第40話 父親なのだから
父親は僕の目を見て、ボロボロと、涙を流す。
今の父親の心境は、複雑なのだろう。表情と涙が、それを示している。
笑いながら、泣いて、唇を震わせて、歯を食いしばって。
やはり、泣いている。
「それでも俺はお前を本当の娘だって思おうってっ……父親として育てていこうって、決心したんだっ。だけどアイツ、意見の食い違いが起こる度にエイコは俺の子じゃないとか言って! その後に嘘に決まってるって言ってっ! 疑心暗鬼になってっ……どうしていいかわからなくなって……母さんと、母さんにそっくりなお前と、どう付き合っていけばいいか、分からなくなって……」
僕は父親から視線を外し、網の上にあるカルビが焦げていく様を見つめた。
「それで……どんどんと家族間の溝が深まっていって……俺はお前に無関心になり、それが当たり前になっていって……それで、お前が事件を、起こしたんだ。今まで溜まっていた鬱憤の全てを吐き出すように……お前に暴力を振るい……ストレスを、解消させたんだっ……」
「……十二年間も不安を抱いたまま同居人を恨み続けているのは、辛いよね。そりゃあ、無関心にもならないと、やってられないよね。でもさ」
僕は焦げたカルビを箸で拾い上げ、口に運ぶ。
カルビは焦げた味がする。苦い。マズい。
それでも僕はもう一枚、焦げたカルビを拾い、食べる。
「十二年分のストレスは、痛かった……せめて小出しにしてよ」
僕は背中へ手を回し、スリスリと撫でる。
「気に食わない事をしたら、頬引っ叩くんでもいいしさ……子供を叱るのは、親の責任でしょ。そんな事で父さんを、恨んだりしないからさ。悪い事は悪いって、教えておいて欲しかったよ。じゃなきゃあんな馬鹿な事、しなかったかもねぇ」
僕は最後のカルビを箸で持ち、父親の小皿に乗せた。
そして僕は呼び出しボタンを押し、やって来た店員さんに「カルビ二人前と、タン塩一人前と、ビールひとつと、オレンジジュースひとつ」と言った。
「び……ビール……?」
「飲んだらいいよ。運転代行呼ぼ? それと」
僕は父親に向かって、頭を下げる。
「迷惑かけて、ごめんなさい。血がつながってなくても構わないだとか言って、ごめんなさい。僕が悪いのに、偉そうな事言ってごめんなさい。でもね、そういう事情があるって事は、教えておいて欲しかった。言えないのは凄く分かるけど、僕、訳もなく父さんに嫌われてるって、思ってたから。教えておいて、欲しかった」
大抵の問題は、話せば分かる。逆に言うと、話さないと分からない。僕も父親も母親も、カヨネェのような超常現象並みの察する
だから、話しておかなきゃいけない事がある。ウチの場合、それが無かった。そしてDNA鑑定する勇気も、無かったのだろう。会話も鑑定もしないという事が自分を追い込む事だと、分かっていても、真実を知りたくなかったし、真実を話したくなかった。
やはり、小さくて弱くて情けない、父親だ。
しかし今日は、話してくれた事に免じて、涙ボロボロ流して鼻水垂らして唇を震わせているその顔を娘に向ける事を、許そうではないか。僕に暴力を振るった事も、僕に好きなものを買うという条件で、許そうではないか。
そしてその後は、笑顔で喜んでやろうではないか。
父親なのだから。
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