第43話 託す

 少し長めの食事を終え、僕と父親は店員さんに運転代行業者を呼んでもらい、お店の外にあるベンチに並んで座っている。

 父親は結局、ジョッキのビールを三杯も飲んでしまい、かなりヘロヘロな状態だ。実はそんなにお酒に強くなかったという事を、今日始めて知った。

「飲み過ぎたんじゃない?」

 僕が父親にそう話しかけると、父親は僕の顔を横目で見ながら「ふっ」と鼻で笑いながら、首を頷かせる。

「……久しぶりに、酒なんか飲んだ。会社の忘年会以来だ」

「元々強くないんでしょ? 無理に飲むこと無かったのに」

「無理はしてない。なんだろうな……飲みたくなった」

 ベンチの背もたれに体を寄りかからせながら、父親は笑顔で空を見上げている。

 僕もつられて空を見上げると、そこには満天の星空が空一面に広がっていた。雲一つない、とても綺麗な夜空。

 この調子だと、明日も晴れだろう。秋だというのに、晴天が続いている。珍しい。

「……エイコ、お前、ギターやらないか?」

「へっ?」

 突然の言葉に、僕は素っ頓狂な声を出していた。

 僕は驚き、父親の顔を見つめる。そこには未だ空を見上げ続けている、父親の笑顔があった。

「父さんな、高校時代と大学時代に、バンド組んでたんだ。学祭で演奏する程度だったが、仲間と一緒に活動するのは、楽しかったぞ」

「……へぇ、父さんがそんな事してるなんて知らなかった」

「言ってなかったからなぁ……母さんともバンド活動を切っ掛けに、知り合ったんだ。ファンって訳でも無かったんだろうが、よく部室に顔出しに来てた。ははっ。母さんな、恐らくだが、大学時代のバンドメンバー全員と関係持ってたな」

 ……酔っ払いめ。酔っ払って、何を暴露しているんだ。腐っても娘だぞ。なんとなく知ってはいたが、母親がアバズレだという事を改めて認知させて、どういうつもりなのか。

「まぁ、そんな事はもう、どうでもいいんだ……どうでもいい。そんな事より、俺のお古のギター、お前にやるよ。ガレージのどっかにあるから、帰ったら探す」

「……ギターなんて弾けないって」

「教えてやるから。な? やってみろって。面白いから」

 ギター……興味すら持った事がない。僕は音楽に対してそこまで強い興味を持っている訳でも無いし、指先で何かをするという事が、そこまで得意でも無い。むしろ苦手なほうだろう。

「ギターねぇ……」

 僕はそう呟き、父親の顔へチラリと視線を向けた。父親はいつの間にか、今まで見た事が無いほどの笑顔で、僕の顔を見つめている。

 父親として、何か残したいのかな……何も残せないのは、悔しいんだろうな……なんて、思ってしまう。

 貰うだけでも、貰っておいたほうが、親孝行だろうか。

「んー……ハマるかどうかは、分からないよ? 途中で投げ出してもいいなら、うん……やってみる」

「ホントかっ? そうかっ!」

 父親は更に笑顔を深めて、嬉しそうな声を上げた。そして何故か立ち上がり、僕の正面へとやってきて、僕の事を、本当に嬉しそうな目で、見ている。

 そんなに喜ばれると、こちらのほうが気後れしてしまう……無下に出来なくなるではないか。

「やっ……! 僕はホント、音楽興味無いからね? 多分すぐ飽きるよ?」

「いいんだ。いいんだ」

 父親は首を上下に動かしている。その姿はまるで、少年のように見える。欲しかったものをようやく手に入れた、少年のよう。


 父親はDNA検査の結果に、不安を感じている。だからきっと父親は、まだ父親でいられている今のうちに、自分の持っている何かを、僕に託したかったのだろう。

 ……参ったな。絆されてきている。

 父親の人間臭さに触れて、父親の事が、嫌いじゃ無くなってきている。

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