第二話 やってくる現状


「どうしたの? すっごいひどい顔色をしてるけど。」

 レイナの言う通り、何やら考え事をしていた槍の人は、近付いてきた僕たちに気付かず黙りこくったままその場に突っ立っていた。段々と顔色も青白くなっていき、このまま失血死でもするんじゃないかという勢いになりそうだったので、レイナが声を掛けたという訳だ。

 レイナは戦闘に入る前にも話していたようなので大丈夫だろう。

「…っ、あぁ、レイナさんですか。すみません、少し考え事をしてたもので。」

 それでもレイナだけはまだ心配なのか、俯き気味な彼の顔を今なお覗きこんでいる。

「えぇっと……、私の名はジョナスと申します。お三方の名前を伺ってもよろしいでしょうか。」

 レイナを心配させまいと慌てて話題を変えた槍の人は、改めジョナスさんに僕も乗っておくことにしよう。

「初めまして、ジョナスさん。僕はエクスといいます。とりあえずジョナスさんが無事で良かったです。」

 言ったはいいものの、ジョナスさんが複雑な表情を浮かべてしまったため、口を滑らせたと居心地が悪くなってしまった。

 けど、シェイン達が続いてくれたから一安心かな。安心できるほどじゃないのかもしれないけど。

「どうもです、シェインです。以後お見知りおきを。」

「タオだ。よろしくな、ジョナスの旦那。」

「エクスさん、それとシェインさんにタオさんですね。此度はお助け頂きありがとうございます。」

「いえ。あのヴィラン──化物は僕たちにとっても敵ですから。」

「まぁ、いきなり攻撃されてビビっ……、腹も立ったからな。」

「えっ。あの……?」

「…」「…」「…」

 タオの言葉に、ジョナスさんを始めとして四人全員が唖然とした。

 僕たちが襲われたわけじゃないんだけど…

 タオには悪いが、言わぬが華だ。

 話を変えよう。

「…と、ところで、最近何か変わったことはありませんでしたか? ヴィランが出現する理由として考えられます。些細なことでも何か関係があるかもしれないので、思い出してみてください。」

「そうね。カオステラーがいるようなら、カオステラーを倒さないといけないわね。」

「カオス……テラー? ストーリーテラーは存じていますが、カオスとは?」

「元は同じよ。この世界──私たちは想区と呼んでいるのだけど、端的たんてきに言えば、ストーリーテラーを想区を創る存在とするなら、想区を壊す存在がカオステラー。『運命の書』は持ってるわよね?」

「はい。これを与えたもうたのがストーリーテラーだとか。」

「そうね。人々に『書』を与え、想区内で物語を繰り返しつむがせる統治者よ。…対してカオステラーは、その想区の主役、またはその関係者に憑依ひょういして、誰かにとって都合の良い物語になるよう働き掛ける者よ。理由やきっかけはいろいろだけど、そのせいで想区が壊れてしまうわ。本来の物語とのから、混沌が生み出されてしまうの。」

「そう…なのですか。

  ふむ。変わったことと言えるのかわかりませんが、最近の王子は、いつもならしないこと等をする時がありまして。突発的なだけならまだ良いのですが、しっかり理論立っていて、抑えるどころか、諭すことすら難しいのです。」

「う〜ん。」

「ですが、カオステラーの判別はつきませんし、ましてや王子に仕える身。王子を疑いたくなどないのです。ですから、私が言い出したことではありますが、他を当たってはもらえませんか?」

「倒すといっても殺すほどじゃないから、一度会ってみるのはどうだろう? 違ったら違ったで良いと思うし、王子様なら、出歩いてて何かわかるかもしれないよ。」

「それもそうね。エクスの言う通り。それに、偉い人と繋がれば動きやすくなるかもしれないし。」

「そういうことでしたら、私が案内させていただきます。」

 これで一応の方針が決まった。

 城に着くまでに怪しい人物がいないか見るのもそうだが、城で許可をとってから動くことになる。許可をとらなくてもいいのだが、見つかった時に面倒なことになるからとった方が具合が良い。

 ただ、気にかかることが一つある。

 さっき戦ったヴィランの多さだ。普通ではない。他の想区でこんなに多く見たのは、ところどころにある深い洞窟くらいか。

 とにかく、近くにカオステラーがいたかもしれない。ジョナスさんはカオステラーじゃないと思うから、周りを警戒していこう。

「…そういえば、城下町の人々は大丈夫なんですか? ヴィランは元々は人間関係で、カオステラーに『運命の書』を書き換えられて変わってしまったものなんです。先程のヴィランの数からかんがみて、城下町の人の大部分がヴィランになってる可能性もある…のです……が…………」

