤ。
あ、目が合った。そんな助けを求めるような目を向けられても、アタシには何もできないから。
そう思って目を逸らし、自販機へ飲み物を買いに行こうとすると――
「あ、おい、マ――柏! ちょっと!」
名前を呼ぶな。巻き込むな。
「……ごめんな、あの生徒に用があるから。それじゃあ」
そんな嘘をつき人混みから離脱して、アタシの横に並んで歩く。
「いやー、助かった」
「馴れ馴れしくしないでください、矢野先生」
「わかってるって」
わかってなさそうなタツヤに腹が立つ。
「お詫びに飲み物おごるからさ。な」
「…………」
無視して、視界の中に入ってきた自販機へ向かって歩みを進めようとした時、自販機へとタツヤが駆け寄った。
「ほら」
飲み物を買うと戻ってきて、笑顔で差し出してくる――それも、アタシが好きでよく買ってるやつを。
こういう、的確にアタシの好みを把握してるとこも、ちょっとムカつく。
無言のまま、引ったくるように受け取ってきびすを返す。さすがにこれ以上はついてこない。
アイツの表情は見えないけど……浮かべてるであろうその表情は、簡単にアタシの脳裏にも浮かんだ。
それから数分。アタシはまだ今日の昼食をとる場所が決まらず、フラフラしていた。天気がいいせいなのか、そこら中に人がいる。
階段の踊り場にあぐらをかいて座ってる生徒達まで――女子校だからと油断をしているのか、それとも、この人達はどこへ行ってもそうなのかは、わからないけど。パンツ、見えてる。
(だるいなぁ)
人のいない場所を探して歩いて、体育館裏へさしかかると――
「矢野せんせぇ♡」
知ってる名前を、呼ぶ声が聞こえた。
ウチの学校に『矢野先生』は一人しかいない。
何事かと思って、建物の陰からこっそりと声のした方をのぞき見る。
(あれは……安野ノゾミ?)
校外にファンクラブまであるという噂の(あくまで噂)、外見偏差値が異常に高いと評判のウチの学校の中でも特に可愛いと人気のある最上級生。
噂では(あくまでも噂)、近くの学校の運動部のエースはだいたい食われてるだとか、超秀才学校のイケメン生徒会長と付き合ってるだとか、お金持ちの『パパ』が何人もいるとか――入学してすぐ若い男の先生を誘惑して、それがバレたその教師は学校を辞めざるを得なくなった、なんて話もあった。
あくまでも噂、だけど。
(……まさか、ね)
タツヤに限って、そんなことにならないとは思うけど――。
「来てくれて嬉しい♡」
うわ、ブリっ娘ウザッ。語尾にハート付けんな。
「私、先生が来てくれないんじゃないかって、不安で不安で……」
「まぁ、手を引っ張って連れてこられたら、来ないことは無いと思うけどな?」
聞こえてきた声は、やっぱりタツヤの声だった。アタシの位置からだとタツヤは見えないけど、聞き間違えるはずがない。
十五年間、毎日聞き続けてきた声。
っていうか、手を引っ張ってきたのかよ。
「それで、人のいないところじゃないとできない相談って?」
「私、実は……」
先輩は視線を地面へ落とすと、声のトーンを少し落として続ける。
「いろんな人に、モテるとか人気者とかって思われてるんですけど……」
自分で言うな。
「ホントはそんなことなくて、信じられるような友達とか……頼れる恋人とかもいなくて……」
だんだんと小さく弱々しくなっていく声。でも、その響きには、はっきりとした媚びが含まれている。
なるほどね、こういう嘘で男を釣るんだ、この人は。釣れちゃうのが不思議。
アタシには正直、このブリっ娘の何が可愛いのかわからないけど、男にはこういうのが可愛く見えるんだろうか――タツヤ、にも。
「だから、心から信じて頼れるような存在とか、いたらいいな、って……私……」
どうでもいいけど『とか』多いな。
「うーん、そっか……そっか」
深刻そうな声が聞こえてきた。タツヤってば、まさかこんなの信じてないよね。
「先生でよければ、こうして話聞くくらいはしてやれるからさ。元気出せって」
いや、信じてるなこれ。マジかよ、あの純情バカ。
「本当ですか!?」
先ほどまでとは一転、まるで一変して「きゃー、やったー!」などとハシャいでいる安野センパイ。
「ねぇねぇ、せんせ、それじゃあ――」
「おっと、悪い。昼休み中にやらなきゃいけない仕事があるから、続きがあるならまた今度な」
センパイの出鼻をくじく、タイミングも相手の反応にも構わず空気など読まず、話を切り上げようとするタツヤ。いつもイラッとさせられるマイペースさだけど、今はグッジョブって言っといてあげる。
「え~、もっとせんせとお話ししてたぁ~い」
「ごめんな。それじゃ」
ブーブー言うセンパイをその場に残して、多分あっさりとその場からいなくなったであろうタツヤ。不満そうにブツブツ言ってるセンパイの独り言を聞いて、ちょっと胸がスッとした。
けど――、
「ぜーったい、私の虜にしちゃうんだから」
そう呟いたセンパイの言葉を聞いて、そんな気分もすぐに吹き飛んだ。
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