第55話 僕と僕 五

「それとさ」

 ケイジお兄さんは少し前屈みになり、僕の方へと体を向けた。その時のケイジお兄さんの表情は、意識してちからが込められている部分はどこにも無く、かなり砕けている。

 その表情を向けられるという事は、もう既に友人である事に疑いは持たない。僕は今、どこからどう見ても、ケイジお兄さんの友人となれている。

「殺してくれる人を待っているって? なんで、殺して欲しいの?」

 やっぱり、そこに食いついた。食いつくだろうと、思っていた。

 そこは僕がケイジお兄さんに、一番理解して貰いたい部分。感覚的で感情的で抽象的で、とてもフワついた、説明が難しい、心の中身。その「感覚」は確かにあるモノなのだが、言葉で伝わるだろうか。

 心が割れ、そこから黒い感情が漏れ出し、それがこの世の汚い空気と触れて科学反応を起こし、悪性のモノとなり、再び僕へと吸収され、死にたいと感じ、出来る事なら、好きな人に、殺して欲しい……という、なんとも共感を得にくいもの。

 これをそのまま伝えても……理解、出来ないだろうな。

 僕は口元まで流れ落ちてきている汗をペロリと舐めながら上目遣いでケイジお兄さんの目を見つめ、ほんの少しだけ、お尻をお兄さんへと近づける。

 今は、とりあえず誤魔化そう。もっと整理出来て、上手く話せる自信が付いた時に、聞いてもらおう。

 なにせ期間は、今月いっぱいあるのだ。焦る事は何もない。

「お兄さん、僕に興味ある?」

 僕がそう言うと、ケイジお兄さんは目を大きく見開き、僕の目から視線を外した。

 ケイジお兄さんの耳がどんどんと赤くなっていくのが、分かる。

 誤魔化すために話題をずらしただけのつもりなのだが……もしかして僕は、図星を付いてしまっただろうか。

 なんだろう……この高揚感。この優越感。視線をキョロキョロと動かし、まるで照れているかのようなケイジお兄さんを見ていたら、どんどんと、僕の中にそういったものが、湧いてくる。

「こんな事っ……聞かされて、それでもまだ聞いてくるのって、僕に、興味があるって、事……?」

 全身が熱くなり、頭がフラつき、ドキドキしている。

 ドキドキしているのだが、僕には臆するという感情が欠如してしまったかのよう。

 あぁ……なんだ、この感覚は。このまま僕は、ケイジお兄さんに触れる事も、出来てしまいそうだ。

「ん……まぁ」

 ケイジお兄さんは首をコクンと倒し、僕の目をチラリと見て、そしてまたキョロキョロと視線を動かす。

 胸に穴が空いたかと思えるほどの衝撃が走る。体の中心が熱くなり、ギュゥとそこへと体が収縮されていくかのよう。ズキンズキンと、脳が痛む。首筋に、電気が流れる。

 僕は今……女に産まれ、ケイジお兄さんに出会えた喜びを、魂で感じている。

 これだ。この感覚。やっぱりこの世に、このような感覚は、あったんだ。

 この感覚を感じている内に。

 どうか僕を。

 殺して欲しい。

「興味あるんだ。ははっ。そうなんだーっ」

 僕はケイジお兄さんの顔から一切視線を外す事無く、ケイジお兄さんへと体を近づけた。

 僕の足を、ケイジお兄さんの足へと押し付けた。するとケイジお兄さんは体をビクンと跳ねらせ、全身を硬直させている。

 あぁ、分かる。まるでケイジお兄さんの思考が、僕へと流れ込んできているかのよう。ケイジお兄さんは今、僕に、女を感じている。僕の顔を見て、肌を見て、足の感覚を感じて、ケイジお兄さんは、為す術が無い。

 可愛い。なんて可愛いんだ、ケイジお兄さんは。

「ふふっ」

 僕は思わず小さく笑い声を上げた。そして徐々に、ケイジお兄さんの顔へと、自分の顔を、近づける。

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