第54話 僕と僕 四
僕の頭がおかしくなってしまっていた時。僕は、幸せに死にたいと、思っていた。
もう僕はどうせダメ。普通には生きていけない。だったら幸せに死にたい。チャキマルの所に行きたい。ずっとずっと、そんな事を、考えていた。
あぁ、なんでだろう……どんどんと、思い出してくる。死に希望を抱いていた事すらも、思い出す。そして、その時に思い描いていた、悲しい物語も、思い出す。
王子様がお姫様を殺した理由は、お姫様がそれを望んだから。どうせダメなお姫様が、愛する人に殺して欲しいと、懇願したのだ。王子様はもちろん断ったけど、お姫様は生きる事に希望が抱けず、死後の世界に、憧れていた。
お姫様は、王子様に、悲しんで貰いたい、絶望して欲しいと、お願いしていた。
自分の生に。死に。意味を持たせたいと、お姫様は望んでいた。
それが究極の愛だな……なんて思い、暗い部屋の中で僕は、ニヤリと表情を歪めていたのだ。
そうだった。僕は、死を望んでいたんだ。そして今でもそれは、根強く僕の中に、残っている感覚……。
「どうして、誘拐されたいの?」
お兄さんの声に、僕は我に返る。お兄さんの声は、少し優しさが含まれているように、感じた。
「えー? だって僕のお母さんとお父さん、離婚するって言って、毎日ギスギスしててね」
僕はそれだけを言い、ケイジお兄さんの顔をチラリと見つめた。するとケイジお兄さんは堅苦しかった表情を解き、眉毛を少し垂れ下げながら、僕の顔を見て、小さく首を上下に動かしている。
……聞いてくれてる。そう感じた僕は、更に言葉を続けた。
「それに。学校に行っても、皆に無視されちゃうし……もうこんな所、嫌だから……遠くに連れてって欲しいなって」
僕の声に、感情が込められているのを、自分でも感じた。僕の声は今、淡々としていない。僕の声は、僕の声として、発せられている。
僕は顔を上げ、ケイジお兄さんの目を、見つめた。クッキリとした二重の瞳は、まるで可愛そうなものを見るような目を、している。
その視線を受けて、僕は更に、汗をかく。顎の下からポタポタと垂れているのが分かった。
「そうなんだ、それで不審者を探してたんだね。だけどニートは? なんでニート?」
……そんな事、言っただろうか? あれ? ニート……? ニートを欲している……って、僕言ったっけ?
ちょっと、混乱する。なんだか勘違いさせたまま、伝わってしまっているようだ。
別にニートなんか、欲していない……が、誤解を解くような言葉も、思いつかない。
「に……ニートって働いてない人でしょー? 誘拐されたら、ずっと一緒にいられるでしょ? そうすれば、寂しくないでしょ? 一緒に居てくれる人が、欲しいの」
なんだか苦しい言葉ばかりが口から漏れ出てきた。感情が篭っていないからか、再び淡々とした話し方になってしまっている。
参ったな……これ以上ニートの話はしたくない。別に本当に、ニートはどうでもいい。
「……そっか、寂しいんだね」
ケイジお兄さんは何やら納得したように、再び首を上下に振った。そして更に表情を曇らせ、僕を見つめている。
どうやら本当の本当に、納得してくれたらしい……助かる。
「うんー、寂しいよ。赤ちゃん誘拐しただけなのに、今はひとりぼっち」
ホッとしながら会話の流れに乗っていると、僕は自分の言葉に、焦りを感じた。
誘拐という言葉を使う場合、それは大抵、身代金を要求する時に使用される、言葉だ。
これは、マズい……この誤解は解いておかないと、大犯罪者のように、思われてしまうかも知れない……。
僕は前屈みになっていた体を起こし、ケイジお兄さんの目をシッカリと見つめた。少しだけお兄さんの顔に、僕の顔が近づく。
「あっ、誘拐って言ってもね、身代金要求とか、そういうんじゃないんだよ。僕は弟が欲しかったの。ちゃんと育てるつもりだったんだよ」
僕が必死にそうアピールすると、ケイジお兄さんは「ふっ」と笑い、表情を緩めた。
……これは、たまらない。凄く、可愛い。
ケイジお兄さんが、初めて笑みを見せてくれた。なんだこれは。この、心の高鳴りは。
少し落ち着いていた心臓が、ドキドキ、ドキドキ、している。
「うん、分かってる」
ケイジお兄さんの声には、警戒が無い。まるで友人と会話をしているかのようなトーンで、声を出した。
嘘か冗談だと思っているのかも知れないが、僕の異常な話を、とりあえず受け入れてくれている。
それがもう、もう、嬉しくて。嬉しくて。確実に距離が縮まっていると、感じる。
僕はドキドキしている胸に手を当てて「ほんと? あー良かった」と、心からの安堵を表現した。
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