第61話 親友
サエちゃんと病室で談話をしていると、ベッドを仕切っていたカーテンが開かれ、父親が顔を覗かせた。
「あ、父さん」
「エイコ……気付いたか」
「うん」
「そうか、良かった」
僕は意外にも。本当に意外にも。明るい声を、上げている。
もっと複雑な思いが湧いたり、父親の顔が見れなくなったりするかも知れない……そう思っていたのだが、なんて事無く、僕は父親を、父親として受け入れていた。
不思議だな。本物の父親じゃないと知った瞬間は、フラフラになるほどショックを受けていたと言うのに、今は本当に、そんな事は関係無いと思える。
しかし父親の方はどうやら、複雑なようだ。表情が浮かないし、僕と目線を避けるように、ベッドのほうを見つめている。
そりゃあ、複雑だろう。僕が本当に実の娘では無かったという事実を、どう受け入れていいか、分からない筈だ。しかもそれが判明した日に、セイヤに刺されるだなんて……僕だって、逆の立場ならどう受け止め、受け入れればいいか、分からない。
ましてや不器用な父親の事。アレコレまた余計な事を、考えているに違いない。
「……サエちゃん、毎日来てくれてるんだぞ」
父親がカーテンを分け、僕とサエちゃんへと近づき、チラリとだけ僕の顔を見て、また視線を外した。
どうやら仕事帰りなのだろうか、ヨレヨレのスーツを着用している。まだ、母親は帰ってきていないのだろうな……と、思わされた。
「はは。毎日って言ったって、今日が入院二日目なんでしょ? 昨日と今日じゃん」
「……そうだが、毎日、ありがとうな」
「あっ、いえ……全然」
二人共人見知りで、引っ込み思案なのだろう、お互いがお互いの顔を見る事は無い。
……なんだか、変な空気になってしまった。怪我をして入院している僕が一番元気に思える。
「あー、父さんさ……んー……」
何かを言わなくては……と、思うのだが、複雑で重苦しい空気のせいで、僕までもが口ごもってしまう。僕は頭の後ろを二度、ぽんぽんと叩く。
なにかしらの共通の話題を、一生懸命考える。何故、僕が頭を悩ませなければならないのか分からないが、悩ませる。
「……えーっと、退院したらギター、また教えてよ」
「ギターか……」
ギターという単語を聞いても、父親の表情は晴れない。
全く。なんだと言うのだ。頼むよ、大人なんだから。
「サエちゃんも、一緒に習わない? ギター一本余ってるんだ。一緒にデュエットしようよ。美少女二人でデビューなんかしちゃったりしてさ」
「……私は、エイコちゃんと違って美少女じゃないよ」
なんていう、ネガティブ発言。サエちゃんは愛想笑いを浮かべて、少し顎を引いて地面を見つめてしまった。
しかし確かに……サエちゃんは絶対ブスでは無いが、美少女と呼ぶにも、地味な顔を、している。サエちゃんは身長が高い訳でも低い訳でも無く、痩せてる訳でも太っている訳でも無く、胸がある訳でもまったく無い訳でも無い。全てにおいてド平均。平均の見本。平均を絵に書いたような、地味っ娘だ。
言葉を、間違えただろうか……。
「そんな事ないよねー? ねー父さん」
「ん……あぁ、そうだな」
なんだ、その微妙な返事は。本当に大人なのかお前は。と、思ってしまう。
「……ギターいいよ? 音が綺麗だし」
「んー、ギター……高いよね」
「いやいやだからっ。うちに一本余ってるんだってばっ。それあげるから、一緒にやろうよ? ね?」
「えーでも……それは、悪いよ」
確かに、悪いとは思うだろうな。小学生から小学生にギターをプレゼントだなんて、聞いた事が無い。
鉛筆一本、消しゴム一個とは、訳が違う。軽く万を超えるようなものなのだから、僕だってあげると言われても、断るだろう。
だけど。
「悪くないよね? ねぇ父さん? 友達と一緒にやるのが楽しいって言ってたし、いいよね?」
「あぁ……あのギターはもうお前のモノだし、好きにしたらいい」
「だってさっ。だから……あ、じゃあじゃあ、あげるんじゃなくてさ、貸すから。ねぇ一緒にやろうよ」
だけど僕は、僕のために色々とやってくれるような、心優しいこの子と一緒に、何かをしたい。この子と一緒に、同じ事がしたい。この子と一緒に、居たい。
そして今度は僕が、この子のために出来る事を、全力でしたいと、思っている。
大人になっても一緒でいられるような間柄になりたい。僕はこの子の、親友になりたい。
「ん……じゃあ、うん……分かった。やってみる」
サエちゃんは上目遣いで僕の顔を見つめ、コクンと首を頷かせた。
その時のはにかんでいるような表情は、今までのサエちゃんの表情の中で、一番可愛い顔だった。
可愛い顔、作れるんじゃないか……そう思った瞬間、僕の顔の筋肉は、笑顔を作るために、動いていた。
「やったっ! 一緒に頑張ろうね!」
「うー……うん。私、子供の頃ピアノやってたよ。だから多分、そこまで苦労、しないかなって……へへ」
「えっ! 知らなかったー! そうなんだー! 音楽に精通してるのかー、直ぐに追い抜かれそうだなぁ」
「精通っていうか……合唱コンクールの時、私ピアノ、弾いてたでしょ? 忘れちゃった?」
「えっ! おっ……覚えてない」
「えー……エイコちゃんってホント、そういう所あるよねぇ」
僕は「あはは」と誤魔化すように笑い、頭の後ろを二度、ポンポンと叩いた。
嬉しいな。嬉しい。
このお話の最中、ずっとずっと、僕の手は、サエちゃんの手を握っている。サエちゃんの手も、僕の手を握り続けてくれている。
僕に、親友が出来た。それが凄く、嬉しい。
セイヤの事、両親の事、ケイジお兄さんの事。色々と考えるべき事があるけれど、僕はサエちゃんになら、それらについて相談出来るような気がしている。
きっといつか、恩返しするから。今は全力で、頼らせて欲しい。
僕の精神的支柱に、なって欲しい。
親友なのだから。
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