第44話 ギター始めます
家に帰るなり父親はガレージへと入り込み、ガチャガチャと大きな音を鳴らしながらギターを探し出してきた。どうやらギターは三台あるらしく、ナイロン製のケースふたつと、ハードケースとでも言えばいいのか、重厚なケースひとつを手に持ち、満面の笑みでリビングへと戻ってきた。
「エレキとエレアコと、アコギだ」
ひとつひとつを取り出しながら父親は嬉しそうに話している。
エレキギターと紹介されたギターは、ロックバンドのギター担当の人が持っているような、ツヤツヤとした質感の、銀色のギターだ。形や色に流行り廃りは無いのだろう、テレビなんかでもよく見る色と形である。
エレアコと紹介されたギターは、味わいのある深い青色のギター。随分と使い倒されているのか、所々に傷や退色が散見される。一番古いと思わされるギターだ。
アコースティックギターは、これこそ本当に良く見るタイプの薄い茶系のギターで、中央の穴の空いている部分に、黒いアクセントが施されている。路上ライプなんかで使われるギターが正にこのタイプなんじゃないか。
「お前にやるから。好きに使ってくれ」
「……三つはいらないよ。父さんが青いの使って、僕に教えてよ」
青いギターはとても使い古されており、なんだか父親の愛機のように感じる。それを頂くのは流石に少し、忍びないように思ってしまった。
僕は茶色いアコギと呼ばれたギターを手に取り、座りながら体に抱え込んだ。ギターというのは思った以上に大きく、体の小さな僕の体半分を隠すほど。右手でギターの弦へと触れようとするが、ギター本体が邪魔で、なんだか手を回しにくい。
……こんな体で、本当にギターが弾けるのだろうか。
「もう少し姿勢を正せ。慣れないうちは前屈みになるんじゃなくて、ギターを体に引き寄せるように持つんだ」
知らんがな……とは思いつつも、僕は体をグッと起こし、ギターを引き寄せる。すると確かに、先程よりは多少、持ちやすくなっただろうか。右手が無理なく弦へと届くようになった。
「このピックを持ってな、弦に当てて音を出すんだ」
そういいながらピックを僕に持たせ、父親自身も青いギターを手に持ち、ニヤリとした微笑みを浮かべて、ポロロンと、ギターから音を出した。
久々にギターに触れた事が、恐らく嬉しいのだろうな。父親のニヤニヤとした表情は更に深まる。
「少しチューニングしないとだが……とりあえずちょっと聞いてくれ」
そう言った父親はギターの腹をコンコンと叩き、左手を何やら器用に動かして、弦を押さえる。そして右手首をグニャグニャと動かして、ギターをかき鳴らした。
「G……Eマイ……C、D」
父親は何か呪文のようなものを呟きながら、ギターをジャカジャカと鳴らしている。それにしても凄いと思うのは、弦を押さえる指の動きも然ることながら、ギターを鳴らしているほうの手首。ほぼ一定のリズムでグニャグニャと動きながらも、音を鳴らしたり、鳴らさなかったりしている。
……なんだこれは。魔法か? 一体どうなっているんだ?
「G……っと、どうだ?」
父親は満足げな表情を作りながら、僕の顔を見つめて、感想を求めてきた。
どうだ……って、言われても。
「ん……上手、だと思う」
「そうか。はは」
父親はギターの先っちょにあるツマミをクリクリといじりながら笑っている。
「これを、まぁそうだな……今月中に出来るようになれば、上出来だと思う」
「……へっ! そんなん無理に決まってんじゃんっ! 何いってんの!」
「どうせ学校行かないんだろうし、暇だろ? 夜は練習付き合うから、やってみろよ」
キラキラとした父親の瞳は、とてもイキイキとしており、今までの父親の印象とはとてもかけ離れたものである。
こんなに、僕に対して話しかけてくる事も今まで無かったし、僕に何かを教えようだなんて事も、これが初めての事。
状況を考えたら、それも無理のない事なのだろう……僕は「ふーぅ」とわかりやすいため息をついて、父親から視線を外し、適当にギターを鳴らす。押さえている指が弦に当たり、なんとも格好悪い音が鳴る。
「……サッカーも出来ない事だし、やってみるよ」
僕がそう言うと、父親はジャランという綺麗な音をギターから鳴らした。
……喜んだサインなのだろうか。ちょっと、面白かった。
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