第35話 成長

 僕はお店の前で言われた通りのポーズを取る。その姿をカヨネェは、ぱしゃーんと、カメラに収める。

 カヨネェに言われるがまま、何度も何度もポーズを変え、写真を取ってもらう。その度にカヨネェは嬉しそうな声で「いいねいいねー」と、言ってくれる。

 僕達はまるで本物の姉妹であるかのように、仲良くカメラで遊んだ。美容院の店長さんが睨みを効かせるまで、ずっとずっと遊んだ。

「あはっ……またちょっと調子に乗っちゃったみたい」

 店長に睨まれたカヨネェは後頭部をポンポンと叩き、苦笑いの微笑みを浮かべる。僕もカヨネェを見習って後頭部をポンポンと叩き「あはっ」と、笑った。

「写真、今日の帰りにコンビニで現像してくるから、明日にはエイコの写真を飾るからね。かわいぃーのいっぱい撮れたから、どれにしようか迷っちゃう」

 そう言ったカヨネェの姿は、本当に嬉しそうだった。そしてカヨネェは「個人的に現像したいのも、いっぱい撮っちゃったし」と、更に嬉しそうな声を上げた。

 たとえそれが嘘であっても、冗談であっても、僕は嬉しい。この人は人を喜ばせる天才だと、僕は思う。

 僕も、人を喜ばせたいなと、思わされた。僕もいつか、誰かが僕と接した事を喜ばれたいと、本気で思う。

 沢山の人を不幸にしてきた僕にも、出来るかなと、心の中でカヨネェに問いかけた。

 カヨネェは相変わらず、とても優しい微笑みを、僕に向けてくれた。僕の「また来るね」の言葉にも、微笑みで返してくれた。

 僕に、お姉さんが出来た。

 血は繋がっていないし、今日出会ったばかりだけど。今現在、僕が一番、居心地が良いと思えるのは、お姉さんの居る場所だ。


 電車に乗り、僕の家がある町へと帰る。到着した時にはもう既に夕方と呼べる時間。

 空は秋らしく、遠くに見える。細かな雲がオレンジ色の空に散りばめられており、濃い陰を作っていた。

 街灯がチカチカと点滅している中、僕は公園へと向かい、歩き出す。もう既にケイジお兄さんは帰ってしまったかも知れないが、それでも僕は、公園に向かいたかった。

 カヨネェと離れて僕の心は、寂しさを感じている。それを埋めるために、向かった。


 公園へとたどり着くと、そこにはまだ作業をしているケイジお兄さん達が居た。僕はとても嬉しくなってしまい、スキップをしながら公園へと入ろうとする。

 しかし公園には普段、滅多に居ない子供が砂場で一人、砂を手に取り、投げて遊んでいる姿が目に入った。僕より二つ三つ年下だと思わされる、男の子。

 恐らくこの公園の近所の子、だろう。そうでなければこんな所、来たりはしない。しかしそう考えた時に、僕の心の中から、黒い感情が湧き上がるのを感じる。この公園の近所の子だとしたら、僕の事を知っている可能性が、あるからだ。そして僕の事を知っているというのは、僕の悪評を知っている可能性がある、という事。

 僕は嫌な気分になりながらも、その子の事をチラチラと見つめながら、ゆっくりと公園の中に入っていく。どうやらその子も僕の事に気がついたらしく、僕の事をジィっと見つめている。

 ……普段とは違う服装だし、何より髪型が前とは全然違う。それに薄暗いし、遠目だ。だから大丈夫。僕だとバレていない筈。

 そう思い、僕は土手の芝生にトートバッグを敷き、その上にお尻を落として、ケイジお兄さんの事を見つめた。


 ケイジお兄さんは一生懸命、後片付けをしている。相変わらず無駄な動きが多いと思わされるが、その一生懸命な姿がとても可愛く、そして格好良く。僕の心は満たされていくのを感じる。

 一生懸命な男の人は、素敵だ。とても、素敵だ。

「ケイジおにーさんがんばってー」

 僕は小声で呟き、両手を小さく、ヒラヒラと振った。それと同時に僕の心は更に満たされる。

 今日は、とても良い日だ。本当に、凄く、良い日だ。こんなにも健やかに過ごせたのは、何日ぶりの事なのだろうか。

 いや、今までの人生では「健やか」だとか「穏やか」だとか「心地良い」だなんて事を、考えた事も意識した事も無かった。スポーツで負ける事も勉強で負ける事も嫌っていた僕は、それらをとにかく頑張り、上位に入り、優越感を得ていた。僕の事を好いているであろう男子に声をかけ、その反応を楽しみ、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、優越感を得ていた。それをただ繰り返していただけの、毎日だった。

 サイテーだったな、僕は。カヨネェとは程遠い存在だ。

 だけど、自分がサイテーだと思う反面、目標が出来たし、自分と向き合う事が、出来るようになった気がする。

 ……頑張ろう。ここから、頑張って生きていこう。素敵になろう。

 そう思うと、僕の体に、ちからが漲ってくる。

「僕っ! 頑張るっ!」

 僕はケイジお兄さんに向かって、大きな声で叫んだ。

 どうやらケイジお兄さんには聞こえていないらしく、一生懸命、片付け作業を続けていた。

「明日っ! 話しかけるからっ!」

 ドキドキ。ドキドキ。ドキドキする。

 僕は生きている。

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