第28話 分析

 どうやら現場はお昼休みになったらしく、作業をする音が止み、お爺ちゃん達がそれぞれお気に入りの場所へと座り、昼食を食べ始めた。ケイジお兄さんはその様子を少しだけ見つめ続けて、現場の隅に置いてあった自分のリュックを手に持ち、こちらへと向かって歩き出した。

 ケイジお兄さんが一歩、また一歩と歩を進める度に、僕の心臓がより激しく高鳴っていくのを感じる。

 ドクン、ドクンと、強い、強い、鼓動。

 脳味噌に血が流れすぎて、僕の頭をクラクラとさせる。そして僕の視界をドンドンと歪ませ、まともな思考を奪い取る。

 僕は「ひぁあっ!」という声を漏らし、トートバッグをムンズと掴み、駆け足で公園のトイレへと向かった。

「……話しかけるんじゃ、なかったのかい? エイコ」

 僕はつい、自分に向かって問いかけてしまっていた。それほどまでに僕は今、テンパっている。

 しかし僕の口から漏れでた声は、どうにも歓喜にあふれているようだった。


 トイレの裏へと隠れ、ケイジお兄さんの様子を伺う。ケイジお兄さんはどうやらコンビニのおにぎりをリュックから取り出し、食べているようだ。その事実だけで判断は出来ないが、ケイジお兄さんには今、彼女という存在が居ないのでは無いかと、思わされる。

 当然、別々に住んでいて、ケイジお兄さんの出勤が朝早いものだとしたら、彼女がお弁当を作ってあげる事は困難だ。しかし、ケイジお兄さんはまだ、働き始めて数日の、新人である。恋人であるならば、仕事場に慣れるまでの間くらい、作るのでは無いか? 前日のうちに渡しておくとか……そういう事、するのでは無いか? 男性と付き合った経験が今まで無いのでなんとも言う事は出来ないが、今の僕ならケイジお兄さんのために早起きしてお弁当を届ける事なんて、なんの苦にも感じないだろうと思う。

 つまり。つまり。今ケイジお兄さんは、独り身……?

「ふわぁっ……!」

 僕はトイレの壁に自身の体をドスドスと体当たりさせる。

 嬉しくて嬉しくて、たまらない。

 僕は再び、トイレの陰からケイジお兄さんを見つめる。

 ずぅっとずぅっと、食べている姿を、見つめ続けた。


 おにぎりを食べ終えたケイジお兄さんはベンチの上で体をグッと伸ばし、立ち上がった。そしてリュックを手に持ち、肩にかけ、そのまま僕のほうへと、歩いてくる。

「……えっ」

 僕は思わず首を引っ込め、トイレの陰に隠れた。

 見つめている事が、バレてしまったのだろうか……?

 何か、文句を言われる……? 嫌な事を言われる……? 僕、クラスメイトが言った「きもちわりぃー」という言葉を、ケイジお兄さんに言われたら、立ち直れない……。

 そんな事を考えているうちに、ケイジお兄さんの足音がすぐ近くまで聞こえてきていた。僕の鼓動は、とてもとても激しいものになっている。

 まるで、僕の耳までドキドキの音が聞こえてきているかのよう。ケイジお兄さんにまで聞こえてしまわないか、心配になるほどのもの。

「はっ……はっ……」

 僕は息を整え、トイレの壁に背中を付け、しゃがみこんだ。

 すると僕の耳に聞こえてきた音は、ダラララという、水分が公園の男子用トイレに当たるもの。

 ケイジお兄さん……おしっこ、してる……。

「ふぁあっ……!」

 僕は思わず自身の顔を両手でおさえた。顔はすでに、熱々になっている。

 

 あぁっ……なんだろう、この充実感……。

 凄く、凄く、満たされていくのを、僕は感じている……。

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