第49話 脅迫

「仲間だろっ!」

 何を持ってして、このクソガキは僕と仲間だと言い張っているのか、全く分からない。

 しかしクソガキは、仲間だという事を、凄く凄く強調している。

 一体、なんだ? 何を考えている?

 カヨネェなら、分かるのかな……人間とは思えないほどの察する能力を持っている、カヨネェなら、クソガキが今、思っている事や感じている事が、分かるのかな……。

「……なんで、仲間なの?」

 震える声で、僕はなんとかクソガキへと語りかける。出来る限り、刺激しないように、穏やかに。

 しかし僕の言葉を聞いたクソガキは更に興奮してしまい、大きな声で「仲間だろーがっ!」と、怒鳴った。

 あぁっ……! 意味が分からない! 意味が分からず、怖いっ!

 指先が震えるっ……足が震えるっ……僕は一体、何を言い、何をすれば、いいのか? それさえも、分からない。

「仲間だとしてっ……君は仲間に、刃物を向けるの?」

「エイコが仲間って言わないからだろ! 仲間って言えよ!」

「だからっ……なんで仲間なの? それが、わかんないんだよっ」

「なんでわかんねーんだよっ! 仲間だろっ! 俺、エイコの仲間って言ったから、学校で除け者にされたんだぞっ!」

 あぁ……焼肉屋さんで父親が、そのような事を言ってたような、気がする……。

 僕が学校で藤井さんの息子と共謀して、赤ちゃんを誘拐した。という噂を広めただとか……なんとか。そしてその噂を広めたのは、聖夜くん自身だとか……。

 だからって、仲間……?

 僕は昨日まで、聖夜くんの存在自体、知らなかったんだぞ?

「たっ……たしかに僕は、リョーヘイくんを誘拐したよ。だけどそれは、君と一緒にじゃない……そうでしょ?」

「はあぁっ? そんな事かんけーねーだろ! 仲間だろって言ってるんだっ!」

 もうっ……怖いっ……言葉が通じないっ……訳わかんないっ……。

 そもそも、どうしてコイツがここに居る? 僕の後を追ってきたのか?

 いや、それにしては話しかけてきたタイミングが早すぎる。最初からこの場所を知っていて、ここに居たように思える。物陰に隠れて……僕を待っていた……という事か?

 何コイツ……? 何コイツ……? 気持ち悪いし怖いし……どうしたらいいのかが、わからない。

「エイコ服脱げっ!」

 ……何?

 何が?

「服脱げっ!」

 コイツ……このクソガキ。

 目付きが、おかしい。おかしな事に、なっている。

 彫刻刀を振り回し、僕のほうへとジリジリ近寄り、服を脱げと強要して……。

 ヤバイ、コイツ、ヤバイ。父親の言う通りだ。育て方、間違っている。

 悪ガキの域を、超えている。そもそも赤ちゃんを放置する地点で、悪ガキなんて可愛いもんじゃない。聖夜という人間を形成している根子ねっこの部分が、腐っている。

 関わってはいけない。僕は最悪、コイツに……。

 コイツに、殺される。

 僕は踵を返し、走り出した。後ろから「待てっ!」という、聖夜の声が聞こえてくる。しかしその言葉に、従う訳にはいかない。僕は、無我夢中で走った。


 僕の足の早さは、女子の中で学年一位。サッカー同好会にも入っていたので、かなり鍛えられている。それにこの道は僕の庭のような場所。どこに何があるかなんて、知り尽くしている。

 だから、多少大きなローファーを履いていようと、二つも下であろう学年の男の子に、足で負ける訳がない。僕はあっという間に森林を抜け、舗装されている道へと、出てこれた。

「はっ! はっ!」

 舗装道路から森林への入り口を眺めてみると、どうやら追っては来ていないらしい。諦めたのだろうか。それなら、助かるのだが。

 僕は膝に両手を付き、前屈みになりながら「ふぅっ……」というため息を付く。

 それにしても、何故僕を仲間だと、言い張っているのか……その謎は結局、解けていない。それにクソガキの、あの目。鋭く研ぎ澄まされたあの眼光は、明らかにおかしい。殺意を、感じざるを得なかった。

 そして、流れも脈絡も何も無く、突然言い放った「服を脱げ」という、言葉……一体、なんなんだ、アイツは……?


 公園までトボトボと歩きながら、自身の格好を見る。どうやら服は、かなり汚れてしまっているらしい。

 汚れてしまった服を見つめ、愕然とする。パンパンと払っても、飛び跳ねた泥や付着した汚れは、落ちない。

「……っ! なんでっ! なんで僕ばっかりこんな目に合うのっ! なんでなのっ! なんでぇえっ!」

 誰も応える人が居ない中で叫んでも、答えは無い。

 僕は頭を抱えながら、洗濯をするために自分の家へと行き先を変え、歩き始めた。

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