第38話 ゾンビ

 焼肉屋へと行くために、僕は匂いが付いてもいい服へと着替えてから父親が運転する車に乗り、揺られる。

 その間、僕も父親も、何も話さなかった。僕はただただ後部座席から父親の顔を見つめ、赤ちゃんの誘拐を謝りに行った時の事を、思い出す。

 あの時は、生きた心地がしなかった。僕の人生は、もう終わったものだと、思っていた。


 焼肉屋へと到着し、すぐに案内され席につき、ようやく父親が僕に向かって「何、食べる?」と、話しかけてきた。

 僕は一瞬だけ父親の顔を見つめて「サガリとご飯と、コーラ」とだけ答えて父親から視線をそらす。

「エイコは、サガリが好きなんだな」

 父親は妙に甘ったるい声を出し、僕の名前を呼ぶ。

 なんだかとても、気持ちが悪い。一体、なんだと言うのだろう。

「父さんは……そうだな、ハラミとロースと、カルビにしようかな。運転するから、ビールはやめておくよ」

 その言葉を受けた僕に一体、どんな返答を期待しているのだろう……なんて事を、考える。

 もしかして元気良く「当たり前じゃんー!」とか「バカじゃないのー!」とか、言って欲しいのだろうか。

 そんなの、無理に決まっているだろう。僕とお前の間に、どれほどの確執があると思っている……そう考えると、無性に腹が立ってきた。

「タンは、要らないのか? エイコ、タン好きだったと思うが」

「……ねぇ、何? 僕の機嫌とろうとしてるの?」

 僕が父親の顔を少しだけ睨みながら強い口調でそう言うと、父親は僕へと一瞬だけ視線を向けて、再びメニューへと戻す。

 その時の父親の表情は、情けないというより、もはや可愛そうに思えるほど。青白い顔をして生気が篭っておらず、ゾンビに見える。

「エイコに、父親らしい事してないって言われて……反省したんだ」

「これが父親らしい会話なの? 本気でそう思ってるの?」

「俺にはっ。父親らしい会話というものが、分からない……だから、手探りでやっている」

「そもそも、どうして急に父親らしくしようとしてるの? どうして僕を連れていきたいって思ったの? なんでお母さん出ていったの? どこ行ったの?」

 僕は少し興奮して、父親に詰め寄った。すると父親は机にもたれかかり、ガクッと項垂れる。

「一気に、聞くなっ……」

 この男、かなり追い詰められているようだ。

 俯いたまま動かない父親を目にして、僕は情けない気分でいっぱいになる。父親になる、器では無い。

 僕は仕方なくテーブルに設置されている呼び出しボタンを押し、父親の変わりに店員さんに注文を伝えて、早速届けられたコーラを一口飲み、何の気無しにメニューを手に取り、目を通す。

 お肉が届けられても、父親は動かない。僕はまた、仕方なく一人で肉を焼いていく。

「……エイコ、お前、不幸だよな」

 突然発した父親の声を僕は無視して、肉を焼き続けた。

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