第三話 違和感の正体


 無事に戦闘を切り抜けた後、彼らを王城まで案内していた。

 道中、何度かヴィランが数匹出てきたが、見つけ次第、見つけた人が倒していた。

 町に入ってからはそれもなくなり、とりとめのない話をしながら城まで歩く。とりとめがあるとしたら、この世のことだということだろう。


 想区。

 曰く、ストーリーテラー──想区の統治者、全知全能の存在──が、童話などの物語をもとにつくられ。そこに住む人間ごとに〈配役〉が与えられている。想区は複数あり、様々な種類があるそうだ。

 運命の書。

 曰く、想区の住人が持つ本で、生涯の運命がストーリーテラーによって書かれている。一人一人の〈配役〉に沿った運命が記され、これに合わせて物語が紡がれていく。

 ヴィラン。

 曰く、カオステラーのしもべ。カオステラーと同様にその想区に混沌を生み出し、想区を崩壊に導く生物。基本的に意思は持たず、カオステラーによって書きかえられた『運命の書』の記述に従う。

 想区と想区。

 曰く、その間には霧が存在し、これによって想区ごとが分けへだてられているらしい。らしい、というのは、この霧が何物も感じさせない虚無の空間という矛盾の上に成り立っているからだそうだ。私にもよく分からなかった。

 調律。

 曰く、まじないを唱え、想区やカオステラーを元ある姿に戻すことを指す。カオステラーが健在な場合、調律化を抵抗されるため、無力化しておくことが望ましい。『調律』されると、その想区の人々はカオステラー及びヴィランが現れてからの記憶が消え、カオステラーが存在した事も忘れられる。まるで時間がさかのぼったようになり、崩壊が起こらない、良い運命を歩むことになる。ただし、死は戻すことができず、カオステラーがいた時に死にった人物は戻ることができない。また、『調律』できる女性を 調律の巫女 と呼び、レイナさんがこれにあたる。



「…ということですね。」

「はい。そうなりなすね。」

「そんな大層なことではないけど、そういうことね。」

「お、俺もそういうことだと思ったぞ。」

「タオ兄。無理しなくていいですよ。そもそも、タオ兄は既に知っているべきです。」

「……」

「ま、まぁまぁ。城はもうすぐそこですから。タオさんもそんなにジト目なんてしないで。

 …そういえば、城に着いてからのことなのですが、皆さん他の想区からいらしたようですので、基本的に私が皆さんの事などを話します。私が連れて城に入るとはいえ、王子の前ということに変わりありません。この地の礼儀作法などがわからないと思いますから。無礼を承知で、皆さんにはあまり喋ってはいただけません。行動につきましては、私がその都度指示をさせていただきます。どうかご了承くださいませ。」

 ジョナスさんは急に腰を低くしたように丁寧な口調を入り交ぜて話し始めた。

 もともと気品のある、丁寧な話し方をしていたが、今はより一層丁寧になった。さっきまでは僕たちは戦仲間、同僚としての目線で見られていたのだろう。今は仕事モード、王城モードに切り替わりつつある。

 あまり変わった感じはしないが、どこか他人行儀になったような気もする。

「それはいいんだけど、理不尽なこととか言われたら言い返すぐらいはするわよ? 一応交渉するために案内してもらってるわけだし、勝手にそっちだけで都合の良いように話を進められたら、こっちだって困るし、あなたたちだって困るのよ?」

 レイナは少し違ったようで、もう既にこの時点で交渉し始めていた。けれど、レイナが言っていることは確かに重要なことなので、僕としてはありがたい。


 こうして、交渉まがいに見える会話をしている内に、王城の門の前まで来た。

 門には衛兵二人が構えていて、誰何すいかされた。ここは事を起こしても無意味なので、ジョナスさんに託しておこう。

 いや、王様に早くまみえることができるという点では無意味ではないかもしれないが。

 とにかく、有利に事を運んでおきたいので、余計な事は喋らずに黙っておく。

「私は王子直属教導師団の長、ジョナスであります。お通しください。」

「何かご身分を証明できるものは?」

「これでどうです?」

 ジョナスさんはそう言って、首にかかっていたペンダントを取り出した。小さな円形のペンダントで、金色の五角形があしらってある。その内側には、頂点を同じくして星が一つあり、またその内側にも星が描かれている。

 いわゆる王紋というものだろう。

 そういったペンダントを取り出したのだが、

「それでは本人証明はできません。何か他の物、できれば本人特有の物をお出しください。」

 入城を断られてしまった。

「なっ! いつもはこれで入っているというのに、何故入れさせてもらえない! おかしいだろう! それなら、王城にいる比較的偉い奴を呼んでくれ。そやつなら私を知っているだろうからな。」

