第22話 心に光明

 公園から、空き地のほうを観察する。お兄さんたちはどうやら、空き地を片付けているようだった。雑草を刈ったり、木材やコンクリート片をダンプ車に乗せたり、穴を掘ったりしている。

 正直、何のためにしているのかは分からない。何をしようとしているのかも、分からない。

 そしてそれは、別に分からないままでも、僕は構わない。僕はただ、お兄さんの姿を目で追っていた。

 この作業は、どれくらいで終るものなのだろう。もし本日中に終わってしまうのだったら、もう僕はお兄さんと会う事は無い……そう思うと、胸が苦しくて苦しくて、吐き気が湧いてくる。

 そう、僕が興味があるのは、お兄さん達が何をしているのか? では無く、いつまで居るのか? だけだ。

 どうにか話しかける事は出来ないだろうか。せめてあの作業が、いつまで続くのかを、知る事は出来ないだろうか……。

 ぎこちない動きで作業をしているお兄さんを見つめながらそんな事を考えていると、一人のお爺さんが空き地を抜け出て、こちらのほうへと歩いてきている事に気がついた。ポケットからタバコを取り出し、それに火を付けて、どうやら公園のトイレへと向かっている。

 ……僕が次に話しかけるのは、お兄さんだと決めていたのだが、背に腹は変えられない。

 僕は意を決して、公園のトイレへと向かって歩いている、くわえタバコのお爺ちゃんへと近づき「こんにちはー」と、声を発した。元々が社交的な僕と言っても、あの事件以来始めて他人に対して声を発する事は、とても勇気のいる事で、僕の心臓がドクンドクンと高鳴り、僕の頭を多少、クラクラとさせる。

「あ? あぁ、こんにちは」

 お爺ちゃんは一瞬怪訝そうな表情を見せたのだが、僕の姿を見つめ、表情を崩した。

 ……そう。このお爺ちゃんは僕の事など知らない。ただの子供だと思っている筈。だから、大丈夫。怖くない。

「おじちゃん達って、空き地で何してるの?」

「あの場所を片付けて整地してんだよ。なんか建つんだってよ」

「へぇー。それっていつまで続くの?」

「どうだろうなぁ。今月いっぱいかかるんじゃねぇか。他の現場もあるし、急いでいる訳じゃねぇしな」

 今月いっぱい。

 今月いっぱい。

 僕は嬉しさのあまり、口元が緩んでいくのを感じた。

「そうなんだっ。へぇーっ」

 僕の表情を見て、お爺ちゃんも表情を緩める。

 まるで孫と接しているお爺ちゃんを見ているよう。とは言っても、僕は血縁のお爺ちゃんを見たのは、二度ほどしかないので、あまり分からないが。

「お嬢ちゃん、近所の子かい? 学校は?」

「うん。そうだよー。学校はお休み中なの」

「そうかい。これからちょっとうるさくなるから、お父さんお母さんによろしく言っておいてくれな」

「うんっ、わかった」

 僕が元気のいい返事をすると、どうやらお爺ちゃんは満足したようで、首を二度コクコクと頷かせトイレへと向かって歩いていった。

 お爺ちゃんがトイレへと入った事を確認すると、僕はチラリと空き地のほうへと視線を向け、汗を拭っているお兄さんの姿を確認し、嬉しい気持ちでいっぱいになっている胸へと手を当てる。

 今月いっぱい、チャンスがある。僕は心療内科に通わなければならないが、そのお陰で今月いっぱいは休んでいられる。

 これはもう、運命としか思えない。

 僕は最後にもう一度お兄さんの姿を視界に入れ、目に焼き付け、トートバッグを手に持ち、家への道を歩き始めた。

 僕の足取りは、とてもとても軽い。

 今日、外に出て良かった。チャキマルのお墓を作りに来て良かった。これはチャキマルの導きによるものかも知れない。

「チャキマルありがとぉーっ」

 トートバッグをブンブンと振り回しながら思わず発した声は、明るかった。

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