第42話 良い子
「聖夜ってのは、藤井家の長男でな、今日母親と一緒に来た子供ってのが、聖夜くんだ。赤ちゃんを砂場に放置して、ニヤニヤでもしていたんだろうな。もしかしたら親の愛情が赤ちゃんに移ってしまい、寂しい思いをした腹いせだったのかも知れないが……その辺りは正直、俺やエイコにとってどうでもいい事だ。他人様の家庭の事情だからな」
……息子が赤ちゃんを放置したのか。それを運悪く、僕が発見して、捨て子と勘違いして連れ去ってしまった……。
そうと決まった訳では無いが、あの状況だと、そうとしか考えられない。
だって、子供を捨てるような両親に見えなかった。家も立派で生活に困っている風でも無かったし、駐車場には大型の車だってあった。もし仮に捨てるのだとしたら、もっと遠く。せめて裏山の奥の奥。ひっそりと夜中に、捨ててくるだろう。
そうだ。考えないようにしていたが、よく考えたら、おかしな所が沢山ある。大人が赤ちゃんを捨てるには、あまりにもずさん過ぎる。すぐに足が付いてしまう。それこそ、簡単に警察に捕まる。
「誘拐の手引きをしたという噂を立てたのも、恐らく聖夜くん本人だ。悪ぶりたかったんだろうと思うぞ。悪ガキを絵に書いたような奴という印象だったからな。奥さんが母さんに向かって暴言を吐いている時に奥さんの後ろから、そうだそうだーって、笑いながら言ってたよ。俺が言えた義理は全然無いんだが、正直、育て方間違っていると思った」
「本当に言えた義理無いと思うから、僕の前以外では言わないでね」
「……すまん。分かってはいる。俺は育ててすらいないからな」
「そうですねー」
僕はいい具合に焼けてきたお肉を僕の小皿と父親の小皿に上げ、テーブルに肘を付いて掌に顔を乗せ、割り箸を口に咥えながら、少し考えた。
……たとえ真実がそうだったとしても、僕が子供を連れ去った事実は変わらないし、僕が原因で聖夜くんがイジメられていると言っても、まぁ間違いでは無い。
僕の罪が、消える訳では無い。
「いくら放置したのが聖夜くんだったとしても、僕が赤ちゃんを連れ去った事には、変わりないんだよ。僕が悪い」
僕の言葉を聞いて、父親は箸を置き、僕の顔を真剣な表情で見つめる。
僕の視線と父親の視線がぶつかり、しばし、見つめ合う。
……なんだろう、この時間。不思議な時間である。
「……何?」
僕はついに耐えられなくなり、姿勢を少し正しながら父親に問いかけた。
「親がなくとも子は育つっていうコトワザがあるんだが、それを今、実感している……お前は俺の知らない所で、良い子に育ったんだな」
急に、何を言い出すのだ、この男は。
一体、僕のどこをどう見て、そう感じたのか。訳が分からない。
訳が分からないが……気分は、悪くない。
テストで百点とっても、マラソン大会で一位をとっても、決して僕に興味を示す事の無かった父親が、僕の何かを見て、良い子と、褒めてくれている。
……満更でもない気分だ。
「……親、居るじゃん」
「居ないのと一緒だったろ。しかも、これから」
「居るじゃんって言ってるでしょっ……! もういいからこの話っ! あんまり卑屈にならないでよ鬱陶しい!」
僕のその言葉に、父親は怒るのかと思ったが、何故か笑顔を作っている。
楽しいの、だろうか。
これから、もしかしたら、親が一人になるかも知れない……なんて事は、分かっている。
離婚も十分有りえるし、血縁の関係も、明日ハッキリと分かってしまう。そんな事、分かっているから、改めて、聞かせないで欲しい。
今、僕は、満更でもない気分で食事が出来ている。それでいいじゃないかと、思ってしまう。
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