第23話 母親
足早に家へと帰り、玄関を開けてすぐにある脱衣所へと入る。そこで汚れた服を全て脱ぎ、洗濯すべき服で山積みになっているカゴの一番上に、僕の服を乗せた。
今日一日の汗と汚れを洗い流すために、お風呂場へと入る。バスタブには当然お湯は張られていないので、僕はシャワーのコックをひねり、流れてきたお湯に首から当たり「ふぃー」という声を漏らした。
ふと、目の前の鏡に目を向ける。するとそこには、以前よりも随分と痩せてしまった、僕の体が目に入る。
元々僕はそれほど肉付きは良くなく、胸は恐らく同年代の平均を大きく下回っているだろう。肋骨がクッキリと影を作っているし、足も筋張っており、まるで鳥のように見える。
これは……格好悪いと、言わざるを得ない。僕の肌が日に焼けて黒いという事も含めて、女子というより、少年に見えてしまう。
「……小さい」
僕は自身の胸とお尻をペチペチと叩きながら呟く。
以前まではこんな事、気に留めていなかったし、自分でバラバラに切った髪の毛も、気にしていなかったのだが、今は目について、仕方がない。
思えば僕の母親も、貧弱な体をしている。肉付きが悪く、胸も当然のように小さい。
……なんだか、嫌な気持ちになる。どうして僕はあの人の子に産まれてしまい、こんなに肉付きが悪い体を遺伝させられなければいけないのか。
胸が大きい同級生だっている。スポーツブラでは無く、ちゃんとした格好いいブラをしている同級生だっている。そればかりか、男の人と付き合っているという子だっているのだ。
……僕は今、そんな子達に対して、嫉妬しているのが、自分でも分かる。僕は大きな胸やプリっとした女性らしいヒップラインが、羨ましい。
「……お兄さんも、きっとそっちのほうが、好きだよね」
僕は髪の毛をグシャと掴み、そのまま頭をシャワーに当てた。
夜の八時。ようやく母親が自身の部屋から出てきたらしく、私の部屋の扉を開けて、顔をのぞかせた。布団に寝転がりながら漫画を読んでいた僕は、なんとなく母親の顔を見つめる。
母親の頬は痩けており、目には生気が宿っていない。顔のあちこちに、影を作っている。その顔はまさに、僕の母親と言った所だ。先程お風呂場で見た僕の顔、そっくりである。
「……エイコちゃん、ご飯は?」
僕は母親から視線を外し、読んでいた漫画の本へと目を向けながら、首を一度だけコクンと頷かせる。
「……そう」
それだけを言い、母親は僕の部屋の扉を閉めた。
母親も今、大変なんだとは思う。思うのだが母親の場合、自業自得な部分が多大にあり、どうにも同情出来ないし、申し訳ないとも思えない。
僕と一緒に心療内科に通っているのだが、もう母親はダメだろうなと、思っている。
数十分の時が経ち、僕はノソリと布団から這い出て、リビングへと向かった。
どうやらすでに晩ご飯であるレトルトのカレーライスが出来上がっていたらしく、ソファに項垂れながら座っている母親を横目に食卓の椅子けと腰を下ろし、スプーンを手にとって、食べ始める。
「ねぇ」
僕が母親に声をかけると、母親は体をビクンと跳ね上げ、目をまんまるくさせて、僕の顔を見つめた。
僕の声を久々に聞いたからだろう、どうやら母親は驚いている。
「髪切りたいから、お金欲しいんだけど」
「かっ……髪っ? エイコちゃん、髪、切りたいの? お母さん、切ってあげようか?」
母親はソファから立ち上がり、僕のほうへと近づいてくる。
母親が発する声から「喜び」を感じ、僕は多少、イラついた。
「いい。お金頂戴」
「お金……」
「それと、いい加減、洗濯して」
「洗濯……」
「可愛い服も欲しい」
「そう……そうよね。エイコちゃん、女の子なんだから、可愛くしないと」
「血の繋がったお父さんも欲しい」
僕がそう言うと、母親は動きを止めた。
僕は黙々と、カレーを口に運んだ。
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