第59話 サエちゃん
見慣れない天井に、僕は違和感を覚える。白い白い天井は、僕の家の天井よりも高い。
丸い蛍光灯では無く、学校にあるような棒状の蛍光灯が、なんだか懐かしい。
「え……エイコちゃん?」
僕の名を呼ぶ声が、聞こえてくる。
控えめで、幼い、女の子の声だった。
「エイコちゃんっ……? エイコちゃんっ」
僕は声のする方向へと、首を向けた。目の前で見知った顔が、僕の事を、今にも泣き出しそうな表情で、見つめていた。
「エイコちゃんっ……良かったっ」
彼女は顔に手を当てて、泣き出した。
僕に対して、泣いている。笑顔と悲しみの、中間のような表情で、泣いている。
「サエちゃん」
「怪我っ……大した事無いってっ……お医者さん言ってたけどっ……エイコちゃん全然起きなくてっ……私凄く凄く心配でっ……うえええぇぇっ……うええええっ!」
サエちゃんは、号泣している。
大量の涙がサエちゃんの瞳から流れ出て、僕が寝ているベッドの上に、ボトボトと落ちる。
それは台風を連想させるような、大量の涙と、大きな声だった。
「うええええっ! エイコちゃんごめんねぇっ! ごめんねぇっ! ごめんねぇっ!」
サエちゃんは、ポニーテールの頭を何度も下げ、何度も、謝った。
何故、謝っているのか、僕には理解できない。
しかし、凄く一生懸命に謝り、そして大声を上げながら泣いている彼女の姿は、僕の心に、染み込んでくる。
「うえええぇっ! 私にもっと勇気があればっ! 私にもっと社交性があればっ! エイコちゃん学校に来れてたんじゃないかって思ったのぉっ! 私のせいだよねっ! 私が皆の誤解を解かなかったからっ! 私が学校休んだりしたからっ!」
「誤解なんか無いよ。僕が赤ちゃんを誘拐したのは、事実だよ」
「あるよぉっ! エイコちゃんは別に赤ちゃんを殺したかったんじゃないっ! 皆言ってた! 猫みたいに赤ちゃんを殺そうとしてたってっ! エイコちゃん猫なんか殺してないのにっ! 私それ知ってたのにっ! エイコちゃんは公園に捨てられてた赤ちゃんを育てようとしてただけなのにっ!」
「それが、悪い事なんだよ」
「違うよぉっ! 違うっ! エイコちゃん優しいの、私知ってるもんっ! エイコちゃんは誰よりも情が深いの、私知ってるもんっ! 猫ちゃんも大事だから、捨てられなかったんだもんねっ? いっぱいのカブトムシも、そうなんだよねっ? サヨナラ、出来なかったんだよねっ?」
「そうだよっ……なんかねっ……見捨てちゃうようなっ……忘れちゃうような気がしてねっ……」
「赤ちゃんもそうなんでしょっ? 赤ちゃんが可哀想になったんでしょっ? 見捨てられなかったんでしょっ?」
「そうっ……」
僕の目からも、涙が流れた。
首をブンブンと左右に振り、涙をそこら中に振りまきながら、必死に熱弁を振るうサエちゃんへと、僕は手を伸ばす。
「巻き込んで、ごめんね」
サエちゃんは僕の手を、ギュッと握った。
「エイコちゃんが謝る事じゃないよっ! 私が学校休んだから悪いっ! 勇気が無かった私が悪いっ! 警察に連れて行こうって言えなかった私が悪いっ! うええええっ! ごめんねごめんねっ! 痛いよねっ苦しいよねっ! ごめんねごめんねごめんねっ! 私のせいで、ごめんねぇっ!」
「子供だった、僕が悪い」
「エイコちゃんは悪くないってばぁっ! エイコちゃんは凄く優しいんだよぉっ! 皆わかってくれたよぉっ! 泣いてる人も居たっ! 学級会開いたんだよっ! エイコちゃん刺されて泣いてる人いたよぉっ! エイコちゃんの優しさに泣いてる人いたよっ! エイコちゃんの秘密基地壊した人達も、謝りたいって言ってたぁっ! 赤ちゃんの人形置いた人も名乗り出てきたっ! 皆ちゃんと、謝ってたからぁっ!」
サエちゃんはきっと、僕のために、頑張ってくれたんだろうなと、思う。
僕の居場所を作ろうと、頑張ってくれたんだろうなと、思う。
僕がいつ帰ってきてもいいように、先生に意見して、引っ込み思案のくせに学級会を開き、誤解を解こうと、このように熱弁してくれたんだろうなと、思う。
なんて事は無い。
僕の目に、狂いは無かったという事だ。
サエちゃんは、良い子だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます