第36話 クソガキ

 ケイジお兄さんがカラーコーンで作られた簡易的なバリケードを開け、車を車道へと誘導し、バリケードを直す。そしてケイジお兄さんはワゴン車の後部座席に乗り込み、車は走り出した。

 ケイジお兄さんは行ってしまったが、僕は全然、寂しいとは感じていない。むしろ明日が楽しみで、楽しみで、仕方がない気持ちでいっぱいになっていた。

 僕は体育座りの状態のまま顔を膝の上に乗せ、自然と足をパタパタと動かす。僕は今、とても機嫌がいい。

 今まで、暗い現在と未来に、絶望していた。それは変わらない事実として存在しているのだが、そんな事実を跳ね返すほどの想いが、僕の中に湧いているのを感じる。

 僕は生きている。僕は生きていける。絶望に勝つものは、希望なんだと、僕は今、本当に思う。

 そして、絶望を与えるのは人間であるが、希望を与えるのもまた、人間である。

 これは哲学的な事や綺麗事なんかじゃない。これは事実。事実そうなんだ。

「よぉしっ!」

 僕は声を上げながら立ち上がり、トートバッグを拾う。

「ねぇ」

 その瞬間、僕は突然、後ろから誰かに話しかけられた。

 僕はドキンと心臓を跳ね上げ、反射的に後ろを振り返る。すると突然、僕の顔に勢い良く、砂がかけられる。

「えっ! 何っ?」

 口や目に、砂が入る。僕は思わず声を上げ、砂をかけた人物の顔を見ようと、腕で顔を隠しながら薄目で確認する。

 しかし声の主は執拗に、僕に向かって砂をかけてきた。バケツに砂でも入れて持っているのか、それはもう、大量に、大量に。

 今日買ったばかりの、カヨネェに選んで貰った服が、汚れる……そう思うと、僕のいい気分だった心にまた、黒いモヤモヤが湧いてくるのを感じた。

 嫌だ……これはもう、感じたくない……。

「やめてっ! なにするのっ!」

 僕は黒いモヤモヤを振り払うように、大きな声をあげる。すると男の子の声で「うるせーブス!」という、心無い声が聞こえてきた。

 ブス……始めて、言われた……。

「ブスってっ!」

「ブースブース! あはははははっ!」

 男の子はバケツごと僕に向かって砂をかけてきた。僕はそれを霞む視界の中、何とか避け、男の子の顔をキッと睨みつけた。

 男の子はヘラヘラとした表情をして、バケツを振り回しながら「ははははは!」と、笑っている。何が楽しいのか……理解出来ない。

「アンタねっ……そんな事してたら嫌われるんだよ!」

「うるせーんだよブース!」

 男の子は大声でそう叫び、トイレのほうへと駆け出していった。

 もしかして、水を汲みにいったのか……? それを僕に、掛けるつもりか……?

 そんな嫌な予感が湧き、僕は公園から駆け足で逃げ出した。


 ……僕の事を知っているとか、イジメてるだとか、そんな感じでは無い。悪口のレパートリーが少なすぎる。僕の事を知っているのなら、誘拐の話題に触れない訳がない。犯罪者だとか、誘拐犯だとか。

 ただの、ガキか……思えば二年前、三年前には、女子に意地悪をする、ああいった男子が大勢居た事を思い出す。

 公園から離れた僕は服についてしまった砂をパンパンと払い「んとにっ……クソガキ」と呟いた。

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