第57話 それは純粋で、透明で、我儘な殺意
僕は今、カヨネェに会うために、駅への道を、走っている。店頭に飾る写真をどれに決めたのか確かめたいという理由もあるが、一番の目的は、今日あった出来事を、報告するためだ。
カヨネェのお昼休みが何時なのか、知らない。もう終わっているかも知れない。もしそうなら、暇な時間を見つけて、話しかけたい。それさえも叶わないのなら、カヨネェの仕事が終わるまで、待っている所存だ。
とにかく今はどうしても、カヨネェと話したくて話したくて、仕方がない。
カヨネェは僕を待っていると言った。だから絶対に昨日のように、優しく素敵に、僕を受け入れてくれる。
クソガキから脅迫されたと話せば、クソガキに対して怒りを向けてくれる。父親が実の父親じゃないと話せば、思いきり抱き締めて、同情してくれる。僕が恋していると知ったら、カヨネェは喜んで応援してくれる。
そして僕の、どうしようもない欲求すらも、理解してくれるだろう。
だから僕は、受け入れてもらうために走る。
「ああぁ……」
全身に、虚脱感が回っている。肺に穴が空いてしまったかのように感じ、呼吸に満足感を得られない。血液が普段の半分ほども巡っていないのでは無いかと思うほどに、ダルい。
故に足取りは重く、わずかばかりの距離を走り、すぐに立ち止まり、休む。そしてまた再び走り出す。
まるで真夏のような太陽が、僕の体力を更に奪っていく。
ポタポタと、血がアスファルトに滴る。これ以上漏れないように、僕は左脇腹をおさえた。ズキンという痛みが、僕を襲う。
数分前の出来事を、頭の中で振り返る。
僕に向けられたソレは、純粋で、透明だった。
僕の左脇腹に突き刺し、引き抜かれた彫刻刀に込められた思いは、その深さや素早さ、そして何より「なんであんな奴とイチャイチャしてんだ。なんで俺じゃないんだ」という声から、純粋で、透明だと、思わされた。
あぁ、これは、本気のヤツだ。本気の、殺意だ。そう感じた。
僕はクソガキを突き飛ばし、無我夢中で、駆け出した。
その時、既に公園よりも駅のほうが近い所まで歩いてきてしまっていたので、僕は今、駅に向かっている。せめて今日の最後に、カヨネェと、話したい。そう思う。
しかし考えてみたら駅についた所で、そこから電車が来るまで待ち、一駅電車に乗り、そこからまた少し、歩かなければいけない。
……ケイジお兄さんに助けを求めたほうが、全然近かったな……なんて思い、僕は「はは」と、笑い声を上げた。
死を望んでいた筈なのだが、僕は今、死にたくないと、思っている。
あんなクソガキに、殺されたくない。
なんだあのクソガキは。僕の全てを、奪おうとしやがって。そもそもアイツのせいで、僕はイジメられ、家庭が崩壊し、左脇腹に激痛を抱えている。
なんだ。なんだ。あのクソガキ。なんなんだ。
クソガキめ。クソガキめ。
僕の事が好きなら。
最初から、そう言え。
こっぴどく振ってやるのに。
僕は駅へと入り、バッグから小銭入れを取り出す。
バッグは血塗られる。小銭入れは血塗られる。小銭は血塗られる。そもそも僕の手が血塗られている。
「どこ行くつもりだエイコぉっ!」
その声と同時に、今度は右脇腹に、激痛が走る。
クソガキめ……クソガキめ……。
ズルズルと券売機に寄りかかり、地面へと倒れていく最中に見えた光景は。
鬼の形相で僕を睨みつけているセイヤが、大人数人に取り押さえられているという、ものだった。
クソガキ……。
シンデシマエ……。
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