第26話 お兄さんお兄さんお兄さん
あの野郎は、自分の事ばかりだ。
あの糞アマも、僕の事なんて分かっちゃいない。
畜生。畜生。僕は、何だ?
僕は一体、何なんだ?
きっとお兄さんは、教えてくれる。
僕と同じように大変な事を抱えて生きているのであろう、お兄さんなら、僕が何者なのかを、教えてくれる筈だ。
もう、今日、話しかけたい。髪の毛を切りに行き、少しでも可愛い格好をしてから話しかけたかったが、もう、今日、今、話しかけたい。
お昼休みまで待てない。ソワソワして仕方がない。
早く会いたい。早く会いたい。
お兄さん。お兄さん。お兄さん。
一心不乱に走り、僕はいつの間にか公園の近くまで来ていた。
「ふぃ……ふぃ」
乱れる呼吸を整えながら、僕は持っていた靴を地面に置き、それを履く。そして公園近くの空き地である工事現場へと、視線を向けた。
空き地にはカラーコーンが並べられており、簡易的なバリケードが作られている。その中には工事用の機材らしきものが数点置かれており、そこにもコーンが並べられているのだが、このような簡素なバリケードなら、簡単に入れるし、機材を盗もうと思えば盗めてしまう。田舎故の処置なのだろうなと、思わされた。
「ふぃ……居ない」
しかしどうやらまだ時間が早すぎたようで、辺りにはダンプ車どころか人っ子ひとりとして見当たらない。
この町は田舎とは言っても田んぼや畑があるような田舎では無く、いわゆるただの過疎地である。町が起きるのは遅く、そして眠るのも早い。
僕は町が起きてきて僕の姿を見つめる事を恐れ、仕方なくチャキマルが眠る場所へと、歩を進めた。
ゆっくりと歩いているうちに、少しずつではあるが、心も感情も落ち着いてきているのが分かる。やはりチャキマルの所へ向かうという事は、僕にとっての楽しみになっているようだ。
チャキマルとお兄さん。この二つが、僕を僕として繋ぎ留めてくれている。
チャキマルのお墓作りは昨日よりは捗っているように思う。父親に蹴られた体のあちこちは痛いが、腕が疲れるまでの間隔は長くなっており、手付きも心なしか慣れたものになった。
しかし、僕は難所に差し掛かっている。彫刻刀で「墓」という文字の内側を掘るのが、大変難しい。細い部分が多く、慎重に進めれば進めるほどに、腕が痛くなってしまう。
「くぁーっ。チャキマル、お墓の文字難しいっ!」
僕はお墓に対してペチッと平手を打つ。そしてその場所を「ふふっ」と笑いながら撫でた。
「そういえばチャキマルさ、僕、昨日もここに来たでしょ?」
僕はブルーシートの上にあぐらをかき、持ってきていたペットボトルのお茶をあけ、喉を鳴らして一口飲んだ。
少し渇いていた喉にお茶の水分が心地いい。
「来る途中にさー、すっごく可愛い顔した男の人を見かけてね? 大人なのに可愛いんだよ。それでね、その人、多分まだ十代の中頃だと思うんだけど、もう働いててさ。多分だけど、最近働き始めたばっかりだと思うの」
水分を得た僕の喉は大変調子良く、言葉が次々と溢れ出てきた。
チャキマルにしか話せない、僕の事。それがどんどんと、どんどんと、溢れ出てくる。溢れ出てきて止まらない。話したくて仕方がない。
「今十月だよ? 十月なのに働き始めたばっかりって、時期的におかしいでしょ? 学校辞めたんだと思うんだよねぇ。あ、もちろん元々フリーターっていう可能性もあるけどさ、それでもあの年でフリーターっていうのも、変な話でしょ? どっちにしてもさ、あの人には大変な事情があると思うんだよ。十代中頃なのに働かなきゃいけない事情が、絶対にあるんだと思うの。それを知りたいしね、僕の事も……」
僕はチャキマルのお墓の横にゴロリと寝転がり、頬に両手を当てる。
「大変で、苦しくて、辛くて、一人じゃ抱えきれない僕の現実を、知って欲しいな……受け止めて欲しいなって、思うの」
胸が、ドキドキしている。
心が、ウキウキしている。
僕が、浮かれている。
僕は、生まれて初めて、恋をしている。
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