第29話 意味

 ケイジお兄さんはベンチに戻り、昨日のように腕組をして、頭を下げる。どうやらまた昼寝をしているらしい。

 僕はその様子を見守り、眠りに入った事を確認して、ケイジお兄さんへとジワリジワリ、近づいていく。

 ケイジお兄さんの寝顔は、やはり可愛い。ほんの少しだけ口を開けている様は、本当にたまらない。

「ケイジおにーさん」

 僕は小さな小さな声で、名前を呼んだ。すると僕の心が凄く暴れ、心臓がドックンと大きく波打つのを感じた。全身に血が漲る。居ても立ってもいられない。

「くうぅぅーっ」

 僕はお兄さんから少し離れた場所で、地面をダンダンと踏みつけながら、昨日よりも激しく身悶える。

 あぁ恋しい。すごく恋しい。恋とはこんなに心地良く、悩ましいものだったとは、知らなかった。

 昨日より恋しい。昨日の倍、恋しい。毎秒ごとに恋しい。どんどんと惹かれていく。

「ケイジおにーさんっ」

 僕は再び、お兄さんの名を呼んだ。先程よりも強い口調で、聞かれても良いかのように。

 しかしお兄さんは腕を組んで眠ったまま、動かない。その様子を見て僕は最高潮にドキドキしている胸へと手を当て「ふぅー」と息を吐く。


 ケイジお兄さんと一緒の時を過ごせたら、どんなに素敵だろう。

 ケイジお兄さんが僕をさらってくれたら、どんなに素敵だろう。

 ケイジお兄さんが僕の全てを受け入れてくれたら、どんなに素敵だろう。

 ケイジお兄さんが僕を貰ってくれたら、どんなに素敵だろう。

 ケイジお兄さんが僕の死を見届けてくれたら、どんなに素敵だろう。

 彼の腕の中で生き、彼の腕の中で死にたい。僕の事で悲しみ、苦しみ、打ちひしがれて欲しい。僕の事を忘れないで欲しい。僕がチャキマルに対して感じているように、感じて欲しい。

 そうすれば、産まれて良かったって、思える気がする。僕が彼の目の前で死ぬ事によって、僕の命に、意味が産まれるような気がする。

 あぁっ……恋しい。愛しい。狂おしい。こんな感情、どう押さえ込めばいいのだ。皆、恋をした時、どうやって平静を保っているのだ。

「ケイジおにーさーん」

 僕は結構な大声で、お兄さんの名を呼んだ。

 しかしお兄さんは、相当疲れているのか、起きない。僕の声に、反応も示さない。

 僕はまた、どうしようもなく、身悶える。身悶えながら「うぐぁーっ」という声を出し、トートバッグをブンブンと振り回した。


 僕は公園の垣根である芝生へと腰を下ろし、家から持ってきていた食べ物を食べる。

 魚肉ソーセージと食パンという、なんとも質素な食事ではあるのだが、ケイジお兄さんを見つめながら食べる食事は妙に美味しい。

 見つめ続けて幾ばくかの時間が流れ、昨日のようにケイジお兄さんのほうからピピピといった電子音が流れる。その音にケイジお兄さんは起こされ、スマホと取り出して音を止め、立ち上がって肩をクルクル回す。そして公園の出口へと向かって、歩き始めた。

 僕は今、出口のほど近くの芝生に座っている。だからケイジお兄さんが、僕に向かって歩いてきているかのよう。

 僕はチラチラとケイジお兄さんの顔を見て、ドキドキ、ドキドキと、心臓を高鳴らせた。

 するとお兄さんは、僕の横を通り過ぎる時に、僕の事をチラリと、見た。

 無表情ではあったのだが、ほんの一瞬だけ、僕の事を、見た。

 心臓が、破裂しそう。

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