第四話 本物の彼


 キィィィンッ!

 刃物が刃物を弾く音がした。

 音を響かせたのは、攻撃が弾かれて蹈鞴たたらを踏むヴィランと、攻撃を弾いて残心する見知らぬ男性。

 黒色を青色寄りに塗り替えたような服に身を包み、爽やかな紫色の剣を得物とし、白髪で顔は整っているその男性。いわゆるイケメン。

 彼は誰であろうか。いや、ホントはもうわかっている。わかってはいるのだが……。


 突如としてジョナスさんとヴィランの間に入り込んだヒト

 その人に対し、いくら待っても来ない攻撃にたまらず目を開けたであろうジョナスさんは驚愕きょうがくした。

 その光景を不思議に思うエクス達。

 いくらなんでも驚きすぎやしないか、と。

 状況を素早く判断できる彼ら。彼らには意外だった。ジョナスが驚愕したことが。

 当事者たちのそばに落ちている濃紫色をしたフード。

 そのフードを加味して光景を見ればおのずから導き出される答え。

 それは───王子が家臣を守った図。

 であるはずなのだが………

「…だ、誰だ……、キミは?」

ジョナスさんが、その男性に誰何した…!?

「!? ちょ、何言ってるんですか? 王子さんじゃないんですか……?」

 ジョナスさんなら、王子がフードを被っていない姿を見たことがありそうなものだ。

 そう思ったのだが、どうやら違うようだ。

 ならば、彼は一体誰……?

「…もしかして、王子に成り替わっていた?」

 誰からともなく呟き、その場にいる皆が彼を見つめた。

「仕方ないな。ここらが潮時だったということだろう。

 ……そうだ、俺はこの国の王子ではない。俺の名はサヴァン・ギール。少しばかり調査をしていてな。そのついでに王子の立場に潜っていた。

 ……あぁ、そのフードか? それは相手の認識を変える道具らしい。自分の身体能力は低下するがな。これで俺を王子だと、俺の部下を城の兵士だと誤認させたってわけさ。──ある魔女から奪った物だ。」

「ど、どうしてこうも潔く自白を…?」

 とシェインが尋ねる。

「ん? バレちまうのは時間の問題だし、こいつ、ジョナスの命を助けないとここは崩壊するだろうから助けなきゃならないしな。第一、俺は問い質されるのが嫌いなんだよ。

 ……知ってるか? ここは、こいつの想区。俺が来たり、何故かヴィランが発生したせいで元の想区ものとは大分違いはあるがな。」

 そう言ってジョナスさんを指さすサヴァン。ジョナスさんは未だ状況を把握しきれておらず、さらに愕然としている。顎が外れそうなくらい口を開けて。

 とりあえず、ジョナスさんの身体は無事なことは分かった。精神の方はひどく乱れているのだろうが。頑張って理解しようとしているが追いつけていないのが窺える。

「じゃあ…………………、カオステラーじゃない?」

 レイナが呟いた。

 ここで疑問に思うことが二つある。

 この男、サヴァン・ギールとは何者なのか。

 その男がカオステラーでないのなら、ヴィランが発生した原因は何なのか。

 この二つだ。

 いや、もう一つあった。それは………

 三つ目の疑問は、エクスの思考に先立って、混乱から回復しつつあるジョナスによってもたらされた。

「お、王子をどこにやった…?」

 そう、王子の所在及び安全である。

 王子とすり替わっていたサヴァンなら、王子のことも知っているだろうことは明白だ。

「フン、王子なら、…………いや、こういう場合は、悪者側はこう言うのが適切かな?

