第66話 エピローグ 五

 どうやらカヨネェはそれほど暇という訳では無く、私の新しい髪型をエイコちゃんと数分話し合いながらも、チラチラと時計を見つめていた。その事に気付いたエイコちゃんは「いつまでも仕事サボってんじゃないの」と、とても自分勝手な言い分をカヨネェに伝えて、お店の中へとカヨネェを押し込んでいく。

「あっサエちゃん。今度エイコと三人で遊ぼーね? 良かったら散髪させてね? メチャ可愛くするからさ」

 とても柔らかい笑顔を私へと向け、手の平をヒラヒラ振りながら、カヨネェはお店の奥へと入っていき、やがて死角となり、見えなくなった。カヨネェの笑顔につられて、私も終始笑顔だったし、カヨネェの姿が見えなくなるまで、手を振り続けていた。

「いい人だったでしょ?」

 エイコちゃんは胸を張り、まるで自慢するかのような誇らしげな声で、話しかけてきた。

「うん、凄くいい人」

「あんなお姉ちゃん欲しかったなーって、すごーく思うよ。毎日楽しそう」

「うん、楽しそう」

 エイコちゃんはニコニコ微笑みながら、私へと手を差し出してきた。私はその手をグッと掴み、エイコちゃんの隣を歩く。

「どーやったらあんなに綺麗になれるんだろうなぁ。食べ物かな」

「……私が分かる訳ない。綺麗じゃないから」

 私がそう呟くと、エイコちゃんは苦笑いを浮かべて、自分の後頭部をポンポンと二回、叩く。

「でも、カヨネェが言った通り、サエちゃん可愛いよ。最近本当に可愛くなったなって思った」

 エイコちゃんは何を言っているんだか……私は変わらない。

 しかし、可愛くなると言うのなら、是非ともカヨネェに髪の毛を切って貰いたいなと、思わされた。それはいつになるのだろう……なんて考えると、嬉しい気持ちが湧いて、心がワクワクしてくる。

「紹介してくれて、ありがとうね」

 私の言葉を聞いたエイコちゃんは、太陽の笑みを見せ「ううんっ。サエちゃんとカヨネェを共有したかったんだっ」と、元気よく言った。


 ショッピングモールではひとつとしてやる事が見つからず、ほんの少しだけブラブラしたものの、結局はとんぼ返りし、地元へと帰ってきた。

 ケータイで時間を確認してみると、夕方の五時を回ろうという所。薄暗くなってきたし、そろそろ解散だろうか。

 二人の家に向かって歩いている最中にそんな事を考えていたら、エイコちゃんは突然「サエちゃん」と、とても改まった声で私の名前を呼んだ。

「ん? なぁに?」

「……もう一箇所だけ、付き合って貰いたい所があるんだよね」

 エイコちゃんは十字路で立ち止まり、私達の家がある方角とは別の方向へと、視線を向けている。

 エイコちゃんの向いている先には、この辺りではお金持ちの人達の家が立ち並んでいる住宅街があり、通学路でも無いその道は、私はあまり通った事が無い。

 田舎では良くある、いわゆる差別感情といったものだろうか。私達の家がある住宅街に住んでいる人と、この道の向こうの住宅街に住んでいる人には、ちょっとした溝のようなものがある。学校での仲良しグループにもその感情が影響されており、仲が悪いというほどでも無いが、お互いに干渉し合わない。

 だから少しだけ、嫌な気持ちが私の中に湧いてくるのを、感じてしまった。

「ん……いいけど、どこ?」

「藤井家に、殴り込みに行く」

 殴り込みと、言ったのか?

 何を言っているのだ、エイコちゃんは……私の聞き間違いだろうか。

「えっ? え……? 殴り込みって言ったの?」

「……冗談冗談。だけどね、入院中に一度だってお見舞いや謝罪に来なかったあの夫婦は、大人として認めたくない。だから、謝らせに行きたい」

「えっ! 一度も来なかったのっ?」

「うん。来なかった。父さんに連絡はしてたみたいだけど、一回も来てない」

 なんだ、その酷い話は……。

「僕の父さんは、僕が赤ちゃんを誘拐した事が発覚したその日のうちに、僕を連れて謝りにいったんだよ。当時は凄く凄く、酷い事されたって思ってたけど……だけどそれってさ、大人として当然の事だったって、今になって思うんだよ」

 娘の頭をゴンゴン叩いたり髪の毛を引っ張ったりするのは、当然の事とは思えないが……謝罪をしに行くという事は、確かに当然の事なのだろうと、私も思う。

 息子が他人を、刃物で二回も刺したのだ……重症では無かったとはいえ、殺人未遂として事件になってても、おかしくはないのに……罪悪感が、沸かないのだろうか?

「ん、うん」

「子供の不祥事を親が償う。謝る。それは、人の親として、当然の事なんだよ。その当然の事が出来ない人に対して、父さんは頭を下げていたって思うと、悔しくて悔しくて、仕方がないっ……だから、父さんの名誉のためにも、行かなくちゃいけない。付いてきてくれたら、心強いなって、思う」


 あぁ、そうか。

 エイコちゃんの言う、怖くない特別な人の四人目は、エイコちゃんのお父さんなんだと、直感した。


「もちろん、行くよ」

 私の声を受けて、エイコちゃんは私の顔を見つめた。

 大きくて真っ直ぐで、夕焼けを映し出しているエイコちゃんの瞳は、とてもとても、綺麗に見える。

「……ありがとう。サエちゃんは」

 エイコちゃんは、私の手を引っ張り、抱き寄せた。

「親友だよ」

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