第20話 みつめた

 僕は本日の作業を辞め、水筒だけをトートバッグに入れてから山から降りた。

 車のわだちしかない森林の一本道を抜けてすぐにある空き地へと視線を巡らせるが、どうやら今朝方に見たお兄さんの姿が見当たらない。

 空き地には未だダンプ車はあるし、その奥にはワゴン車もある。その回りにはタバコを吸っているお爺ちゃん達も居る。帰った訳ではなさそうだ。

 そう思い安心はするものの、何故だか胸が苦しくなる感覚が僕を襲い、その想いが僕にお兄さんの姿をキョロキョロと探させた。

 するとその人は、直ぐに見つかった。お爺ちゃん達が集まっている空き地から数十メートルだけ離れた公園のベンチで腕組みをしながら、首を前後にコクコクと揺らしている。僕が赤ちゃんを誘拐した砂場の、すぐ近くだ。

 僕はその姿を見つけた瞬間に、足を動かしていた。どうやら僕は、お兄さんの姿をちゃんと確認しようとしている。


 正直、僕はお兄さんが、気になっている。

 気になった理由としては、この十月に、恐らく新人としてあの会社に入ったのだろうと、思わされるから。

 そして何故、この十月に新人で入社したのかと言うと、多分、学校を辞めたから。

 学校を辞めた理由は、何一つとして情報が無いのだから、分からない。もしかしたら金銭面かも知れないし、問題行動を起こしたのかも知れない。

 言葉にすると単純な理由と思えてしまうが、だけどそれって、体験した本人にとっては、とんでも無い事。今の僕には、それが分かる。

 お兄さんの身に、とんでも無い事が起こったのかも知れない……その思いが、僕をお兄さんへと惹きつけているのだろう。

 とんでも無い事が起こってしまった者同士なら、もしかしたら、お話が出来るかも知れない……お話が通じるかも知れない……僕の気持ちを、解ってくれるかも知れない。

 僕はきっと、お兄さんにそんな期待を、抱いている。

 だからこんなに、胸がドキドキと、している。


 僕は静かにお兄さんの居る公園へと足を踏み入れ、あまり音を立てないようにジリジリと、眠っているのであろうお兄さんへと近づいていく。

 やはり思った通り、お兄さんはどう見ても若い。汚れた白いシャツから伸びている腕はムキムキではあるが、お兄さんの顔はパッと見、中学生に見える。

 閉じられている瞳から伸びているまつげは長く、目を開いたら恐らく二重だろう。

 鼻筋がスッと通っており、彫りが深い印象。髪の毛は少し染めているのか、太陽に照らされて赤く見えた。

 中学生の年齢で働く事なんて出来ないだろうから、最低でも十代の中頃ではあるのだろうが……その寝顔がとても可愛いという印象を、僕は持った。

 大人になっても可愛い顔というのは、なんだかズルい。男性でそんな人、今まで見た事が無い。僕の同級生には、整った顔をしている人も居るには居るが、可愛いと思える男子なんて、一人も居ない。皆落ち着きがなく、クソガキといった印象だ。

 しかしこの人は、なんだろう……なんて表現すればいいのだろう。やはり、大人なのに可愛い……としか表現出来ない。そしてそれが、凄くもどかしい。

「うーっ」

 僕はお兄さんと一定の距離を保ったまま、身悶えした。


 真夏のようにギラギラと輝く太陽が僕とお兄さんを照らし付け、僕とお兄さんの顔に、汗を流させた。つまり今日は、十月だと言うのに暑いのだ。

 僕とお兄さんは、同じように暑いと感じている。だから、汗をかいている。同じモノを、同じように、感じている。

 だけど僕とお兄さんは、今ここに、一人と一人で居る。

 僕とお兄さんで「二人」に、なりたい。そんな風に、思う。

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