  知りたければ、俺を倒してみろ。」

 サヴァンはエクスたちから距離をとり、抜いていた剣を正眼に構えた。

 その眼差しは、先程のおちゃらけたものとうってかわって真剣で、話し合う余地を感じさせない気迫を放っていた。

 向こうからかかってくることはなさそうだが、倒さなければならないことには変わりない。

 さらに加えて、一時城門から退いていたヴィランがまた戻ってきた。敵対心を顕わにしているエクスたち五人を襲うために、だ。

 しかし、サヴァンには目もくれなかった。むしろ共闘する、まであるかもしれない。

 ヴィランに敵対するエクスたち、その彼等に敵するサヴァン。敵の敵は味方というやつだ。但し、ヴィランにそのような思考があるか定かではないが。

 とにかく、倒すべき相手が二種類に増え、味方は味方で一人減ったのだから辟易へきえきするというものだ。

「「「「……」」」」

 コクン

 辟易するとはいっても、戦闘中であったため、即座に気持ちを切り替えて周りに目を光らせ始める。その途中、エクスたちの視線が絡み合う。その数瞬に目で会話を済ませ、己がやるべきことに移った。

 当座の目的はこの場を乗り切ることだ。あわよくば王子の居場所等々を聞き出せればいいが、まずはこの状況から脱しなければ。

 ジョナスさんの忠臣ぶりを知っているだろうサヴァンのことだから、王子を無下に扱ってヘイトが自分に向くようなことはしないだろう。

 そう考えたエクスは、優先順位を〈乗り切る〉ことからつけたのだ。

 周りを見回し。呆然自失しているジョナスさんに気を遣りつつ。ヴィランの攻撃をしのぎ始める。

 その様は、さながら主を守る臣下のよう。臣下を臣下が守るとは皮肉なものだが、その守られている臣下は想区の主役(サヴァン曰く)。守られるべくして守られているといえよう。


 右手から来た攻撃を弾き、左手から迫る攻撃をかわして懐に入り、横ぎに切り裂いて左側を倒し、体勢を立て直した右の攻撃を逸らして出来た隙を穿うがち。ジョナスの方へ向かおうとした敵の進路を阻み。

 エクスがここまで動いたところで、サヴァンが動き始めた。

 エクスを回り込む形で動き出したサヴァン。

 ヴィランの対応をしているレイナ、タオ、シェイン。

 そちらを一瞥いちべつし、サヴァンの後を追うエクス。エクスはそのまま一撃を繰り出すが、サヴァンの持つ剣に弾かれてしまった。

 しかし、エクスは即座に自らの剣を一瞬だけ手離し、逆手に持ち換えて追撃する。

 これには対応しきれず、サヴァンは腹部に浅い傷を負った。致命傷、もとい倒すまでには至らなかったが、傷によって動きは格段ににぶるはずだ。現にサヴァンは腹を気にしていて、追撃を続けるエクスとの剣戟けんげきにいまいち集中できていない。

 その内に、ヴィランを一掃したレイナ達も加勢し、四方を囲まれたサヴァンはいずれかの者から浴びせられた後方からの攻撃に遂に地に伏した。


 約束は守るタイプだと言ったサヴァンは、息を整えてから話し始めた。

「……とりあえず、王子は無事だ。ジョン………ジョナスが、ん、いや、何でもない。

 今現在、王子はあの王城の尖塔の一つにいる。軟禁しているわけだが、その鍵は私室の机の引き出しに入っている。なんてったって、俺が食事を持っていかなきゃならなかったからな。あの王子にも認識阻害を掛けていたから、存在を知っているのは俺一人だけも同然だったしよ。

 けど、定期的に飯は持っていってやったんだから、誉めてくれてもいいんだぜ。」

 目を閉じたサヴァンの話は、いかにもと得心がいくものだった。

 だがしかし、疑問符を浮かべる事柄はまだ残っている。

 すなわち、カオステラーは一体誰なのか、ということだ。

 この疑問は、いつの間にか目を開き空を仰いでいたサヴァンの推察によって払拭ふっしょくされた。

「エクスといったか。まだわかんねぇって顔してるな。おおかた、ヴィラン発生の原因だろう? ……そうだな。これは俺の見立てなんだが、──さっきまでここにいやつがカオステラーだと思う。」

 ? この場に来た人は全員ここに残ってるはずだけど……


 周りを見渡してみて気付いた。

 この場にいるべき人物、この想区の住人──────ジョナスがいないことに。

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