第48話 接触

 大人。

 父親からもカヨネェからも、僕は大人だと言われてしまった。

 二人から言われているのだから、きっとそうなのだろう。

 僕はもう、大人になりつつある。

 胸はペタンコでお尻もペタンコ。加えて身長も高くなく、肋骨が皮膚の上からでも分かるくらいガリガリではあるのだが、それでも僕は、もう子供では無い。

 自分ではあまり分からないが、成長、したのだろう。

 自信を持って、いいのかも知れない。

 僕は今、年齢以上の精神を、持っている。

「あはっ」

 僕は玄関へと向かい、母親の茶色いローファーへと足を通す。少し大きいと感じるがこのローファーは、僕の服に良く合っている筈。

 玄関の扉を開け、外へ出る。昨日の夜に思った通り、本日も晴天。風は少し強いものの、心地の良い朝の空気に触れ、僕の心にも、風が通る。

 手を広げ、全身で風を感じる。とても、とても、爽やかな気分だ。このまま全てが、いい方向へと向かうような。そんな予感がする。

 僕はそんな外の世界に向けて、第一歩を踏み出した。家の鍵を閉め、更に一歩、踏み出す。

 景色に色が、付いている。そんな事、当たり前なのに、そう感じる。


 公園へと到着すると、空き地には既にケイジお兄さん達が到着しており、仕事を始める準備をしていた。相変わらずケイジお兄さんは慌ただしく、テキパキと効率の悪い動きをしているように見える。

 その矛盾に僕は思わず「ふふっ」と笑い、そのまま通り過ぎる。そしてチャキマルのお墓への道を、少し歩を早めて進んだ。

 お昼休みまで時間があるんだ、作業は出来ないけれど、お参りくらいは、しておこうと思う。

 木漏れ日のわだちの道を抜けると、そこにはチャキマルのお墓である太い木が地面に刺さっている。お供え物であるソーセージは少し変色しており、申し訳ない気持ちが湧いてくるのだが、残念ながら冷蔵庫の中身は、ほとんど空っぽであった。

「おはよーっ。ごめんねぇチャキマル、お供え物、今日は無いんだよ」

「うわぁーなんか話しかけてるっ!」

 誰かの声に、僕はハッとなる。思わず声のする方向へと、視線を向けた。

「何だこれ? チャキマル? の、何? 読めねー」

 男の子が僕へと駆け足で近寄ってきて、チャキマルの墓の文字を読む。そして、蹴り、倒した。

 僕は何が起きているのかが理解出来ず、ただその行動を、呆然と見つめていた。

「なっ……アンタ」

 この子は昨日、僕に砂場の砂をかけてきた、クソガキだ。

 何故、ここに居る……? 何故、そんな事をする……?

 訳が分からない。訳が分からない。

「おめぇーエイコだろ! リョーヘイをここに連れて来ただろ! 知ってんだぞっ!」

 クソガキの言葉に、僕の視界は歪む。頭がクラクラとしてくる……。

 リョーヘイ……それは僕が誘拐した、赤ちゃんの本名だ。

「えっ! えっ? 何っ? アンタ誰っ!」

 僕が取り乱しながら大声を上げると、クソガキは嫌味で無邪気な笑みを浮かべて「うるせーブス!」と返事をする。そしてブルーシートへと近づき、その中にある僕の私物を、ゴソゴソと物色し始めた。僕は慌ててクソガキへと近づきその手に触れ、ブルーシートから引き離そうと引っ張る。しかしその手には彫刻刀が既に握られており、恐怖を覚えた僕は思わずクソガキの手を離し、距離をとった。

「駄目っ! それ僕のっ!」

「お前これでソレ作ってたのか! きんっもちわりぃーな!」

 ……この、クソ、ガキ……。

 このクソガキ。

「……アンタ、セイヤだね……? リョーヘイ君を公園に、置き去りにしたでしょ?」

 僕の口から、僕の声とはとても思えないほどの低い声が、出てきていた。

 僕の割れた心の隙間から、赤黒い感情が、漏れ出てきているのを、感じる。それが僕の全身に今、回ろうとしていた。

 僕はそれに気付き、小さく小さく、深呼吸をする。こんな感情、感じてはいけない。感じたくない。

「したけど? だから何?」

 クソガキはわざと澄ました顔を作り、嘲笑気味に僕の顔を見つめた。

 どうすれば相手が怒るか、心得ているように見える。確かに、ムカつく……。

 しかし、クソガキは全てを認めた……父親の考察は、やはり合っていたらしい。というか、それ以外に考えられなかったのだが。

「なんで、そんな事したの? 弟なんでしょ?」

「うるせぇなぁエイコ。いちいち聞いてくんなよ。仲間じゃん」

 ……仲間?

 何が、仲間?

「仲間、じゃない」

 僕がそう言うと、クソガキは眉間にシワを寄せて、僕の事を睨む。

 強く強く、睨みつけている。一体何故、そのような視線を向けられているのか、理解が出来ない。

「なんでだよっ!」

 クソガキは彫刻刀の刃先を、僕へと向けた。そして一歩、僕へと近づいてくる。

 嫌だ……怖い……。

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