第32話 服

 僕は今、とても綺麗な美容院のお姉さんの横に並び、歩いている。お姉さんは僕に笑顔を向け、とても朗らかに僕へと話しかけてきてくれる。

「お嬢ちゃんくらいの年代の子って、あんまり来てくれないんだよ。だからお嬢ちゃんの写真は絶対いい宣伝になると思うんだ」

 喜々として語るお姉さんの言葉に、僕はとても嬉しい気持ちと、少しだけの罪悪感が同時に湧く。

 こんなに綺麗なお姉さんが、僕の事をベタ褒めしてくれている事は素直に嬉しい。僕は自分の事を、気持ち悪いと感じていたのに、お姉さんの真っ直ぐな言葉が、僕に自信を取り戻させてくれた。

 それに、お昼を過ぎているとはいえ、普通ならまだ学校にいる時間。その事に一切触れずにいてくれる事も、嬉しい。とても気遣われていると、感じる。

 しかし、だからこそ罪悪感が湧く。僕が学校に行かないのは、学校には秘密基地を壊した奴が居て、無視されて、赤ちゃんの人形を椅子に置かれたから。つまり、イジメられたからなのだ。更に言うと、赤ちゃんを誘拐して、それがバレて、イジメを受けている。

 写真の話を持ちかけられた時は興奮してしまい、つい受けてしまったのだが、今冷静に考えると、そのような人間の写真なんて、宣伝になる訳がない。嘲笑の的になるだけだ。

 やはり、断らなければ、ならないだろう……。

「可愛い服っていうかさ、ちょっとだけ大人っぽくしたほうが似合うんじゃないかな? お嬢ちゃんスラッとしててスタイルいいから」

 お姉さんは相変わらずの笑顔で、僕に話しかけてくる。どうにもお姉さんは話し好きなようで、服を見ながらも、喋る口が止まらない。

 ニコニコとほほ笑み、茶系のブラウスを手に取る。そして僕の体に当てて「うんうん。もう秋だし、こういうのもいいね」と、さらに微笑む。

「あーでもお嬢ちゃん細いから、きっとカーディガンも似合うね。着回しできるし。ね?」

「うん」

「私もプライベートでは良く着るんだー。最近流行りの丈長いやつ。シャツは無地でね、ズボンはタイトな茶色とか」

 お姉さんは服をとっかえひっかえ手に持ち、僕の体に当てる。そしてその度に「うんうん」と、首を上下に振る。

 ……その姿を見ていたら、言い出せない。この人は今、僕のために、一生懸命になってくれている。

 誘拐犯でいじめられっ子の、この僕に、一生懸命、服を選んでくれている。

「私はこのカーディガンとシャツがいいな。大人っぽくてお姉さんって感じ。パンツはねー……」

「うん。じゃあ、それ買うよ」

 僕がそう言うと、お姉さんは驚いたような声で「えーっ?」と叫んだ。

 お姉さんはなんだか、とても地が出ているように見える。それがなんだか、少し嬉しい。

「そんな簡単に決めていいの? 試着とかしないと」

「いいの。それが欲しい」

 僕がそう言うと、お姉さんはまた、少し困ったような表情を作り、僕の顔をじぃっと見つめた。

 お姉さんのクッキリとした二重瞼の瞳が、少しずつ僕へと近づいてくる。

「……ごめんね、ちょっと私、調子に乗ってたかも。気を使わせたなら、謝るね」

「えっ?」

 突然のお姉さんの言葉に、僕の全身は鳥肌を立たせた。

「調子に、乗ってた……?」

 僕がそう言うと、お姉さんは僕から視線を外し、手を頭の後ろに当てて、ポンポンと叩いた。そしてまた、困った表情を作る。

 ……困らないで欲しい。僕の事で、困らないで、欲しい……。

「はは。お嬢ちゃんと話してたら、楽しくなっちゃって。なんかねー……こんな事言っていいかわかんないけど」

 お姉さんは僕の目を見つめなおす。

「妹が出来たみたいに思っちゃってさ」

 僕は思わず俯いた。そして、体を震わせた。

 僕の目から、涙が流れ落ちる。ポタポタと、流れ落ちる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る