第31話 優しいお姉さん
お姉さんがとても慣れた手付きで僕の髪の毛を整えていく。チョキチョキ、シャッシャ。リズムよく小気味良い音が、僕の耳に届いてくる。
心地良い……髪を切られるという行為が、なんだかマッサージを受けているように感じるくらいだ。
「お嬢ちゃんは凄く整った顔立ちしてるから、ショートが凄く似合うね」
お姉さんは僕の頭をワックスで整えながら、笑顔でそう言った。
目の前にある大きな鏡を見つめて、僕は驚いている。今まで、こんなに髪の毛を短くした事は無いのだが、お姉さんに切ってもらった僕の髪の毛は、まるで僕のために用意された髪型かのように、似合っている。
前髪を少しだけ残し、他はまるで男子のように短い。凄く活発な子という印象だ。
「お姉さんは、魔法使いだね。凄く上手」
僕がそう呟くと、お姉さんは鏡越しに僕の顔を見つめ、僕の肩をポンと叩き、ニコッと微笑んだ。
「魔法使いかぁ。始めて言われた」
「そうなんだ。でも本当に、魔法使いみたい。似合ってる」
「お嬢ちゃんの元がいいから。凄く似合う髪型に出来たよ」
嬉しいな……嬉しいな……そんな風に言ってくれるなんて、思っても見なかった。
僕の心はホッコリと、暖かくなる。ケイジお兄さんも、気に入ってくれるかな……なんて事を思い、さらに心が暖かくなる。
お姉さんは僕の服に付いた髪の毛を柔らかいホウキのようなものでサササッと落とし「はい、おーしまいっ」という元気な声で言い、僕の手を取った。そしてそのまま僕の体を優しくひっぱり、椅子から立たせてくれる。
こんなに綺麗にしてくれて、嬉しい事を言ってくれて、優しくしてくれて。なんだか本当に、僕のお姉さんのよう。
心が踊っている。ケイジお兄さんとは別の心の高鳴りを、僕は感じている。
「あ。そうだ。お嬢ちゃんって写真撮られるの嫌?」
「え?」
突然の言葉に、僕は驚きお姉さんの顔を見つめた。
「お嬢ちゃん凄く可愛いし、髪型凄く似合ってるから、写真撮って貼りたいんだよね。店先に何枚か写真あったでしょ? あれって全部お客さんなんだ。許可貰って貼りださせてもらってるの」
「えっ? え……僕?」
「うん、貴方。綺麗な人にしかこんな事言わないんだよぉ? ちょっとだけ、カット代安くさせてもらうからさ、いいでしょ?」
お姉さんは満面の笑みを浮かべて、僕の手を引く。
とても、とても、嬉しい言葉。とても、とても、有り難い言葉。僕の心は、凄く浮かれている。
しかし今の僕の姿は、汚いシャツに、汚いハーフパンツ。とてもでは無いが、店先に飾れるような容姿をしていない。
僕はギュッと唇を噛み締めて、俯いた。
「……あの、服をね、これから、見に行こうって、思ってた」
「服?」
「うん。服……可愛い服が、欲しい。その後で、いいなら」
「あーなるほど。うーんそっか……」
お姉さんは少し難しい表情をして、顎に手を当てて首をかしげた。
あぁ……困らせてしまった。申し訳ない……僕なんかの事で、困らないで欲しい。
「あのっ、写真は、遠慮しとくから。汚い格好で、写真写れないから」
「んーとね、休憩の時間をズラすから、ちょっとだけ待てる?」
「え?」
「私が一緒にお洋服、選んであげるよ。お嬢ちゃんほどの逸材、中々居ないもん。是非にも写真に撮りたいんだー。お会計もその時でいいから」
お姉さんの表情に、言葉に、優しさに。
僕の涙腺が、緩くなる。
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