第51話 僕と僕 一

 関係無いと、思っていたんだけどな。

 関係大アリだった、ようだ。


 僕はサンダルを履き、外へと出る。朝よりも若干、蒸し暑く感じ、まるで夏のよう。

 家の鍵を閉め、パタパタと音を鳴らしながら、歩き出した。目的地はもちろん、公園だ。

 ケイジお兄さんに話しかけよう。ケイジお兄さんに話しかけよう。僕はそれだけを考え、歩く。

 途中、電信柱にぶつかった。電信柱を避けて歩いていたつもりなのだが、まるで電信柱からぶつかりに来たかのように、ぶつかった。動くはずの無い電信柱は、まるで僕を邪魔するかのように、動いた。

 僕は尻もちを付いた。しかしすぐに立ち上がり、また歩き出した。

 歩く速度は次第に早くなっていく。足音はパタパタから、タッタッタに、変わった。

 僕はタッタッタと、歩いている。まるで走るように、歩いている。

 しばらく歩き、公園付近へと到着し、空き地へと視線を向けた。そこには相変わらず会話の少ない、お爺ちゃん達の食事風景があった。その中にはやはり、ケイジお兄さんは居ない。

 次に僕は公園へと視線を向ける。公園の中にある、太陽の光を遮るもののないベンチの上で、ケイジお兄さんは一人、座っていた。

 僕は顎から滴り落ちている汗を腕でグイッと拭い、パタパタと、ケイジお兄さんへと近づいた。


 遠目から見るケイジお兄さんは、いつものようにおにぎりを食べていた。手作りでは無い、コンビニで購入したのであろう、おにぎりだ。

 具が何かまでは、分からない。何味なのかを、聞いてみたい。

 ケイジお兄さんはベンチに隣接されているゴミ箱に、おにぎりのゴミをポイと捨てた。そしていつものように、腕を組み、目を瞑る。

「おぉ? 目ぇ瞑った」

 瞑らないで。瞑らないで。

「んー? あー、薄目開けて僕の事見てるな? わかった、毎日ここに来るのは、僕の事見に来てるんだ! そうでしょ?」

 僕の口から、心境とはまるで真逆のような、明るいトーンの声が出ている事に気がついた。しかしどうにも、今の僕は、まるで僕じゃないような、感覚。どうテンションを維持し、どう接すればいいかが、分からない。

 ……分からない。

 それに、嘘でもいいから「そうだ」って言ってくれないかな。なんて、思ってしまっている。

 しかし、しばらく待ってもケイジお兄さんは動かない。ピクリとも、反応を示してくれない……。

 自分が話しかけられていると、気付いていないのか? それとももう既に、眠ってしまったのか?

 嫌だ……嫌だ……構って欲しい。僕を見捨てないで欲しい。

 心が、爆発してしまいそうだ。

「ふっ……不審者を見かけたら通報してくださいって言われてるんだけど、お兄さんって不審者?」

 とても、とても、失礼な事を聞いている事は分かっている。しかしこのまま無反応でいられる事に、僕はとんでもない不安感を、抱いていた。

 どんな形でもいい……いいから、僕に興味を、持ってほしかった。

 そう願った瞬間、お兄さんは顔を上げ、僕の顔をギロリと見つめ、小さな声で「不審者じゃないよ」と、呟いた。


 今、たった今この時。

 僕はケイジお兄さんと、初めて、言葉を交わした。

 全身が総毛立つ。僕は、感激している。

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