 シェインも同じようなことを思ったようで、ジョナスさんに尋ねていた。

 質問が尻すぼみになっていったのは、ここらの事情をよくわかっていないが為だ。

 これにジョナスさんは、苦汁の表情を浮かべた。

「やはりそうなんですか。」

「やはり?」

「最低でも城下町への被害は少ないと思われますよ。三十体ものヴィランは、外から攻めてきましたから。」

「もっと多かったような…?」

「はい。あなた方が対峙した時にはより多くなりまして。」

「増援が来たんでしょうか?」

「いえ。違います。…私たちが即席の軍をつくり、約二倍の数でヴィランに対応したのですが…。突如彼らがヴィランに変わり始め、そのまま最終的に私一人だけを残して皆ヴィランになり。状況の急激な変化に置いていかれ諦めかけたところだったのですよ。結果は助けて頂き、ご覧の通りです。とても強くて、頼もしかったですよ。」

「確かにだいたい百体とかいたもんな。」

「そうね。あの数のヴィランに物怖じせず真っ先に立ち向かっていくなんて、バカを通り越していっそ清々しいわよ。」

「…お嬢が俺をいつもどう見てるのか分かった気がする。」

「今更ね。」

「今更ですね。」

「今更だね。」

「お前らのそのチームワークの良さは何なんだよ! 発揮する場所違うだろうが!」

「はは。強いけれど親しみやすいというのは良い利点ですね。私の気も晴れるものです。……羨ましい限りですよ。」

「? 何か言ったか?」

「…っ! そうか…」

 確かに最後の言葉はよく聞こえなかったが、途中の言葉で気付いた。僕の自己紹介の時に浮かべた複雑な表情や、シェインの問いに苦汁の表情を見せた理由が。

 きっと、つくられた軍の中には見知った顔がいたのだろう。言外にいつもとは違うと示していたから、様々な職の人が軍にくみしていた。その人たちがヴィランに……。

 知らなかったこととはいえ、ひどいことを言ってしまった。あれだと、他の人はどうでもよかったと捉えられても仕方ない。

 ヴィランの発生原理についてすっかり失念していたこともそうだ。改めて考え直しておかないと。命をないがしろにしてしまいそうな自分が怖い。昔、自分の心を無視してしまっていたこともあるから尚更だ。

「すみませんでした。無意でも不謹慎なことを言ってしまって。」

「いえいえ。知りえなかった事ですから。私の安否を気遣ってくれていたわけですし。悪感情を抱きはせで、感謝しかしないですよ。」

「それでもすみませんでした。」

「まぁまぁ、そんなに沈まなくても。生い先だって長いんですから。楽があれば苦もありますよ。」

「…ありがとうございます。」


「なぁ。悪いんだが、そんなおちおち人生相談もしていられないようだぜ。」

「楽の前に苦を処理しないといけないようです。」

「…ヴィラン!」

「今回は数は少ないみてぇだけどな。」

「なんでもいいわ。さっさと終わらせて、王城に案内してもらうわよ!」

「はいです!」

 遠くに見えるヴィランの一群。ここまでやって来るのにそう時間はかからないだろう。

 あまり多くないヴィランを倒すのは難しくないが、早くカオステラーの手がかりを掴まなければ、どんどんとカオステラーの力が拡大していく。

 一刻も早く阻止して想区の崩壊を防ぎたい。

 五人は時を移さず臨戦態勢をとり、そして、満を持してヴィランと衝突した。


 一気に敵の中心部、懐へと大胆に切り込んでいったのはタオ。

 それを補佐し、ついでに他のヴィランをも巻き込んでタオに追従していくシェイン。

 外から、集団の端からヴィランを倒していくレイナ。

 右から回り込み、慎重に、けれど着実に敵の数を減らして包囲網をせばめる僕ことエクス。

 さらには、奥を見やると、僕と反対に左へ回り込んでそつなく討伐をこなすジョナスさんの姿が。僕らとの連携はこれほぼ初めてと言えるというのに、僕らの行動に応じて状況を素早く把握はあくし、うまく連携しているのだから流石さすがだ。

 戦いにしたって、五対多数なんてものは感じない。

 作戦や戦略などることのしない赤茶色の生き物が、何度も似たような状況を経験して乗り越えてきた僕らに勝てるはずもなかった。

 左前方にいる敵を左肩から袈裟けさけに斬り。その反動を使って右側にいる敵を斬り上げ。左足を一歩前に出して斬り下げ、と。

 型になりつつある動きをしてヴィランを減らしていった。


 こうしてすみやかに、戦闘は終結を迎えた。

 一つの困惑をともないながら。

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