第25話 キレる

 僕は父親の娘じゃないという事を知ったのは、母親の独白によるもの。

 どうやら父親が母親に詰めより、離婚の話になった時に僕の親権の話になり「エイコは貴方の子じゃないんだから私が連れて行く」と言ったそうだ。それを父親は僕に向かって怒鳴りながら教えてきた。なので本当かどうかは、まだ定かでは無い。今まさに、調べている最中だ。結果は明後日に出るらしい。

 しかし調べなくても大体分かる。父親が感じていたように、僕だって今、感じている。父親は、父親では無い。本当の父親であるならば、僕をここまで追い詰めたりしないだろう。殺そうとしたり、しないだろう。

 しかし、だからこそ僕には分からない。どうして僕の背中を執拗に蹴り続けているこの男は、僕を連れて行きたいのか。

 ……不幸の象徴である僕を、殺したいのかな。なんて事を、考えてしまう。

「クソガキッ! クソガキッ! てめぇはどうしていつも俺の言う事を聞かないんだっ! 一度くらい言う事を聞けっ!」

 父親の声が、涙声になり、最後にうつ伏せで転がっている僕の横っ腹をビシッという音が鳴るほどのちからで蹴り、息遣いを荒くさせながらこの部屋を出て行った。乱暴に閉められた扉が大きな音を立てる。

 僕はプルプルと震える腕で体を起こし、体を仰向けにして、天井を見上げた。白い壁紙に童話に出てくるような王子様とお姫様を思い描く。

 綺麗な花が咲き乱れる場所で、王子様はお姫様の手を美しい所作で引き、笑顔でエスコートをする。お姫様は品のある笑顔を王子様へと向け、導かれるままに付いて行く。

 二人はとてもとても、幸せそうに見える。この世の不浄なんて二人には関係無い。二人は二人であればそれでいい。

 僕は目を閉じて、王子様とお姫様、二人の物語を考えた。考えながら、眠りについた。


 二人は最後、笑いながら泣き、お姫様は王子様に刺されて死に、王子様は崖から飛び降りた。


 目が覚めて、体を起こす。家の中はシンと静まり返っていた。

 僕は立ち上がり、着替えを済ませて、部屋を出る。するとそこにはソファに項垂れるように座っている、父親の姿があった。

 父親と母親の寝室は一緒だ。僕が赤ちゃんを誘拐してからというもの、父親は毎晩ソファで眠っているらしい。

 僕は恨めしそうな表情をしている父親を横目に、冷蔵庫から食べ物を取り出し、トートバッグへと入れて、洗面所へ向かおうと歩を進めた。

「エイコ……昨日は、すまなかった」

 突然、父親が僕に向かって、声をかけてきた。僕は少し驚いてしまい、体がビクと跳ね、そのまま硬直してしまう。

 心臓がドクンドクンと、高鳴っているのがわかった。これはお兄さんに対して感じていた、心地の良い鼓動ではない。とてもとても、嫌な感じの、高鳴りだ。

「俺、どうすればいいか、もうわかんねぇんだよ……俺よぉ、もしお前が本当に自分の娘じゃないって結果が出たらって思うと、気が気じゃないんだ……お前に暴力なんか、本当は振るいたくないんだ……だけどっ……不安で不安でっ」

 ……小さい男だ。

 父親の声は、涙声になって震えている。

 僕の心臓の高鳴りは、父親の言葉を聞いているうちに、おさまっていた。

「母さんが売り言葉に買い言葉で言っただけって事は、分かっている。だけどな……俺は何年も何年も、その事でずっと」

「別に、構わないんじゃないの?」

 僕の口は、自然と動き、言葉を発していた。

 割れた心の隙間から、黒いモヤモヤが出てきて、それが僕に言葉を出させる。

 とても冷たい、冷たい、声色で、言葉が出てくる。

「え?」

「別に、僕がお父さんの子供じゃなくても、お父さんは構わないんじゃないの? 僕は構わない」

 僕がそう言うと、父親は「エイコ」と、僕の名を呼んだ。

 何が「エイコ」だ。クソガキだろう。何が「エイコ」だ。

「僕は別に、お父さんの娘だろうと無かろうと、構わない。それと、離婚するなら、僕はどっちにもついていかない」

「エイコお前……」

 僕は首だけを動かし、父親の顔を見つめた。

 父親は、とても悲しそうな表情をしている。

 格好悪い。なんだ、その顔は。娘に見せる顔じゃないだろう。

 情けない。あぁ情けない。弱い男だ。

「もうアンタラなんか、信用出来ない。僕が本当に苦しんでいる時に、アンタラは何をした? 何をしたっ! 僕が泡拭いて倒れてガタガタ震えておかしくなってっ! 自分が自分じゃないように感じてたその時までっ! アンタラは何をしてたんだっ! その時の記憶僕あまりないよっ! 僕頭おかしくなっちゃったって思ったよっ! 昨日だって僕の事しらねぇって言うし! 蹴るし! 親らしい事したかっ? アレが親らしい事だとでも思っているのかお前はっ!」

 僕の中で、何かが爆発した。

 考えてもいない言葉が次々と。次々と僕の口から溢れ出る。

 止まらない。止まらない。僕の黒い感情が、止まらない。

 感情が言葉となり、止まらない。

 僕は頭を抱え、首をブンブンと振る。具合が悪くなり、吐きそうになる。

 腕にかけていたトートバッグを床に叩きつける。抱えていた頭を壁に叩きつける。

「ああああっ! お前は親でもなんでもないっ! お前はただ金を寄越せっ! 僕が大人になるまで援助し続けろっ! それが責任だろっ! 大人のする事だろっ! 大人のくせに泣き言を言うな! 情けない顔をするな! 僕がオマエラに泣き言を言ったかっ! オマエラは僕に言わせもしなかっただろっ! 僕に泣きつくな! お前はなんなんだっ!」

 僕は頭突きで壁に穴を開け、トートバッグを拾い、玄関へ向かい走り、靴を手に持ち家を出た。

 裏山へと続く道を、裸足のまま駆けていった。

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