「いえ。持ち場を離れることはできません。」

「本人確認のためだろう!」

 どうしてだか、融通がきかない人にあたってしまったようだ。


 入城をどうしようかまごつき、途方に暮れ始めた頃に城の庭の方からこちらへ向かってくる人影が見えた。

 彼はフードを被っていた。頭を覆い隠す、くるぶしまで伸びる濃紫色のフードだ。身長は成人男性の平均程で、肩もがっしりしているから男だとわかる。

「…ジョン? あぁそうだ、ジョンじゃないか! 今帰ってきたところか?」

「! 王子! はい、ただいま戻った次第です。ですが、王子は何故外に? このご時世ですから、外に出るのは危ないとあれほど…!」

「違うのだ。散歩をしていただけだ。それに、城門より外には出ていない。」

「そういう問題ではありません! いつどこであの化物が現れるかわからないのですよ!」

「無事だったからよかったではないか。」

 親子げんかじみた会話をして登場したのは、この城の王子らしい。

 王子の直下というよりも、親しいようにみえる。いつもは一緒にいる時間が長いんだと思う。

 そんな人をヴィランと戦わせるなんて、よほど危急の事態だったのだろうか。

「…それで、そちらの者は?」

 彼らの話がこちらに向けられたので、ジョナスさんにしたように挨拶をしておく。

 王子の前だのに、僕以外の三人は特に気を遣った風もなく、怒られやしないかと見ていて冷や冷やした。

 当の王子は気にしていなかったが。

 そして中へ、ジョナスさんと僕たち四人を連れて謝罪しながら入っていった。

「先程はどうもすまんな。彼らはまだ新兵でな。ジョンたちが出張でばっていたというのもあるし、何より私と同時期に着い……就いた奴らだから城門に配置したのだよ。私からは言い含めておくから、許してやってくれ。」

 ──? なんで言い直したんだろう? 別に何も間違っていなかったように聞こえたけど……。まぁそんな時もあるよね。

「そうですね。しっかり言い含めてもらわないと。ただでさえ人手が足りないのに、私が指導にかかりっきりといのも…」

「待て、ジョン。人手が足りないとは、まさか……」

「…っ、はい…。あの化物の郡は討伐完了しましたが、私以外の全員が殺されたと思われます。」

「そうか。ご苦労だった。」

 ジョナスさんは一瞬悲しげな表情を浮かべたが、報告のため取り繕い事務的に話した。

 対して王子も事務的に応対していた。

 しかし、事務とはいえ死んだ人をあわれむような心が殆ど現れないことに引っかかった。

 ──ジョナスさんのような臣下がいたと思うが、それならもう少し悲しんでも………いやいや、きっと王子だから内面を極力見せないようにしているんだろう。こんなことを言ったりでもしたら王子が怒ってしまうかもしれないし、そう思っておこう。きっとそうだ。うん。

「…では、彼らはジョンの命の恩人というわけだな。ならばもてなしをしなければばちが当たるというものだ。彼らにゆっくり寛いでいってもらおうか。」

 僕が彼らの話に気に掛かっている間に、ジョナスさんは事の経緯を話していたみたいだ。

「いえ。それはそうなのですが、彼らには事情がありましてすぐにでも動かなければいけないようです。ここへはそのことで質問というか、要望をしに来たのです。」

「そうか……。申してみよ。」

「はっ。彼らは、…」

「違う。ジョンではなく彼ら自身に聞いているのだ。」

「はっ。失礼致しました。」

「では私、レイナが答えさせていただきます、王子よ。」

「そんなにかしこまらなくてもよいぞ。」

「王子がそう言うのなら。…えっと、一つは、最近何かおかしいところは見ていないか、感じていないかということ。もう一つは、先の質問次第だけど、ある程度自由に動かせてはもらえないかということ。ここに、この国に危機が迫っているようなのでそれを助けるために要望? します。」

「……ふむ。前者はさっぱりだが、後者は君たちの身柄を保証しよう。だが危機とは…、あの化物どもと何か関係が?」

「えぇ。その化物は………………」

 それから、ジョナスさんに説明したことを再度王子に説明し、僕たちの行動も共に了承を得た。

 話の分かる人でよかった。

 ──けど、フードを脱がないのは何故だろう? 部外者には顔を見せたくないとかかな?


 説明し終えてからしばらくして、王子は顎に手をあてて考え事をしていたのだが。

「はぁッッ!」

 腰に挿した剣をすらりと抜き、こちらへと吶喊とっかんしてきた。

 不意のことで反応できずにいたが、当の王子は僕たちを通り過ぎ、入り口のところに斬りかかった。

 そこにいたのは、一体のヴィラン。

 エクスたち五人は気付かなかったが、上座にいた王子だけが唯一入り口の方を見ることができ、ヴィランに気付いたのだ。

「これがヴィランか。」

「あ、ありがとうございます。」

「エクスといったか? 別によい。不意をつかれるよりましだ。」

 そのあなたに不意をつかれたんですがね。

「…それはそうと、あれらもヴィランなのか?」

 そういって王子が指さしたのは、窓。

 嫌な予感がして窓の一つに駆けつけ見下ろしたのだが────嫌な予感が的中した。

 街中で暴れているヴィラン。

 逃げ惑う人々。

 これは危険だと確信し、皆で頷き合って外へ飛び出した。


 城の門を出るや否や、皆散り散りにヴィランへと向かった。各個撃破というやつだ。

 それでも、他の人とそう遠くない距離を保ち、いざというときにフォローし合える位置にはいた。

 今回のヴィラン襲来は、統率というかまとまりが一切なく、ばらばらにやって来ていたため、容易に倒すことができた。

 しかし、油断は禁物だ。

 あろうことか、ジョナスさんが敵の深くへと踏み込みすぎてしまった。

 360°全方位など見れるわけもなく、ジョナスさんは後方から来た攻撃に対応できず体勢を崩し、横合いからの攻撃、それもピンポイントに首元を狙った一撃を受けざるを得ない状況におちいってしまった。

 首に攻撃が届こうかというその直前─────

「チィッ、仕方ない……!」

 濃紫色のフードが宙に舞った。

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